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男が父になった日、父が祖父になった日

 以前行なった投票による作品です。今回は第三位だった『五十嵐 源内(過去)』を公開します。源内の若かりし頃も考えましたが、第四話の為にこちらを優先させていただきました。

 みなさんも、是非自分の名前にどんな思いが込められているかを考えてみてください。

 また、最後にも記載しているとおり、改善点があれば教えてください。今後の参考にさせていただきます。

 その日は、初夏の雨の日の事だった。

 長々と雨が降り、室内にいようがその嫌気がするような湿度の高さから逃れられることはなく、あまりにも静かな一日だった。

 大和國衛軍の上総かずさ基地にある一室で一人の男が忙しなく歩き回っていた。髪を後ろで一つに束ね、黒い軍服に身を包んではいるが、柔らかい雰囲気を持つその男はとてもではないが軍人には見えなかった。街中で見せれば恐らく十人中九人が彼を『軍人に憧れて変装した男』と評するだろう。

 男は下を向きつつ歩いていると思えば、何の前触れなく一般的に流通している端末を操作し、溜め息を吐いていたりしていた。

「落ち着け、はやて。一隊を指揮するものだ、常に堂々と、落ち着きを払うようにしろ」

 男性が声のした方向に顔を向ければ、頭髪の半分以上が既に白くなりつつある老人が腕を組んで静かに座っていた。

 座するは五十嵐源内。そして歩むは五十嵐颯。

 …要の祖父と、要の父であり、源内の息子である。

 年の差はおおよそ三十。当時の颯は二十代後半だった。ただ、顔付き・纏う雰囲気で両者共に実年齢以上に見られることが多く、源内に至っては八十と勘違いされることがほとんどだった。

「いや、それは分かっています。分かっていますけど…」

「なら腰を下ろせ。先程から見ていて鬱陶しいぞ」

「…そんなに言うのならまず父さん…いえ、大将が僕の席から退いてもらえませんか?」

 …そう、大和國衛軍の元・大将である源内が座っているのは、本来少佐であり息子である颯に与えられた一室にある席であり、源内は何をするでもなく机の上にある簡易端末を鬼のような形相で見つめていたのだった。

 何も知らぬ人間が見れば、驚くよりも先に失神しかねないほどの、恐ろしい形相で、だ。

「ここにしか簡易端末がないから仕方ないだろう。それとも何だ? 颯は儂に朗報を知らせるつもりは無い、というのか?」

「そんなつもりは毛頭ありませんよ…ただ、仕事を放っておいて連絡待ちをするのが…しかも息子の席を奪うことが元とはいえ、大将のやるべきことかと…」

「儂はこの日のためにやるべきことは全て終わらせておる。それに部下には今日どんなことが有ろうとも十二分に対処出来るよう徹底的に教え込んだのでな」

「そんな時間があったのなら少しでも端末を使えるようにしてください。僕からも何とか言って欲しいなんて話が何度も聞かされる身になってください…」

 溜め息を吐きながら颯はそうこぼした。

 諦めながら、取り敢えず言ってみた、という様子だったが、予想以上の返答があった。

「むぅ…確かに、それも急いで覚えるべきことだな」

「…え?」

 その言葉に颯は驚きを隠せなかった。

 今まで何度も提案してはいたが、全て『必要ない!』の一言で片付けられていたのだった。そのため、小さな緊急案件が何度も源内に伝えることが出来ず、その部下たちが四苦八苦しながら解決したことも少なくない。

「…どうしたんですか? いつもなら端末を見せようとするだけで怒鳴る父さんが…もしかして…」

「あぁ、何時如何なる時でも孫と話せるようにしなくてはならないからな」

「優先順位がおかしくありませんか?! てっきり去年の失敗が尾を引いているのかと思いましたよ!」

 切欠があまりにも個人的すぎる源内に颯は声を張り上げずにはいられなかった。ちなみに『去年の失敗』とは、大将の署名を必要とする書類があったのだが、唯一基地に居た大将代理である源内を、全員で探し出す、というものだった。危うくその書類は期日を過ぎるところだった。

「いや、あれは余裕を持って書類を処理できないあいつらの問題だろう。それこそ、他の余裕のある日だってあったはずだろうが」

「いや、それは確かですが…持ち場にいなかった大将にも問題はあるでしょう?」

 その日、源内が発見されたのは、基地に面した海であり、彼曰く『暇を持て余していたので素潜りをしていた』とのことであり、基地の夕食にはカツオがふんだんに使われた。

「仕方ないだろう、それまではずっと雨で身体がなまっていたのだ。必要な事があれば早めに言ってくるようにも言いつけておったにも関わらず、忘れていた方が悪いだろう」

「それは…まぁ…」

 反論の語気が弱まる颯に対して、源内は一つ咳をした。

「…ところで、誰か端末の操作を上手く説明できる人間はいないだろうか?」

「? それなら僕でも構わないのでは?」

「お前の場合は行き当たりばったりな上に抽象的過ぎて理解が全くできん。聞けば返答が遅くなるどころか、反応が返ってこないこともあるそうではないか?」

「グッ…!」

 源内の言葉に颯は呻くことしか出来なかった。

 親子三代揃って、機械は釼甲以外に弱いようだった。

 ここまで来ると呪いめいたものがあるのではないかと疑ってしまうほどに。

「…とにかく、知らせが有るまでここを動くつもりはない」

「…分かりました。では、報告は父さんが受けてくださ…」

 と、颯が言い切るよりも前に、簡易端末が受信の音を鳴らした。

 鳴って一秒も経たないうちに源内はそれを素早く通信可能状態にした。

「ようやくか!?」

『え、えぇ、つい先ほど、ですが…』

「よし、今から向かう! 絶対に傷一つ負わせないよう気を付けろ! 良いな!?」

『ヒッ…! は、ハイッ!?』

 源内の気迫が端末越しでも伝わったのか、相手側の女性は悲鳴に似たような返答をすると、すぐさま通話を切ってしまった。

「颯、お前ももう良い…」

 と、顔を上げた源内だが、室内には既に颯の姿は無かった。

「…ん?」

 部屋の扉は閉まろうとし、先程まで颯が近くにいた机からは風圧で書類が何枚か床に落ちていた。

「…あいつめ! 抜け駆けしたな!?」

 十数秒かかってようやく颯がいない理由を理解して源内は勢い良く廊下へと出た。向かった先には見当がついているのか、迷いなく、老人とは思えない程の速度で駆けていた。

 走った時間は時間にして二分ほど。

 目的の場所にたどり着くと、源内は力任せに扉を開き、興奮によって息を切らせながらその部屋へと歩み入った。

「お義父さん、そんなに慌てなくてもこの子は逃げませんよ」

 部屋の中央にいる女性が、源内のその姿をみてそんなことを言った。

 上体だけを起こし、その手に生まれたばかりの新しい生命を抱いて。

「し、仕方ないだろうが。初孫の初泣きを見られなくては一生の悔いになるだろうからな」

「成程、そのためにわざわざ鈴音の基地内での出産を許可したのですか…」

 颯は源内の言葉に呆れながらそんなことを言った。

 本来、出産を間近にした軍属神樂は長期的に休暇を与えられ、基地には入れないのだが、彼女、五十嵐颯の妻・鈴音は源内に押し切られる形で基地内での出産をすることになったのだった。

 職権乱用と思われるかもしれないが、世界大戦の英雄に逆らえる人間などほとんど存在するわけがなく、例外として認められ、現在に至る、というわけだった。

「ふふっ…雷神も孫には形無し、ですか? でも、お義父さんには申し訳ありませんが、先に颯さんにこの子を抱かせてあげてください」

「む…ま、まぁ、それは当然…だな…」

 言いつつも源内は心底残念そうに息子を見た。

 駆けつけたのが遅かった手前、優先権を主張することがしにくかったのか、誰も見たことが無いほどおとなしかった。

「大丈夫ですよ。颯さんの後なら、いくらでも可愛がってあげて構いませんから」

「…ですね。誰かがずっと僕の席から動かなかったから処理できなかった書類もまだ残っているので、ね」

「…すまん、今思えば儂が一番落ち着いていなかったな」

「ふふっ、初孫ですから仕方ないですよ。ところで、お義父さんはこれからしばらくお仕事がないって聞きましたが…?」

 抱いていた子供を颯にあずけながら彼女は義父にそう問い掛けた。

 いきなりの質問に、その意図が一瞬理解できなかったのか、源内は少しだけ反応が遅れたのだった。

「ん? まぁ、な。この日のためにすべき仕事は片付けておいたのでな」

「でしたら、その間はこの子の相手をしてあげてくれませんか? 颯さんも出来る限り来てくれるとは言っているのですが、ずっと、というわけにはいかないそうなので…」

「ふむ…」

「それに、私もしばらくすれば仕事に戻らなければいけませんよね?」

「…それは…僕が悪かった」

 鈴音の疑問に何故か颯が謝った。

 申し訳無い、といった様子をありありとにじませながら。

 けれども、彼女はそれを癒すように、明るく、小さく笑った。

「気にしないでください、颯さん。むしろ、あれくらい厳しい入隊試験で十分だと思います。私もいざとなったらまっ先に逃げ出すような人に背中はあずけられないと思っていましたので」

 …大和國衛軍は年に二回、春と秋に入隊試験が行われる。

 |一定年齢(十八)以上に達した大和国籍を持つ人間の誰でも受けられるものであるが、基準は相当厳しいものとなっている。

 筆記・身体能力測定、そして本職軍人相手に数物を装甲して戦うというものがある。

 前者二つは問題ないのだが、今年は最後の試験が問題だった。

 試験官はこの男・颯であり、本来ならば五分程度で戦うべきところを八分という異常値で実行し、最終試験受験者の九割が脱落したのだった。これは歴代の入隊試験でも最低の合格率であり、平均の三分の一を下回るという結果になった。

 そのせいか、軍内部の一人あたりの仕事量が増え、現在も辛うじて回転しているといった状態だった。幸い、最終試験で合格したのは非常に優秀な人間ばかりだったので、新人に関して問題は全くなかったのだが、人手不足だけはどうしても解消することが出来なかったのだった。

「…この子も、いざという時にはまっすぐ立ち向かえるような強い子になって欲しいですからね」

「…そう言えば、名前はどうするつもりだ?」

 そこで源内がそんな疑問を口にした。

 部屋に訪れてから一度も聞いていない、子供の名前を。

 源内の言葉に、少しだけ鈴音が困ったような笑みを浮かべた。

「実は…まだ考えていなかったんですよ」

「…何?」

「いえ、男の子か女の子か、をあえて聞いていなかったので…これから考えるところで…」

「ならば、儂の考えた中から選ぶというのはどうだ?!」

 その言葉を聞いたとたん、源内は服の内に仕舞っていた紙切れを取り出し、それを夫妻に見せた。二人がその中を見れば、少なくとも十の名前が書かれていた。

「…これは一体?」

「いや、なに、子が生まれると聞いて密かに書き溜めておいた名前だ。女の子が生まれた場合も考えておったが…まぁそれも一応渡しておこう」

 懐からもう一枚の紙切れを取り出して鈴音へと手渡した。

 一応、それも受け取ったあと、鈴音は男の子用の名前一覧を見通した。

「…結構な数ですね」

「一年ずっと考えた中で相当絞り込んだ方なのだがな…」

 ちなみに源内の考えた名前の数は少なくとも二桁を越えているのだが、別段話すことでも無いので言わなかった。

「…お義父さん。これ、全部に意味があるのでしょうか?」

 名前を見ながら鈴音が静かに尋ねた。先程までの明るい表情は、非常に真剣なものになっていた。

「あぁ。どれも『こんな人間であって欲しい』という意味を込めている…まぁ、全部書くのは小っ恥ずかしくて無理だったが、選べば暗唱できるぞ」

「…そうですか。颯さんはどれが一番だと思いますか?」

「…僕は、これ、かな? 本当に何となく、だけどね」

 颯は子供を源内にあずけて、名前の一つを指差した。少しだけ迷った様子は見せたが、決めてしまえば揺らぐことはない、と言わんばかりに力強く選んだ。

「あ、実は私もこの名前が良いなって思っていました。それじゃあ、お義父さん」

「ん? なんだ?」

 二人が視線を源内に戻す一瞬で、緩みきった表情を戻そうと努めていたようだが、僅かに頬が締まりきっていなかった。その様子に笑いを堪えながら、鈴音はその名前を指し示した。

「一応、この名前の意味を、お義父さんの願いを教えてくれませんか?」

「…それか? 少し女の子らしい名前だったが捨てきれなかったものだな」

 名前を見て一瞬不思議そうに首を傾げたが、彼はすぐにその意味を語り始めた。

「…五十嵐の銘には『嵐』の文字が入っているのは知っているな? 吹き荒ぶ、あの嵐が。しかし、その中心は酷く静かであることは知っているか?」

「…台風の目、ですか?」

「その認識で問題無いだろう。近付けば近付くほど凄まじくなる風も、中央はその外が嘘のように、そして『守るように』静かだ。儂は、その名前を、守るべきものを、外敵から守るために吹き荒ぶ…そういう意味を込めたのだが」

 説明が一通り終わると、夫妻は黙り込んでしまった。

 唯一聞こえるのは、子供の寝息。

 その静けさが、源内に失敗したと思わせたのだが、次の瞬間鈴音は満面の笑みを浮かべた。

「とてもいい名前ですね!」

「そこまで深い意味があったとは…父さんも意外と考えていたんですね」

「意外は余計だ、馬鹿息子。とにかく、これからこの子は…」

「えぇ」

 名には深い意味がある。

 進むべき道を示すように。

 その人生に、様々な願いを込められて。

 彼女は、その名前を言った。


「新しい家族の、五十嵐要です」


 その名前を聞いた瞬間、祖父の胸の中の子供は…要は嬉しそうに笑い声を上げた。


 ここまで読んでいただきありがとうございました! 短いとは思いますが、少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです。ただ、もう少し長くして欲しい、などの意見があれば遠慮無く教えてもらえると助かります。改善には時間がかかるとは思いますが、今回はあくまで試験的なものなので、お付き合い願います。

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