好き、それだけ。
貴方が好きなだけ。
……それだけ。
臆病な私は、この想いを伝える事が出来ない。
ただ、自分のなかでひっそりと叶うことのないこの想いを抱くことしか出来ない。
もし自分が誰もが振り返る美人だったら、誰にでも好かれる明るい子だったら、もしかしたら、この胸の秘めた想いを伝えることが出来たのに。
そんなことは、誰もが思うこと。
分かってはいる。
だけど、今は見ているだけでいいの。
好き、その二言がどうしても言える気がしないから。
田中桜。
何処にでもいる高校生、それが私だ。
私は商業高校に通っていて、1クラスに女子が30人に男子が3人しかいなくほぼ女子校なみに女子が溢れている。
当然出逢いもないに等しい。
おまけに男子の取り合いが激しい。学校の男子はほぼ彼女持ちだ。
そんななかで私はクラスメイトの佐藤 彼方に恋をした。
細身の長身に少し茶色い髪。授業中だけかける青ぶちメガネ。性格は、誰にでも優しいクラスのムードメーカ。
いつも皆の中心にいる彼方に恋をするのは一瞬だった。
皆に囲まれて、人気者の彼方と地味なグループの1人でいつも隅っこにいるような私とでは釣り合わないことは目前だった。
容姿だって、クォーターで整った彼方と出っ歯が悩みの私。
絶対に好きなんて、言えない。
彼方を好きな女子はクラスにもクラス外にも多い。
この前の学園祭では、ミスターにも選ばれた彼方はますます女の子を引き寄せている。
好き、それだけでも言いたい。だけど、自分に自信がなくて言えない。
親がくれた大切な顔だけど、なんで可愛く生んでくれなかったの?なんて思ったけれどそんなのはどうしようもない。
頑張る努力すら私は諦めていた。
そんなとき、チャンスが訪れた。
担任の東、通称MAXの手伝いという名の雑用で皆のノート教室から遠い職員室から教室までを運ばされていたときだった。
「あの、桜さん。ちょっといいです?」
ずっと喋ってみたかった彼方に話しかけられた。
緊張で言葉が出なくて、頷く。
もともと桜はあまり学校でも喋らないので、不自然ではないことに自分でほっとしていた。
「聞きたいことがあるんですけど…あ、俺持つよ」
すっと桜が持っていたノートを彼方が奪う。
「あ、ありがとう…」
びっくりした桜だったが、うつむきながら小さな声でそう言った。
桜は彼方と並んで、ゆったりとしたスペースで教室へと向かう。
沈黙が2人の間で流れる。
「……聞きたいことって?」
沈黙を破ったのは意外にも桜だった。
ただでさえ、好きな彼方と一緒に歩けて心臓が煩いのにさっきから彼方の言いたそうな視線でさらに血が頬に集中して沈黙が辛かったからだ。
彼方は、照れくさそうにノートを軽がる片手でもち、髪をくしゃくしゃとして桜に爆弾を落とした。
「あー、桜さんって優花と仲いいっしょ?」
優花。
桜の親友でミスにも選ばれるほど可愛くて明るい子。
「……いないよ」
桜は緩みそうになる涙腺を必死に堪える。
かっこいい人は可愛い人を選ぶ、それは当たり前で。
ちゃんと理解していたはずなのに……
なんでこんなにも悔しいの?
「まぢ?……よっしゃあ!」
手放しで喜ぶ彼方を見ていたら、本気で優花が好きなんだと伝わって。
「彼方……」
「あ、言わないでよ!?俺がこんなこと聞いたって」
言えるわけない。
わざわざ自分で傷をえぐる言葉なんて言いたくない。
好き、それだけ。
それだけが、こんなにも苦しくてっ……
「言わないよ。ごめん、トイレ行きたいからノートお願いね」
「お、任して。たく、女子じゃなくて男子を使えってMAXにいっとくよー」
優しい彼方。
私がすがりつけば、私を見てくれる?
「あはは、うん。いっといて」
トイレに入り、崩れ落ちるように座り込む。
不思議と涙は出なかった。
結ばれるなんて、端からあるわけないとは分かっていた。
知っていた、彼方が優花をずっと見ていたことなんて。
好き、それだけ。
でも、絶対に言えない。