第四話 救出作戦Ⅱ
作戦は速やかに決行された。
巻き込まれたユーザーたちはほぼ、何もする必要がなかった。この俺自身も、だ。
危険のないよう、広場を囲む立地の建物の屋根へ上り、オクトパシィの護衛の許で最後の一戦を観戦する。
広場一帯がファイナルステージだから、危険を考慮して屋根に乗りきれなかったプレイヤーたちは残念ながらボス戦の見物は叶わない。眠っているフィールドボス、暗黒竜。その起動範囲ギリギリに特殊部隊に扮したオクトパシィの連中が陣取っている。
「では諸君、ショウタイム、だ。」
連中は、さすがにこれを飯の種にしているだけあって、見事な手際を披露した。
あっさりとアホ犬を倒してのけた時には、反発していたプレイヤーたちの間からですら驚嘆の声が漏れた。
……まぁ、チートだから当たり前なんだけどな。
ヘンな機械を使ったんだ。アホ犬の動きを完全に止めて、足元に時限式の爆弾が入ったアタッシュケースを仕掛けた。同じチートでももう少しゲームの雰囲気に配慮すりゃいいのに、まるでそぐわない方法だ。
それを手際よく、ものの数秒でやってのけたから、拍手が沸くのも納得の凄さでウケるのも当然って感じだ。
単に爆弾で吹っ飛ばしたってだけじゃないからな。手際を評しての歓声が沸く。
連中はゲーム世界を徹底的に揶揄する目的をも兼ねている、中世風世界観に、現代システマチックな数々の装備だ。俺だったらもっと小馬鹿にして、アホ犬の頭上にタライでも落としてぺしゃんこにしてやるけど。バカにするやり方なんて、もっと幾らでもあるだろうに。
アイツ等のやり方は、あれはあれでそれなりに見てて面白いしスマートだ。本末転倒だな。
根は善良なヤツが多いんだろう。善良だからと許される謂れはもちろん無いんだが。いや、もっとゲスい黒幕どもを知ってりゃ、大したことない奴等に思っちまう。
そもそも、ゲームの中で多少の無茶をされても、リアルで暴れられるのとは違って深刻度がまったく足りないんだよな。その感覚を秘密結社の連中には逆に利用されてしまったわけだけど。
テロリストとは言っても、リアルで暴れてる原理主義者なんかと比べりゃ、お遊びみたいな連中だ。
(後々に俺はこの事件での感想を懐かしく思い出すわけだ、死地のど真ん中でな。)
「さあ、皆! 長らく続いたこの恐怖のデスゲーム状態が、今ようやく終わりを告げた! 脱出だ! 先程決めた手順の通り、グループごとに速やかに脱出していって貰いたい! 我々の任務は、君たちの全員脱出を確認するまでだ、さあ行ってくれ!」
なんとなく感動的な空気に包まれて、茶番に満ちた茶番劇が終了の時を迎える。
なんのかんの言って、プレイヤーたちも善良だから、なんか知らんが感動に包まれてしまってるヤツが多数。
テロリストと握手して、抱擁し合ってログアウトとか……脱力モンだな。
双方ともに、詳しい事情は知らないってヤツが多いから仕方ないっちゃ仕方ない。毒気抜かれる光景だ。
日本は平和だよ、ほんと。(裏側は凄惨なことになってても、だ。)
俺は魔法陣から少し離れた屋根の上で、茶番劇を観劇中だ。
順々に送り出されるプレイヤーたち、エカテ姐さんのグループの番が来た。姐さんは誰かを探してる風で、そんで俺を見つけて何か言いたげに口を開く。何も言わなくていい、首を横に振って、止めた。
軽く手を振って。お別れだ、姐さん。
今回の事件で少なからず関係した多くのプレイヤー連中が、最後に俺の姿を探してくれた。
思いっきり手を振ってくれたのはリラだ。サクラはおじぎをして、二人で仲良く脱出した。
ネロはウインクひとつ、秋津は困ったような顔して、マリーには投げキッスを贈られた。
エリスは複雑そうな表情をして俺を見上げ、その肩をなつきが叩いて、そんで二人で俺に手を振る。
皆、これから俺が最後の仕上げにかかる事を承知して、エールを送ってくれたんだ。
街に居た全プレイヤーが脱出した。残るは、テロリストたちとルシフェルと、離れた場所の人質のみ。
周囲を確認して、レーダーにもプレイヤーが残っていない事を確かめて、俺も広場へ降り立った。
「ご苦労だった、同志諸君! 我々の任務はこれで完了した、撤退だ!」
そーだ、俺もお前らにゃ用はねぇ。さっさと帰れ。
「では景虎くん。我々はこれで失礼する、さらばだ、また会おう。」
ねちねち男は最後までねちねちと……、さっさと帰れよ、本当に。二度と会いたくねーよ。
勝ち誇ったすがすがしい表情で、連中は次々とログアウトした。むろん、奴等は魔法陣など使う必要がない。
その最中だ、待ちに待ってた情報がもたらされた。
ノイズ。ウルフからの首尾報告だろう。
密かに通信がもたらされる。もちろん、ルシフェルの野郎には聞こえちゃいない。
『景虎、ほぼ全員の逆探知が完了した。ニセの書き換え情報とボムが送信された。ボムの発動情報を隠蔽出来るリミットは一時間ほどだ。それまでにカタを付けろ。』
了解。返信は出来ないが、向こうもこっちの状況は理解している、プツリと通信は途絶えた。
時限式の爆弾がアホ犬を派手に吹き飛ばしたあの時の映像が脳裏によぎる。
人身売買に関わった連中は、凶悪なウイルスの餌食にされた。
日本企業、いや、日本最大のヤクザからのメッセージだ。"手を出せばこうなる"
実行しやがった、あのじじい。愉快だね、笑いを抑えるのに苦労するぜ。
勝ち誇った顔で、オクトパシィの連中は次々とログアウトしていく。
見送るルシフェルも、自信満々の表情だ。
ここまでは巧く行った、そう思っている滑稽な連中。
セレブのお歴々がいきなりVR事故で大量死、現代のミステリーとか何とか、明日のワイドショーを賑わすことになるだろうぜ。テロリストの連中は、一夜明けたら指名手配だ、愕然とする顔が目に浮かぶ。
知らないだろう? 世界中がグルなんだぜ?
隠ぺい工作に、世界中のメディアが一枚噛んだ。世界中の国家政府が報道規制でスクープを抑えたんだ。
そのリミットが一時間。報道の理念を考えりゃ、一時間でも有り得ない譲歩だ、よく抑えてくれたもんだよ。
データ戦争ってのは、いきなりひっくり返るリバーシだ。盤上全て埋まってみない事には安心出来たもんじゃない。四隅を抑えてんのは、こっちなんだよ、ルシフェル。
世界は、お前たちを『敵』と認識したんだ。
あとは、人質になっている姫と海人だけだ。いや、別にあと二人居るんだっけな。
「全員が脱出したぞ。さあ、人質の二人をここへ戻せ。動けない宿屋のプレイヤーと一緒にログアウトさせろ。」
「宿屋? ああ、忘れていたよ。そうそう、彼も脱出させてやらないとな。ははは。」
本気で忘れてたらしい表情に、さすがの俺もちょいとキレかけた。押さえろ、俺。
人命優先、だ。