第五話 日本エリア攻防戦Ⅱ
崩壊する世界。
デリートの威力が高いのはむしろ、表層の飾りである画像データを消してる部分のようだ。空白の空間はデリートの影響を受けておらず、俺だけならスイスイと通り抜けられる。
問題は、はぐれたプレイヤーと合流した後だな。普通のプログラムで構成されるプレイヤーキャラやシステムは、どこまでデリートの波に耐えられるだろう?
見つけた! あん時の女プレイヤーか、確か渚とか呼ばれてたな。大方、向こう陣営にルシフェルの野郎どもが雪崩れてきたもんだから、慌てて逃げたってとこだろう。こんな、誰もいないようなフィールドでどうするつもりでいたんだ、まったく。
「おい! こっちだ!」
俺の声に気付いて慌てて走ってくる。良かった、説明する手間は省けるな、まぁ景色が消え始めてりゃさすがに疑いようもないだろうけど。
「どうなってるの!? 何が起きてるの!? 死んじゃうの!?」
半分パニックだ。
「落ち着け!」
一発、頬を引っ叩く。俺はヤロウと違ってちと乱暴な男だ。すまんな。
女は恐慌を収めて、改めて周囲を恐々と見回した。少しは落ち着いたようだ。
「なんで、なんでこんな事に……、」
メンタル弱いんだろう、続いて女はうずくまって泣きだしちまった。
無理やり引きずり上げる。この女はあれだ、緊急事態には極端に弱いタイプだろ。
「泣いてる場合じゃねぇんだよ! ほれ、逃げるぞ!」
このテの女は強引に引っ張ってくに限る、俺が手を掴んで無理に引っ張って走れば、惰性で女も走り出した。
俺の、女を見る目に間違いはないんだぜ。(キリッ)
「こっちの出口はまだ使える! 飛び込め!」
向こうのフィールドは消えちまってるが、空白地帯がまだ周辺部分に僅かだが残されている。
真っ白な空間に飛び出して、女は驚いて俺にしがみついた。
「どうなってるの!? 峠フィールドがあったはずでしょ! なんで消えてるの!」
「ゲーム世界が消されてるんだ、落ち着けって! 俺と一緒に来い、安全圏まで連れてってやるから!」
こくこくと頷いて、黒いドレスの女は俺にしがみ付く腕に力を篭める。
「あんましがみつくな、動けねーだろ、」
「だって、」
半べそになって、それでも離さない。こーゆー女だったのか、厄介だな。時間がないってのに。
「お願い、置いてかないで、離さないで、」
「解かった! 解かったから! 動けないんだよ、お前がしがみついてると!」
腰砕けになっちまった女が俺の腰辺りにしがみついて、おれが走ろうとすれば引きずる格好になる。
涙とか鼻水とか、もう可愛い顔もぐちゃぐちゃだ。
いちいち、常軌を逸した行動に走りかける、救出劇ではもっとも厄介なタイプの女。メンタルが弱いから、すぐにパニックで正しい判断どころの騒ぎじゃない。
ほれ、鼻くらいかめ。チートで出したティッシュを女の顔に押し付ける。ちーん、て。園児の引率してる気分だ。なんかデジャブが。以前にもこういう遠足の先生みたいなこと、あったな、そういえば。
女……渚だった、渚はまだ鼻をぐすぐす言わせながらだが、やっと俺にしがみついてた腕を離した。
けど、すぐ俺の服の裾を指先で摘まむ。こんなトコまでデジャブだ。
ノイズ。ウルフからの通信だ。
『こちらパックス3、デリート命令を遅滞させるプログラムが開発された。受け取れ。』
「ありがたい! で、詳細は!?」
救世主、と思ったんだが。カードを取り出して確認したが、それらしきモノは見当たらない。"New"の文字が付いてると思ったんだけどなぁ。俺の動作を知ってか知らずか、通信の向こうが勝手に話しだした。
『今度の装備は直接お前のインベントリに追加されているはずだ。まずは確認してくれ。』
装備ってことは、武器の形状をしてるってことか。それを使って直接操作しながら進めって話だな。
お、インベを覗き込んでみると、なるほどスペースが以前よりデカくなってる。それも、ずらりと扉付きの棚が並んでいて、これもカードで操作することでスライドさせられるようになっていた。
こんなに大量の保管庫作っても、今の状況じゃ意味ないと思うんだけどな。整理整頓、便利は便利だが。
カード操作、【銃器類】-【特殊】 お、"New"があった。拳銃か。古き良き時代のウエスタン劇で見るリボルバータイプだな。て、弾丸6発しか撃てねーんじゃ!?
『見つけたか?』
「ああ。けど、これ、銃弾の装填とか面倒くさいな、なんでまた?」
『装填の必要はない。良く見ろ、弾数無限になってるだろ。』
はいはい、チート、チート。うんざりするな、まったく。
『注意事項が幾つかある、それはデリート命令を遅らせる用途にしか使えないことが一つ。それから、直接、解体されているエリアに居る時にしか使用が出来ない。デリート文に割り込み指令を掛けてループを起こさせる、ループ基盤を分解し始めるまでは有効だ。』
「どのくらい保つ?」
『撃ち出して5分程度。』
射出型のプログラム改変アイテムってとこか。
『それと、デリート文自体は内部で起きている現象のために、こっちでフォローすることはまったく出来ないと思ってくれ。外部から侵入しようとしている改変データの類はなんとか止めているが、撃ち損じが襲ってくるかも知れん、気をつけてくれ。』
改変データ? ボットか何かに細工しやがったか。
「了解、」
『範囲が重ならないよう、注意して使え。重なると、二発とも無効になるぞ。』
使い勝手までは手が回らなかったか、いや、それでも。
「ありがたく使わせてもらう。」
通信が途絶え、ふと気付けば俺の武器装備欄は三つに変わっていた。普通は二種類、メインとサブの二つしか武器は装備出来ないんだが。いちいちステータス欄とインベを交互に開いて武器変える必要が無くなったのは有難いかな。(そしてだんだん面倒になって皆武器は固定になる。)
さっそくと、第三のスロットへ入手した銃器をセットした。腰にホルダーが現れ、リボルバーが収まった。
峠フィールドは消えちまっているが、細長く白い空間が残っている。目と鼻の先には、まだ消えてはいない峠の景色が残っている。徐々に消えていってるが。
一番、影響の低い場所を探すんだ、空白地帯は禁止命令が生きてる、プレイヤーは通れない。どこか、逃げ道はないか、どこか。
キラキラと輝く溶解ポイントはどうだ? 禁止命令が削除された瞬間を狙えないか?
「あそこへ飛び込むぞ!」
女の手を引き、リボルバーを引き抜く。モデリングの崖が虹色の侵蝕を受けている。ポリゴンを蝕むデリートプログラムだ、まずは足元へ迫っている光に向けて銃弾を撃ち込んだ。
白い空間を狭めていた点滅の光が鈍い偏光に変わる。タイミングを合わせろ、光が消える一瞬が勝負だ。
女を押し出した。次の点滅を待ち、光が消えた瞬間に俺も飛び込む。
重力が消え、遊泳状態に。ここはおそらく一時キャッシュと呼ばれる臨時メモリだ。正真正銘、何もない空間だから、プログラムが入り込んだら適当なプログラムと結合されてしまう。
女が勝手にデリートに引き寄せられていく。
「手を伸ばせ! 俺の手を掴め!」
なんとか掴まえて、消え始めている峠の風景へと向かわせた。
上陸を阻むようにデリートが立ちはだかる。虹色の光の帯は、生き物のように貪欲に世界を食らい尽くそうとしていた。
単なる偶然だ、俺は思い付きで後方を確認しようとした。
振り返った俺が目にしたのは、いきなりメモリ空間へログインしたプレイヤーキャラの姿。
心臓が凍りそうになったが、実際はボットだったらしい。すぐに別のプレイヤーが出現し、そいつを一刀の許に斬り捨てた。日本刀かよ、マニアックだな。
VRMMOにおいて、ボットは制作が非常に困難といわれ、業者ももっぱら別の手段を講じているもんだが、テロリストや秘密結社の連中には、大した作業でもないってことか。現在、デスゲームからは免れた登録キャラは数万、それがボットの材料になる。ウルフの連中が取りこぼす可能性は高いな。
渚の命をめぐる駆け引き。このゲームでの、プレイヤーの命を賭けた脱出戦。なにより、日本の未来が掛かった、サイバー戦争。いや、日本の、世界のは、この際どうでもいい。
ひとが手塩にかけて育てたキャラクターを。
ふざけやがって。