第八話 逆襲の狼Ⅲ
ルシフェルを呑み込んだまま、俺はバルーン状態になって自身の皮だけを吐き出した。
オブジェクト状態の"景虎"に、ボスエネミーのアホ犬は興味を示しはしないだろう。
さらにプログラム操作。【ツール】から【コマンド操作】、ルシフェルに付けられた設定を解除する。
無敵も不死身も、リセットだ。接触した状態でなら、他人のキャラステータスも自由自在に操れる。
「くそ! 出せ、貴様ぁ!」
鬼のような形相で、ルシフェルは怒鳴り散らしている。
思い出すぜ、最初にお前に煮え湯を飲まされたあの事件をよ。
あん時にはもうどっちがどっちだったんだか、釈然としないけど、それでも大差はない。お前がやった事だ。
実験と称してプレイヤーのチームを、この暗黒竜に突っ込ませて殺した、あれをお前は覚えちゃいないんだろうな。どうせ。
「やめろ、景虎! お前は本気でやる気なのか!? これは殺人だぞ!?」
なんか喚きだしたな。往生際くらい潔くしろよ。悪党。
今でも思い出すんだぜ? あの、伸ばされた手。
お前にハメられて死んでいったあの連中の恐怖を、お前にも味あわせてやれるとは思わなかった。
今でも俺は胸が痛い。救ってやれなかった悔しさで苦しくなる。
「なぜだ!? 我々の理念は間違ってはいない! 無駄に生きている多数の人間などより、生きるに相応しい人間が居るはずなのだ! そういった者こそが、生き続けていくべきではないか!!」
ああ、うるせぇ。
お前の言うことにも一理あるとは思うよ。けど、まぁ、価値観の違いだな。
俺は、お前を救いたいとは思えないんだ。後悔するとも思えない。
スライム形状じゃ話が出来ないのがな、て、話せるのか? 声帯無いのに、ほんっとテキトーだな。
けどまぁ、喚き散らすコイツに黙って付き合うのも疲れそうだから、有難く使わせてもらうよ。
「理念だの価値だの、そんなモン、知るか。」
ああ、声は景虎の時と同じなのか。
ルシフェルのヤツが黙った。俺と会話を試みようってとこか。
俺は、不思議と落ち着いている。達観、ての?
アホ犬が。あのマヌケ、ようやく俺達に気付いたのか。お座りでぱったんぱったん尻尾を振った。
「人殺しがどうとか、そんなモンも知らん。お前は気に食わねぇから、救わねぇんだよ。命令なんざ無視したって構やしねぇけど、俺がお前を大嫌いなんだから、仕方ねぇだろ。助けようと思えば助けられるけど、助けたくない、それだけだよ。ちょうど都合よく殺せって命令が出てる、そんで、助ける気がない、そんだけだ。」
「な、なんだと……、」
理屈もへったくれもない、ただの感情論だ。すまんな。
今度こそ、ヤツの声音には絶望感が滲んでいた。説得は無駄だと悟ったんだろう。
時間もないことだしな。
アホ犬が、大技の態勢に入ってんのが正面に見えた。スライドオブジェクト。あの日、ルシフェルに利用されて消し飛んだ、不幸なチームの連中が死んだボスエネミーの攻撃技だ。
「覚悟決めな。俺は、お前を逃がす気はない。」
返事はない。突進してくるアホ犬がスキルを発動した。
衝撃で跳ね飛ばされる俺。
ボールの中に取り込まれていたルシフェルは消し飛んでしまった。
広場の中央を見る。復活地点、しかし、ヤツは戻って来ることはなかった。
終了だ。
"乗っ取り"事件の始末は付いた。(後の部分は外の連中の仕事だ、)
言い知れぬ無常感が去来したものの、感傷に浸っているわけにはいかなかった。
あっちへコロコロ、こっちへコロコロと移動させられて、とてもそんな気分じゃねぇ。
アホ犬はボール状の俺にじゃれかかって蹴飛ばしたり噛みついたりしている。
再び【ツール】内、【設定変更】で自身をオブジェクト指定。これで、アホ犬は俺を攻撃対象から外す。
まったく。……ちっとは落ちこませろ、俺は今、とてつもない嫌悪感感じてんだから。
残るは、最後の人質を救出か。
スライム形状で景虎を呼び寄せ、ふたたび同化して戻る。
そして……【コピー】、密かに写し取っておいたヤロウの姿を取った。
姫香は、今も一人で城の地下ダンジョンを彷徨っているはずだ。