第六話 日本エリア攻防戦Ⅲ
峠フィールドを蝕んでいるのは、さっきのよりも厄介なデリートプログラムの怪物。
虹色の光の姿をしたモンスターだ。触れただけで、渚は瞬く間に分解され尽くす、そしたらゲームオーバーだ。
攻略法はまだない。
危険すぎる、なんとか手を考えろ、俺。
「そうだ、さっきの応用が使えるな、」
「景虎、なに? なにか言った?」
渚は俺の腕にしがみついて、不安そうな目で俺を見つめる。
パニックに落ちられちゃ敵わねぇからな、ちょいと反則技を。
じっ、と見つめ返してやれば、ますます不安が募って今にも泣きそうな表情を作る。
そのタイミングで、噛みつくように唇を重ねる。高等テクニックだぜ、【吊り橋効果】だ。
「心配すんな、絶対に助けてやる。」
卑怯者は知っててこういう手を使う、よく覚えとけよ?
渚はグダグダ言わずに俺の腕を抱き締めて、きつく口元を引いた。覚悟が出来たか、よし。
奥の手があってな、カードを巨大化、あん時、ルナと秋津と共に脱出した要領で……。片足をカードの枠に引っかけ、右手は女をしっかりと抱き、左手はカードの枠をしっかりと握り締めて。前傾姿勢から、漕ぎ足に力を乗せていき、推進力をイメージ。何もない空間は、リアルじゃない、リアルとは法則が違う。
何もないはずのメモリ内で、カードの枠と俺達二人はスノーボードかサーフィンの要領で、空間を滑り出す。
デリートの虹色と、カード枠が激突する瞬間に、俺は渚を抱いて峠フィールドの地面へジャンプした。
消えるなら、サイアクでも俺だけだ。
勢い余ってフィールドの砂利道を転がる、渚を庇ってスライディングで砂だらけになった。
後方を振り返ると、カード枠が侵蝕されてデリートに呑み込まれていった。
そして、ガリガリとノイズが耳元でがなり立てたと思う間に、音が止むと同時に新しいカードが俺の手許にぽとりと落ちて来た。空間から涌きだして。
片手でキャッチ、どうやらデリートの侵蝕は無さそうだ。
へたりこんでる渚のほうも、大丈夫なようだった。
「景虎、大丈夫?」
「ああ。どうやら巧くいった。」
渚はおそるおそると俺の頬を撫でて、無事を確認するとそのまま俺の胸に倒れ込んだ。ぎゅう、と抱き締められて、思わず顔がニヤケかけるが、それどころじゃない。
「さぁ、急いでここも脱出するぞ、すぐに追いついてくるからな!」
軽く肩を叩いて、立ち上がるように促した。ちっとばかり残念だけどな。
一難去って、また一難、てか。
ようやく山場を越えたと思ったら、フィールド上にぞろぞろとプレイヤーキャラが集結してきやがる。
もちろん、取り残されたプレイヤーなんかじゃない、ボットだ。動きがまるで違うからな、一目で解かる。
外では恐らく、このキャラが数万という単位で群れなしてゲーム世界に取りついてることだろう。一体ずつを引っぺがして破壊してるはずのウルフたちの状況が、目に浮かぶようだぜ。
まるでマリオネットのような、おぼつかない姿勢。千鳥足に、首なんか明後日を向いてやがる。随分とぞんざいなプログラムを捻じ込んだようだ。攻撃だけを念頭に置いている。
ゾンビ映画でよく見る、標的に気付いてない状態のエネミーにそっくりだ。
視線は宙を見たまま、表情も凍りついたまま、無表情の"人形"たちがふらふらと歩み寄ってくる。
それぞれ、武器は抜刀状態だ。
「景虎!」
「お前は盾だろ! 俺が道を開けてやる、突撃姿勢で突っ切るんだ! それが出来なきゃ死ぬぞ!?」
発破をかけて、渚を叱りつける。勇気を奮い起こせ、死にたくないだろ!
カードを操作、武器欄にはずらりとウェポンの説明が並ぶ。その中から魔法剣をチョイスした。インベントリにスライドされたはずだ、すぐに潜って武器を入れ替えた。新装備が目白押しってのは心強いな。
白銀に輝く両刃の剣。二対の双剣だ。かなり強力な飛び道具にもなる。スキルを覚えていない景虎の、戦略の幅が広げられるようになった。
連中の目的がはっきりしない。俺の足止めか、それともデータ取得か。
俺にしがみつこうとする渚を手で制して怒鳴りつける。
「しっかりしろ! 誰も助けてくれねぇんだ、助かりたけりゃ自力で足掻け! 大丈夫、やれる! 突っ切るんだ、俺がサポートするから!」
「やる、……やるわ、解かった、」
こくこくと頷いて、渚は青褪めた顔で何度も繰り返す。
そのうち叫びだした。
「やってやる! ふざけんな、ちくしょう!」
泣きながら、盾と剣を構えて突撃姿勢を取る。パニックに落ちるよりも、こんな状況になった怒りへ先に点火しろ、その方が建設的だ。持ち前の闘争心に火を付けろ、諦めるよりよほどマシだ。
「そうだ、ちくしょうだ! 怒れ、渚! こんな奴ら、敵じゃない! 邪魔すんなって言ってやれ!」
「そうよ、邪魔すんなっ! 生きて帰るんだから! こんなとこで、死んでたまるもんかっ!」
ヤケクソ気味な雄叫びを上げて、渚が突っ込んでいく。
俺は双剣に持ち変える。誰一人、お前らにはくれてやらねぇ。人間は蝋燭のスペアじゃねぇんだ。
ムカムカと激情が湧き上がる、澄ました顔で悪魔の計画を話していたあの光景を思い返す。
絶望的状況に起死回生の挽回劇、理不尽への怒りが奇跡を起こす力を産む。
盾で弾き飛ばしながら、渚は突っ込んだ群れの中を一直線に突き進む。
後方から槍を無造作に突きだそうとしているボットに向けて、双剣を振りかざし、振り下ろす。
魔法剣は炎の波状を中空へ形成し、撃ち放つ。三日月形の炎が槍の遣い手を直撃、後退させた。
「構わず行け、渚!」
怯みかけた女に再び発破をかけた。
「わぁぁぁぁ!!」
気合だろうか、雄叫びを上げて渚が猛チャージで立ち塞がる障害を蹴散らした。
やれば出来るんだよ、誰だって。
俺も周囲のボットを片端から倒して進む。
さすがに何処かのプレイヤーが大事に育てたキャラたちだ、あんまり無体な事はしたくねぇもんだし。
蹴り倒し、突き倒し、剣の柄で殴り倒した。
突っ切れば、次のフィールドは草原地帯。そこまで行けばとりあえずは安心できる。
ボットの群れを抜けた。次の難関は、虹色の、例の光だ。