五十嵐要の休日(4)
《随分と有意義な時間を過ごせたな》
「そう言えば清志郎と何か盛り上がっていたが…何の話をしていたんだ?」
《それは黙秘させてもらおう。それよりも目的の品を手に入れられてよかったではないか》
「…その数が多すぎなければ、な」
要の両手には最大限まで詰め込まれた紙袋が握られていた。中身は服屋から出てきた直後であるということでわかるとおり、全て服である。
《…確かに、運ぶのも一苦労な量ではあるが…何故そこまでの数になったのだろうか?》
「どうやらあの両親に気に入られたみたいだ…更に言えば今度は友人も連れてきて欲しい、とのことだ…」
《商売上手なのか我欲が強いのか…とにかく、一番の目標を達成できたわけだが…》
「そうだな、そろそろ帰るというのも…ただ少し暑いから…」
「あら、要じゃない? 珍しい格好をしてるわね」
後ろから突然声をかけられ、要は静かに振り返った。
声だけである程度誰だか想像は出来ていたが、そこには何故か椛も居た。そして彼女たちの友人であろう女子が三人ほど少し離れた場所で立ち話をしていた。
「…御影と椛か。奇遇だな、こんな場所で会うとは…というより、向こうは放っておいて良いのか?」
「奇遇も何も、学園で一番近い街はここしかないんだ。少し長く歩いていればそれこそ顔見知りの一人や二人いてもおかしくないだろう?」
「そうね。実際私たちはさっき獅童と遥に会ったわね。あと向こうには少し要に声をかけてくるって言っておいたから問題ないわよ」
御影の言葉を聞いて要は少し考えるような素振りを見せた。
「…二人一緒か…もしかすれば、首藤の後ろに龍一が着いていくといった感じではなかったか?」
「あら、よく分かったわね? 何と言うべきか…遥の付き添いの兄、という感じがしたわ。傍から見た、素直な感想は」
「だろうな…相変わらず足踏みをしているのかアイツは…」
龍一の状況を聞いて要は深く溜め息をついた。
「そう言えば二人は幼馴染だ、とは聞いていたけど…私から見れば微妙な関係に思えるわよ? やたら親しいから付き合っているかと思えば、そうでもないような…」
「…それは話せば長くなるが…簡潔に言うと『分家と本家』ということだ」
「…あぁ、成程そういうことね」
要のかなり要約した言葉だけで御影はだいぶ理解したようだった。
「もし詳しく聞きたいというのなら…それは本人から聞いたほうが正解だろうな。俺が軽々しく話すべきことではないからな」
「分かったわ、ありがとう」
「…ところで、そろそろ戻ったほうがいいのではないか? まだ向かうところがあるようにも見えるが…」
「あ、あの…!」
要が二人に戻るよう勧めようとしたところ、友人らしき女子の一人がすぐ近くに寄っており、椛に声をかけていた。
「うん? どうかしたのだろうか?」
「あ…うん。えっと…私たちはそろそろ帰ろうと思っていたから……五十嵐く…さんも失礼します!」
「失礼、皆さんの邪魔をしてしまったようで…」
「い、いえいえ! そんな滅相もありませ…いえ、気にしなくて大丈夫だから!」
「ちょ! そんな言葉遣いをしてたら…!」
「す、すいません! そういうわけでさようなら!」
話しかけてきた女子の肩を掴んで引きずるように去っていった。
「…随分慌ただしかったわね? 何かあったのかしら?」
様子のおかしかった三人が去ってから御影は首を傾げてたが、要と影継は思い至ることが有ったのか、同時に息を吐いた。
《恐らく今までの行いに対して報復されるかもしれないという考えがあるのだろうな。あれは確か、主を無能と罵っていた女子の友人でもあったはずだ》
「…別に俺は全く気にしていないのだが…まぁ仕方のないことか」
「…それで話し方が滅茶苦茶になったのか…さっきまでは普通だったというのに…」
「? 要を怖がる必要なんてあるのかしら?」
要たちが説明をしても御影は何故あそこまで三人が焦っていたのかを理解できなかったようで、再び首を傾げていた。
そこで、要は御影が彼に対して一切負の感情を抱いていないということが分かった。
要が報復ということを絶対に行わないと信じて疑っていない目だった。
「…まぁ、気長に打ち解けていくよう努力しよう」
「えぇ。きっとみんなすぐに分かってくれるわよ」
「及ばずながら、協力はしよう…それで気になっていたのだが…それが村上先輩から借りた服か?」
椛はそう言って視線を服へと移した。
彼女にとっても要の私服というものは新鮮だったようで、首から下をまじまじと見つめていた。
「…ふむ、似合ってはいるが…少し軽く見えてしまうな」
「お前が洋服にしろと言った結果だ」
「そうかしら? そこらにいる男子よりは私は好感が持てるわよ?」
「まぁそれはそうだが…やはり今まで和服や道着だったから要への偏見が出来ているのだろうか…」
「……………」
要を他所に話が進む二人について行けず、仕方なく二人の評価を甘んじて受けた。
「まぁ、しかし…その袋を見る限り近いうちにこの問題は解決できそうだな」
「…そうだな。一応店長と意匠家の見立てたものだから大丈夫だと思うが…」
「それにしてもかなりの量は有りそうね…それだけ買ったのなら結構な額になったんじゃない?」
「それがそうでもなかったな。確か十着で…一万円行かなかったな」
「…何?」
「へぇ…一着千円未満というところかしら? 作りもしっかりしているからかなり良心的な店のようね」
値段を聞いて椛が硬直した。
その反応に気付かず、御影は単純な疑問を上げていた。
その手には要からの了解を得て袋から取り出された服が握られていた。
「…服飾はあまり詳しくないけど…これは相当な腕の職人が作ったものね…」
「…やはり分かるか? 中には俺でも一目惚れするような作品もあったからな…けど、着るのを少し躊躇ってしまうな…」
「棚の肥やしにされる方が失礼よ。道具は使われてこそ意味のあるものよ? 飾るのは絵だけで充分…」
「ま、待て! 要、その値段は本当のことか!?」
「? 間違いないが…」
それまで硬直していた椛は突然息を吹き返したかのように息巻いていた。
慌てる理由が分からず要も眉をひそめたが、それもお構いなしに椛は畳み掛けてきた。
「…出来ればその店を教えてもらえないだろうか? その…これだけの物を安く買える、というのは非常に素晴らしいと思うからな」
「…俺は服の相場は分からないが…そんなに安いのか?」
「当たり前…と言っても要は多分知らないか。向こうの店…このあたりで一番安いとうたっている店…それを見れば分かると思うが安くとも五千は優に越えている、と言えば分かるか?」
「…単純計算で五分の一、か。それは大きい…いや、大き過ぎるな。それに窓際に置かれているあれは…上下一対で二万を越えているのか…」
そこでようやく自分がどれだけ恵まれた買い物をしたのかを理解した。
同時に、あの両親が店を出る間際に話したことを思い出した。
「…一つ、提案がある」
「? 何だ?」
「…店は夫婦で経営しているのだが…その二人に『美男美女の友人』に店を紹介するよう頼まれている…当然、俺が紹介した相手も原価限界まで安くするという話があるが…」
「…待て、何と言った?」
「? いや、その店が原価限界まで…」
「違う、その前だ!」
「…あぁ、美男美女のくだりか。何か変なことを言ったか?」
「…御影はわかるとしても、とてもではないがそれに私が該当するとは思えないのだが…痛っ!?」
椛が言い切るよりも先に要はその脳天に手刀を振り下ろした。
突然、かつ迅速な攻撃だったため椛は避けることができずそれを身動ぎすることなく受けてしまったのだった。
「お前は何を言っているんだ?」
「いや、だから私は…」
「椛、私のことを認めてくれることは嬉しいけど、そこで自分を貶す、というのは少しいただけないわよ?」
反論を続けようとする椛を遮って御影が割って入ってきた。
「自信を持っていない相手に褒められても正直迷惑なのよ。認められるなら自分に誇りをもって堂々と渡り合うくらいじゃないと」
「…そうか」
御影の言葉にしばらくの間考え込んだあと、彼女は顔を上げて要を見た。
「悪かった。少し考え直すとしよう」
「それでいいのよ」
「…言いたいことを全て言われてしまったな…」
「悪かったわよ…で、要の話だけど、私としては賛成よ。この時代にはまだ慣れきっていないから紹介してくれる、っていうのは凄くありがたいわ」
「…私も異論はない。それじゃあ、要…」
「分かっている。近いうちにでも店を紹介するから都合の付く日を事前に教えてくれ…いや、そうだ。二人はこの後に何か予定は入っているのか?」
「? 恵理たち…あ、さっきの女子のことだけど、全員帰ったから完全に白紙に戻ったわよ。でも、何でそんなことを?」
「いや、早いうちに済ませたほうが良いかと思っただけだ。それにこのあと天明堂で茶を飲もうと思っているが…」
「あら、お誘いかしら?」
「…まぁそんなものだ」
先程、影継に提案しかけていた事だ。
この容赦無く日差しが照りつける中、水分補給も行わなければ熱中症になる。そのため、どこかしら腰を落ち着けられて、なおかつ涼を得ることが出来る茶店に行くということを提案したのだった。
「天明堂か…少し高めだとは思うが…たまには悪くないかもしれないな」
「なら決定だ。まずは柳水で紹介するが…それで問題ないか?」
「えぇ。昼も食べてすぐだったから、少し時間を空けてくれるのは助かるわ」
「見るだけでも時間を潰せるだろうからな」
そんな話をしながら、彼らは要の来た道を通っていった。
「失礼致します!」
要がたいようの家から去って一時間後。
そこに一人の少女が訪れていた。
「あ! ねーちゃんだ!」
「ほんとだ! だれかとーさん呼んできて!」
その二言で子供達は先を競い合って家へと駆け出した。
元気な子供たちの姿を見て少女は微笑み、この家の主が来るまで自分へ駆けつけた子供たちと話をしていた。
三分ほどすると、子供たちに引き連れられた伊賀が困ったような笑みを浮かべながら彼女を出迎えた。
「こんにちは。お待たせして申し訳無い」
「いえいえ、連絡なしに来たので…ご迷惑でなければお夕飯を皆さんに振る舞いたいのでございますが…」
「え! ねーちゃんが作ってくれるの!?」
「やった! あたしハンバーグがいい!」
「みっちゃんはこの前作ってもらったでしょ! 今度はあたしのカレーだよ!」
「申し訳ございません、それは材料を見てから決めるので、みなさんは出来てからのおたのしみ、でございます」
そう言って彼女は人差し指を立てた。
「「「はーい!」」」
笑顔と共に振られたそれは、全員の視線を自然と集め、同時に承諾を得た。
「ありがとうございます。しかし、さっきもお土産を食べたばかりだと言うのに、もう夕食を楽しみにしているとは…」
「それだけ皆さんが元気に遊んでいる、ということだと思います…ですが、お土産、ということはもしかして…」
「えぇ、あなたとはすれ違う形になってしまったのが残念ですね。もう少し待ってくれれば合わせられたのですが…」
「そうでしたか。お話に聞くその方にお会いしたかったのですが…残念でございます…」
そう言って、メイド服に銀髪、そして白い肌の少女は微笑んだ。
「では、アンジェ、腕を存分にふるわせていただきます!」