第九話 レッドウォリアーⅡ
コクピットからはメインモニターとサブモニター2つで周囲を視認出来るようになっている。それだけに死角もある程度は存在するな、特に斜めの確認には一動作加えない事には視界に捉えられない決定的な穴がある。
斜めの死角が4つ、その中でも後方2か所は視界に入れるのに一動作、そこから反転迎撃に一動作、もたもたしてりゃさらに多くのロスタイムが生まれる絶好のアタックポイントだ。
モニターの確認は済んだ。モジュールに触手を伸ばし、全方位カメラを支配下に。
俺からは360度すべての画像がクリアだ。自身が等身大でロボットと化す。新しい"皮"だ。
連中の動きが、今までとは違うパターンに変化した。AIシステムを切って手動に切り替えたんだな。サポートを使っていたらハッキングされると警戒したんだろう。格段に動きが鈍くなったぜ。
それに比較して、こっちは格段に動作が速くなる。なんせ俺は"俺自身"を動かすだけだからな。
まずは計画通りに重量級の03号機、ショルダーチャージで思い切り突き倒す!
右足膝関節部、油圧シリンダー系統を目がけて、原始的かつ最大効果をもたらす攻撃、踏みつけだ!
踏んだら、蹴る! 態勢を立て直した03号機へ、さらに追撃でレーザー射撃! もちろん、蹴った場所だ!
さすがに頑丈に出来てやがる、三連続の攻撃でも耐えたか。
そんで、背後から回り込んでる02、04号機に気付かない俺じゃねぇぞ。
突っ込んでくる二機、前方には立ち上がった重量機がコイツも突進をかけている。ぐっ、と足元に力を溜め、ホバー射出面を地面へ密着、フルバースト準備。
タイミングを測れ、03号機が少し遅い、一歩前へ踏み出して調整、ショルダーチャージの構えに入った後方の二機を視認、03号が大きく腕を広げた。
跳躍プラスでフルバースト、一気に全開のホバーによって俺はトップスピードでその場から消えた。
瞬間移動に近い速度だ、掛かるGも物凄い。頭を思い切り抑えつけられたみたいに首が竦んだ。
俺の足元で三機が衝突事故を起こしているのが見えた。
逆噴射で速攻を掛ける、さすがに02号機は小回りが利く、即座に離脱して俺を迎撃に出た。
ラッキー、03号機が負傷した、右の膝関節から火花が散ってやがる!
先に沈めさせてもらう! 近付いた02号機、襟首はないけど適当に頭部を引っ掴んだ。
そのまま落下に任せて反捻り、からのぉー、背負い投げだ! 目標、寝そべってる03号機!
逃げられないように背負い姿勢のまま加速、落下の勢いを上乗せで、叩きつけた。
うまい具合に02号機が背中から激突した、起き上がろうとしていた03号機もろとも大破。
今頃内部じゃエマージェンシーが鳴り響いてるだろうぜ。
普通ならここでパイロットがミッション放棄を選択して、ベースへの帰還って流れだが、テロリストの連中は機体の方を捨てたらしい、ロボ2機はうんともすんとも動かなくなった。自分だけログアウトで逃げたんだ、無責任な連中め。
最後の一機を片付けるかと振り返ったら、残る04号機も突然、空中でガクリと力が抜けて墜落した。
逃げやがった。咄嗟に追いかけ、腕を掴んで地面への衝突を阻止、これ以上ぶっ壊すのは忍びないからな。
着地、壊れちまった二機の横へそっと置いた。
「おい、聞こえてるだろ、ウルフの誰か。」
返事しやがれ。
『聞いてる、見事なもんだな、ジャスト1分だ。』
「コイツ等、元通りにしてカーズに返してやってくれ、それくらい軽いもんだろ。」
『事件が片付いたらもちろんそうするつもりだ、心配ない。』
それ聞いて安心したぜ。
『データログ保全完了、向こうは元通りだ。そっちの機体を消去する、コンバートしたデータから撤退してくれ、景虎。一緒に消しちまうぞ。』
「え!? もう消すのかよ、ちょっとくらい……、」
『あと5秒でデリート開始。5、4、』
「待て! 待てって! せっかく、憧れのNR4に搭乗したってのに!」
もう少しくらい余韻を味あわせてくれたっていいじゃねーかよ!
『ダメ。』
「ち、ちくしょう! お前ら鬼だ!」
文句たらたら、慌てて触手コードを機器から引っぺがして、大慌てでハッチを開いて飛び降りた。
画像にノイズが走り、二、三度点滅するようにぼやけ、ふっつりと4機は消え失せた。あーあ。残念。
パラシュートのように薄い傘型に広がった俺は、ロボットたちが帰還する様を中空から見送った。
さーてと、皮、どこ行ったかな、景虎の皮ー。
「景虎!」
ルナが走り寄ってくる。転びそうだな。
他のメンツも皆無事そうだ、森林地帯からぞろぞろと姿を現した。ところで俺の"皮"知らね?
「皮だったら、呼べば転移されるよ! ちゃんと機能説明読んだの?」
俺のメモ書きを読むなり、ルナがお姉さんポーズでヤレヤレの態度を取る。腰に手をあて、首を振って。
それ、どこで見て覚えた? 母親がそういう癖してんだろうなぁ。
呼ぶったってな。ああ、スキルが増えてんのか、スライムも。
おーい、来い。
念じれば、どのスキルを必要としてんのかをサポートの方で判断して、"景虎"のシステムが自動でスキルをオンにする。そしたら、俺からすりゃ"念じただけで皮が飛んでくる"ように見えるって仕組みだ。
とにかく凄まじい量のセッティングシステムがあり、通常なら生の脳みその方が電脳の仕様に耐え切れずにオーバーフローを起こすんだろうが、全人類のうちに数パーセント存在する"新人類"の脳みそだけは、この仕様に順応できるだとか何だとか。
なんか面倒な説明がぐだぐだと書かれてたような気もする。
ま、ゲームの取説は読まなくても理解する、なんて得意技は実社会じゃ何の役にも立たないと思ってたけど、こんなトコで役立ってくれる事になりましたって事なんだろう。
人は誰でも取り柄っての、あるもんなんだな。
景虎の皮がぺらん、と目の前に現れて、俺の傍へ落ちる。さっさと着込んで、これでようやく落ち着いたな。
「景虎、ポンコツどもにはお帰り頂いたぜ。それから、運営の方からもついさっき事情説明の連絡がきた。ルシフェルのプレイヤーキャラがテロリストに乗っ取られたそうだな、知らずに協力させられていたって。」
「あ? ああ、そういう事かな。」
ネロと向こう陣営の古参が揃ってやがる。どうやら和解したようだな。
周囲を見回せば、カーズの初期ロボたちもこっちのプレイヤーが数人で囲む戦法で順に数を減らしていた。じきに全滅させられるだろう、中身が居ないハリボテなら楽なモンだ。
事情説明って体裁で、運営名義で直接プレイヤー全員に暴露したのか。ま、さすがに事実の全てを話すわけにはいかないからな。ルシフェルを抹殺しろってのは、つまり、リアルのプレイヤーも殺せってことだ、事故として処理することになるんだろう。意識の上書きに関しての事実を闇に葬り去るにはそうするしかない。
表面上の発表ではテロリストに乗っ取られた際にプレイヤーの肉体は死亡、ということにするんだ。
「で、ルシフェルは今、何処に?」
「それが解からないんだ。姫香にさえ何も言わずに消えちまったらしい、あの女、半狂乱だそうだ。」
盲目状態だったからな、同情はしねぇが。
「解かった。今はヤツに構ってる暇じゃねぇ、入り込んでるボットを一掃するのが先だ。カーズのロボットはなんとか全滅させられそうだが、まだこのゲーム本来のキャラが無人で闊歩してやがるからな、こっちも片付けないと。」
「セキュリティホールを突かれて、ボットに仕立てたキャラを送り込まれたんだろう? 穴は緊急のパッチを当ててあるそうだが、そのせいで通常のログアウト復旧が絶望的になったらしいな。なんとしても、アホ犬を倒して脱出してほしいってさ。」
ん? 通常のログアウト方法の復旧だと?
ああ、なるほど。GSの狙いはそっちにもあったのか。てか、秘密結社との取引条件。
派手にちょっかいを掛けることで、ゲームの外部アクセスを遮断させたのか。強固にガードを固めたせいで、通常の、ワープゲート魔法陣を使う以外のログアウト手段を封じたかったんだ。
奴らも焦っている。
日本企業の優秀さは連中だって知ってるわけだ、時間を与えたら逆襲してくることは予測してる。
すぐに次の手を打ってくるな。俺達を、街へ追い立てるつもりだ。