第四話 日本エリア攻防戦Ⅰ
どん突きの一室に、秋津はルナを連れて待機してくれていたらしい。
「どうした景虎、というか……お前、どんどん化け物になっていくな、どうやって入ってきたんだ?」
あー、細かい説明は後!
いや、座標だけで成り立つゲーム世界だからさ。進入禁止命令文をさくっと無視出来る俺には、ダンジョンとか建物とか、まるで意味ないんだわ、今となっては。普通のプレイヤーにとっては脅威だろうけど。
「説明はログアウトしてからゆっくりしてやるよ。今は時間がない、すぐにここから脱出するぞ!」
「なんなのよー!? 意味わかんないよっ、」
ぶぅたれるルナの横でお馬さんまでが首を傾げて抗議の態度だ。
「奴ら、自爆装置を作動させやがったんだ! 急げ、ここは後数時間で消滅する!」
「なんだと!?」
呑み込みの速い秋津がまず反応し、続いてお馬さん、ルナの順に表情が変わる。
「なんでそんな事になっちゃったの!? ネットゲームって自爆するもんなの!?」
「するわけあるかっ! テロリストの連中が仕掛けやがっただけだ、標準装備なんかじゃない、とにかく急げ!」
大騒ぎでダンジョン通路をひた走る。何か、何か便利機能は無いか、何か!
慌ててギルドカードを出してポチポチ操作してる俺を、並走しながら秋津が怪訝な顔で見てた。
おかしいか、笑え。
「いょおし! 出た!!」
俺が突然止まったもんだから、秋津は急ブレーキを、ルナは俺の背中に激突して、お馬さんも危うく衝突しかけでなんとか止まる。
「なんなんだ、いきなり!?」
「そーよ! ぶつかっちゃったじゃない!」
「じゃーん、〇〇〇〇ドアー!!」(印刷上の都合だ、気にスンナ。)
カードを巨大化、人が通り抜けられるくらいの大きさに変化させたら、簡易出口の完成だ!
さすが改造! どこまでもチート! 究極のズル! チンタラ走ってられるかっ!!
インスタントダンジョン限定ってのがなー。微妙に"悪いご都合主義"臭がするんだが。
プログラムのパック構造とか色々とあって、普通のプログラムで制御されている一般プレイヤーを連れて行動するには何かと制限が掛かるってことだろうけどな。
なんにせよ、脱出出来たんなら結果オーライだ。カード型出口を通れば、即、エリアが変わった。インスタントダンジョンのフロントロビーに当たる、洞窟入口の入ってすぐの場所だ。
このフィールドの崩壊状況は、レーダーに映っている。峠側フィールドへ続くエリアは侵蝕を示す青で染まっている。消えてる場所と見ていいな。居住区への道は塞がれていない、急がないとヤバい感じだが。
「居住区の側がまだ通れる! 急げ!」
三人を急かしてとにかく走った。
「景虎! 見て、あれ!」
ルナの指差す方向を見て、さすがの俺もぎょっとした。モデリングされた森林のポリゴン表層が消えていってる、魔法の粉みたいな虹色の光が虫食いのように周囲の景色を溶かして空白に変えていってる。
真っ白の空間は、チャイナ戦で見たあの感じだが、その空間自体も奥のほうでチカチカと光っているようだ。あの光は空間そのものがデリートされている現象の具現化か。まずは表面の飾り、それから空間そのものって順にゲーム世界が消えてるんだ。
「居住区にはルシフェル陣営の奴らが残ってるかも知れない、危険を知らせて脱出させた方がいいな。」
秋津の提案に頷く。素直に従わないヤツは俺が追い立ててやるとして。
「テロリストが自爆仕掛けたこと、知らないだろうからな。目を覚まさせてやろうや。」
さすがにもう日和ってる場合じゃねぇぞ、てな。
エリアを超えるとフィールドチェンジで景色が変わる。居住区はまだ消滅の気配はないが、いつまで保つかは解からない。結構新しい頃のアップデートだったはずだ。
俺の姿を見た途端で、数人のプレイヤーが血相変えて駆け寄ってきた。
「景虎! てめぇ、何しに……!」
「え!? あ、秋津さん!? なんで!?」
俺の後ろに居た秋津を見咎めて、連中はしどろもどろになった。
「皆、聞いてくれ! 俺達は騙されたんだ!」
いきなりで、秋津は爆弾発言をぶちかます。周囲のプレイヤーだけでなく、俺まで度肝を抜かれたぜ。
事前の打ち合わせも無しに何言ってくれてんだ、お前!!
「騙されたって、いったい誰にですか?」
ルシフェルの野郎だよ、とかは言っていいのかどうなのか。チラチラと秋津を見遣れば、深刻そうな顔を作って一人一人に気を配っている。
なんの話かすら解かってないプレイヤーたちは顔を見合わせ、困惑の表情だ。
もうコイツに任せちまおう、俺が口を挿むと余計厄介になりそうだ。
「外だ、ゲームの外からデスゲームを仕込まれたんだ。そして、ここに居る景虎は、運営が投入したスイーパーだ。本人はついさっきまで知らなかったらしい。ようやく通信が回復して、事情を聞かされた。デタラメな攻撃力も、大元のバグである暗黒竜を倒す為に必要なことだったんだ。そして、バグだと思われていた事はすべてテロリスト達の計画だったんだ。」
「テロ……、まさか、海外でよくニュースになってる、あの?」
「そう、ソイツ等だ。今回のデスゲームも連中が仕組んだことだったんだよ。」
省略形の説明だけであっさりと皆を納得させちまった。さすがに信頼が厚いヤツってのは違うもんだな。
プレイヤーたちはすぐに武器を退いた。俺に警戒してる場合じゃないって、理解したらしい。
秋津の的確な説明もそうだが、噂くらいは知ってたようだな、皆。
「こんなトコに居る場合じゃないですよ、秋津さん! ルシさんはあの連中と行動を共にしてるんです、助けに行ってください!」
一人のプレイヤーが痛いトコを突く。
「……ああ、」
一瞬、息を詰まらせて、それから秋津はなんとかそれだけ答えた。
こういう時はさ、言葉じゃ追いつかない。
俺は秋津の肩を叩いて、行動を促した。それくらいしか、出来そうにないからな。
秋津は一度大きく首を振って、気合を入れ直す。そんで、叫んだ。
「ダンジョンフィールドはすでに消えかけだ! 直接、始まりの街の草原エリアへ移動してくれ!」
そうだ、ヘコんでる場合じゃない。しっかりしろよ、新リーダー。
俺が先導したんじゃ角が立つ。
ここは適材適所、俺は裏方のほうが性に合う。秋津に任せて俺はフリーで飛び回るのが効率的だろ。
皆に声をかけてまわり、残ってた連中を追い立てる。急いでここを出さないといけない。
レーダーでプレイヤーの位置を割り出して確認、とにかく俺は一人の脱落も許さねぇ。このフィールドで気付いてなさそうなヤツはもう居ないな、全員が出口に向かって移動してんのが解かる。
あとは、別のフィールドも念の為に観て……、
て、映した傍から、離れたフィールドにプレイヤーの反応が残ってやがる!
誰だ、完全に孤立状態じゃねぇかっ!
「取りこぼし発見した! 秋津、ルナとお馬さんを連れて先に行っててくれ、救出してくる!」
「解かった、デリートに巻き込まれないように気をつけろよ!」
それが大問題だ、どういうルートで行けばデリートの波に巻き込まれずに済む?
カードの機能でなんとか乗り切らないと。一か八かだが……この手しかない、か。
「景虎!」
ルナの声が悲痛な響きを滲ませる。
「心配すんな、俺は不死身だ!」
笑ってみせた。不敵な笑みってやつだ。




