第五話 救出作戦Ⅲ
「怖い顔をするな、解かっている、約束は守るさ。」
ヤツはついに一人きり、俺に対峙することになったわけだが、余裕の表情だ。
「俺は望みの通り、英雄になれた。外に出たら忙しくなるだろう。なにせ、俺が橋渡しをしなければ、君等に引っ掻き回された挙句に、救助に来ていたオクトパシィの面々も退却せざるを得なかっただろうからな。」
「そういう解釈になるわけか? 外であの連中は、そういう話を記者会見で行うということか。」
なかなかムカつくシナリオだ。
「君のことは秘密にしておくよ、でなければ会見自体が阻止されかねないからな。日本政府も憲法上では武力の放棄を謳っておきながら、良く出来たダブルスタンダードだ。今回はすべてがバグの影響ということになる。それにしても、あまりに酷い事故だ、このゲームの存続だけでなく、色々と物議を醸し出すだろうね。」
「プレイヤーたちが悲しむな、皆、このゲームが好きだった。」
いつきが特に悲しむだろうな。本当にこの世界が好きそうだったからな。
こんな連中のせいで、誰かの大切なものが奪われてしまう。
テロリストたちの思惑も叶えられて一石二鳥、完全勝利と思ってんだろう?
「君とは親友になれそうだ。そうだ、外に出たとたんにインタビューで忙しくなるだろう、ここで少し口裏を合わせておかないか? 君は余計なことを言いそうで心配だからな。」
"記憶"がそれを言わせるのか。滑稽な茶番劇を、茶番と承知でこの男は軽く提案する。
あのヤロウが言いそうなセリフを、言いそうだと計算して、成りすませるために口にしている。
怒りがふつふつと煮えて、消えてしまったあのヤロウのために鼻の奥がキナ臭くなった。
「人質を解放しろ。そうそう何度も言わせるなよ、俺はこう見えて気が短いんだ。」
まだ下らないお喋りを続けようとしていたルシフェルは、俺の一声に一瞬言葉を呑み、首を振った。
景虎の能力はコイツにすれば未知数、人質の位置が掴めるという情報は持っていても、隔離されたダンジョン内には手出し出来ないと考えている。人質が居る限りは、自身に手を出す危険も少ない……そう思っている。
出来るならとうにやってると考えるのが常だ。
「少しだけ待ってくれ、こっちへ向かわせている。暇なら宿屋から例のプレイヤーを運んできてくれるかい? 彼らが帰ってしまって、人手が足りないんだよ。」
「そうさせて貰うよ、お前の顔を見てるよりはよほど有意義だからな。」
「嫌われたもんだなぁ。俺なりに精一杯やって来たつもりなのに。」
殴り倒してやりたいぜ。成りすましのためだけの言葉、カケラ程の誠意もない。
レイドボスは斃され消えてしまったが、相変わらず街中には雑魚エネミーが湧き出ている。自動涌きだからな、放っておけばボスが居ようが居なかろうが無関係に増えていく。
適当に片付けながら、宿屋へ到着し、中へ入った。
何度かここを訪れるチャンスはあったんだが、入るのは初めてだ。
奥のベッドには人が眠っているらしき膨らみがあった。きっとあれだろう。
近付けば、そこに眠っていたのは少女の殻だった。性別アイコンは男だから、いつきと同じか、趣味で女の子をやってただけのプレイヤーだ。何日もの間、動けないままでずっとここに縛られ続けて。辛かったろう。
抱きかかえて、宿屋を出る。群がるエネミーにアタックを掛けられないように、少し細工が必要だ。
屋根の上にもエネミーが出る、奴等は飛行タイプだから地上の骨より厄介だ。
路地へ入る。
建物の壁を蹴り、跳躍で向かいの壁へ移る。その壁をまた蹴っ飛ばして、斜め前の建物の壁をさらに蹴った。
面倒だが、これが一番安全だろう。
建物の壁を勢いで駆け抜け、途中でジャンプを挟み、三角飛びの要領で街角を渡り抜ける。
路上には降りずに広場へ戻った。
「景虎!」
「姫! 海人! 無事だったか、」
広場へ入ったとたんに、二人の姿が見えた。二人からも俺が見えたんだろう、見張りの男二人を振り切ろうとして押し止められていた。まだテロリストの連中は残っていたらしい。
額面通りに受け止めて損したぜ、ちょっとは善良なのかとか思って……騙された。
「すぐに二人は脱出させるよ。さ、行きたまえ。」
やけにあっさりと帰すな。人質がなくても俺を抑えられる自信があるらしいが。
残る一人の人質は、正直、俺を押さえるにはちと弱いと踏みそうだと思っていた。二人の許へ歩み寄ろうとする俺を、テロリスト連中は止めようとはしない。今さら止まるもんでもないと思いきってんのか、余裕なのか。
二人にこの子を連れてって貰わないといけないからな、面倒がないのは有難い。
「虎太、」
「姫、先に帰っててくれ。俺もすぐに帰るから。話なら家でゆっくり聞いてやるよ。」
こんな場面ですら、女抱えてってのも因果なモンだよな、俺。
姫はちらりと俺の腕の少女に視線をやって、ちょっとだけ不服そうな顔をした。
「俺は挨拶代わりに女口説く男だけど、お前だけは今まで冗談交じりでしか口説いてないだろ? 本気の相手だけは軽い気持ちじゃ口説けないからな。今はほれ、こんな状態だ、真面目な台詞は言いたかねぇんだよ。他の女抱えて言ったって、そんなモン洒落にもならねぇ。」
だから、解かれよ。
姫は泣きそうな顔をして、口を真一文字に結んで涙をこらえていた。
俺がこれから何をしようというのか、なんとなく勘付いてんのか。やっぱお前は俺の女だな。
俺はこれから、"人殺し"になるんだ。
事故に見せかけて、殺意を持って人を殺す。事故で死なせちまってもそうとうキツかった事を、故意にやらなきゃならないわけで……さすがにまだ覚悟が定まっていない。
見破られたかな。
「さあ、もういいだろう? 後はリアルに戻ってゆっくりと続きを楽しんでくれ。君たちが出た後に我々も続く。そんなに長い別れじゃないんだ、大袈裟だよ、君たちは。」
ルシフェルのヤツは苦笑を浮かべて、茶番と見ている俺達の別れに口を挟んだ。
お前らはこれで万事終了と思っているんだろうが、こっちはこれからが本番なんだよ。
「もう行け、姫。向こうで待っててくれ。海人、この子のことも頼むな。お前はいい相棒だった、また何処かで会おうぜ。」
「うん、解かった。絶対、どっかで! 俺、絶対、あんたのこと探すからな! 景虎!」
次会うときは、"景虎"じゃないと思うけどな。
二人を魔法陣へ誘導し、海人の肩に支えられた不幸なキャラともども、ログアウトを見送る。
すぐに出ようと言った台詞は嘘じゃなかったらしい、ルシフェルが俺の傍へ立つ。
「これで完全に片が付いたわけだ。苦労はしたが、なかなか有意義な日々を過ごせたと思わないかい?」
「お前と入れ替わりで姫香が居なくなった。あの女をどうしたんだ?」
俺が最後の人質に話題を振ると、ルシフェルは意味深な笑みを浮かべた。
悪党の笑みだ。
コイツはまだ、姫香が海藤帯刀の娘ではないことを知らない。