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五十嵐要の休日(2)

 学園最寄りの街に行くためには長距離の道を通らなければならない。

 南部に海、それ以外は木々に囲まれており、余程のことがなければ誰も立ち入らないような場所に学園は設置されているためである。

 校門前からは学生用の街直通の送迎バスが出てはいるが、要はそれに乗らずあえて強歩で街にまで繰り出していった。

 時間にして一時間。

 走って行けばその半分程度で済んだだろうが、さすがに昴から借りた服を汗や土などで汚すのもどうかと思ったらしく、自身を落ち着かせるという意味合いも含めて時間をかけて行くことになった。

 街に到着すると、休日ということもあってか人の数が多く、店によっては人で出入口がわからなくなっている、という程であった。

「…………」

《慣れぬ服装で落ち着かぬのは分かるが、あまり周囲を気にするな。もう少し堂々としてはどうだ?》

「いや、だがしかし…向こうに着いたら何を言われるか分かったものではないからな…」

 青色が薄いジーンズに長袖の白シャツ。そして袖のない黒のベストを身に纏って彼はそこに居た。

 すれ違う人から視線を向けられるたびに自身の服装を見直すが、あまり着たことのないものなのでその善し悪しが全くと言っていいほど解っていなかった。

《それは向こうに着いた時にでも聞けば良いだろう。それよりも早く行かぬと彼らが待ちくたびれるぞ》

「…諒解、覚悟は決まった」

 影継に促されて要は目的の場所へと向かった。

「…今の人見た?」

「うん! 結構格好良かったよね!」

「そうそう! 無駄なアクセサリーが無いところも良かったよ!」

 …そんな評価をされているとは露知らず、彼は十分間歩いて目的の場所へとたどり着いた。途中和菓子屋に立ち寄り、左手に袋いっぱいの羊羹を購入した。

 その『たいようの家』という表札が掛けられている門前には三十代後半くらいであろう男性が道の掃除をしていたが、要が近寄るとそれに気付いて顔を上げた。

「おや、こんにちは」

「こんにちは、伊賀さん」

「あ~! 要にいちゃんと影継が来た~!」

「ほんと!? かーにぃかーにぃ! 今日は何してあそぶ!?」

 門をくぐるとほぼ同時に十人ほどの子供たちが一気に押し寄せ、彼のいたるところを引っ張った。大半は要の周りを囲み、残り三人ほどは影継の背中にのりかかっていた。

「あれ? かーにぃいつもの服とちがうね?」

「ほんとだ~ わふくじゃないの~?」

 服の裾を引っ張ってようやく子供達はいつもとの違いに気付いて疑問を口にした。

「…そんなに俺が洋服を着ることがおかしいのか?」

「ううん。いつものもかっこいいけど、今日のもかっこいいよ!」

「それよりあそんで! それじゃあ要にぃちゃんとかげつぐが鬼ね!」

 影継の背中に載っていた子供達は言うよりも先に敷地内に走り出していった。

《待て! 何の遊びかが分からないぞ!》

「高鬼だよ! それじゃあ皆、にげろー!」

 まとめ役らしき少年が合図を出すと同時に子供達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、影継は数秒困惑した様子を見せたが、すぐに鬼役となって一番近い少年を追いかけた。

 さすがにこれには伊賀も苦笑いするしかなかったようで、立ち尽くしていた要に声をかけた。

「すいません、という訳で子供たちの相手をしてもらえますか?」

「えぇ、それくらいなら構いません…っと、これを皆で食べてください」

「あぁ、これはどうも…いつもすいません」

「気にしないでください。喜んでくれるのならば安いものです…では、子供たちの相手をしておきます」

「よろしくお願いします。昼ご飯になったら呼びますので、それまで遊んであげてください」

《…ぬぅ! いい加減降りてこないか! それでは捕まえられないではないか!》

「だーれかーたすけーてーくださーい♪」

「まー君、十秒以上たかいところはダメだよ! ルールは守らないと!」

「そういうこと言うみっちゃんだってずっとすべりだいの上にいるじゃん!」

「そうだそうだ!」

「そんなことないもん! こうやって…一回おりているから大丈夫!」

 言いながら少女たちは一回滑り台から降り、そしてまたすぐに階段を昇っていった。

「ずるいー! それじゃあ僕にげられないじゃん!」

「えっへっへー! これでまー君が鬼ー…」

《ならば今度は美保たちを狙うとしようか》

 何時の間に標的を変えていたのか、影継は滑り台の横に構えていた。

 滑っても階段から降りても対応できるように、という子供相手に容赦ない影継の策だった。

「わぁ!? な、なんでこっちに来たの!?」

「あ、まー君が逃げちゃった!」

《他を気にしている余裕があるのか? これで誰か一人は捕まえられる、覚悟するがいい!》

「むぅ~…!」

 標的にされた少女たちは簡単に逃げられない状況が出来たことで少し困惑していたが、残り五秒、というところで策を思いついたようで、三人は耳打ちし合っていた。

「それじゃあ、さくせんどおりに行くよ!」

「「おー!」」

 掛け声と同時に彼女たちは一斉に滑り台をおりた。

 二人は滑って、一人が階段を駆け下りたのだった。

《む、考えたな。だが、そんなものどちらか一つに絞れば…》

 影継は階段を降りる少女を標的に駆け寄り、地面に降り立つ瞬間を狙って回り込んだ。

「ここでターン!」

《何!?》

 いざ降りる、直前の一段で少女は突如方向転換をして、逆に階段を一気に駆け上がり坂を滑って逃げ出していった。

「よし、これで私もだっしゅつせいこう!」

《クッ…! だが次の場所に移るまでが勝負だ! 逃がしはしないぞ!》

「わーい、逃げろー!」

 影継が滑り台から逃げ出した少女を追いかける姿を見て、要は思わず笑っていた。

「影継も大分馴染んできたようだな。最初の頃とは大違いだ」

 最初、影継が訪れた時、真面目な性格が災いし、遊びであっても全力で取り組んでしまい、影継が鬼の鬼ごっこをやらせれば誰も逃げられないほど全力を出していたが、最近になってからは子供を楽しませることにも注意が行くようになり、手加減というものを覚えた。

 先程もわざと少女たちの作戦に引っかかり、彼女たちは嬉々として追われていた。

「かーにぃ、鬼がぼーっとしてたらダメだよ! ちゃんと追っかけないとほんとの鬼ごっこにするよ!」

 ちなみに彼らの言う『ほんとの鬼ごっこ』とは、要や影継を鬼として全員で鬼退治をするというものである。手加減というものをあまり知らない子供たち相手というものは地味大変なのである。

「っと、それは勘弁して欲しいな…ということで、全員逃げてみろ!」

《主、そちらに佳祐が向かった! 挟み撃ちにするぞ!》

「諒解!」

「大変、けいちゃんが捕まっちゃう! 皆でけいちゃんをたすけろー!」

「「「わー!」」」

 …そんなこんなで、昼食まで彼らは目一杯走り回された。

 最終的に捕まえられたのは五人ほどで、残り二十数人は伊賀が昼食の呼び出しをするまで捕まることは無かった。


「お疲れ様でした…要君は緑茶でよかったかな?」

「あぁ、ありがとうございます…相変わらず、子供達は元気ですね」

 要は伊賀から渡された緑茶をすすり、子供たちを眺めながら話しかけた。

 昼食を食べ終えた子供のうち十人ほど広間で昼寝を始めたが、残りはまだ体力が有り余っているのか、影継を連れ出して中庭へ遊びに出ていった。

 現在はかくれんぼをしているようで、二人が中庭の中央で目をかくして数を数えているところだった。

「ははは、そうですね。最近は私一人では対処しきれなくなっていますよ…だからこうして要君のように時々でも遊びにきてくれると非常に助かります」

「うん? その話し方だと、他にもここに来ている人がいるのですか?」

「えぇ。要君と同い年位の女の子でしょうか? 非常に明るい性格なので、みんなに慕われている良い子ですよ…ただ、要君とは来る時間が異なるので合わせられないのが残念です」

「…そうですか。ということは、夕方に来る、ということですか?」

「そうですね。彼女もどこか寮のある学園に通っているようで、六時には帰ってしまいますが…彼女の作る晩ご飯をみんな毎週楽しみにしていますね」

「…すいません。料理の全く出来ない人間で…」

「あの時は僕が毒味して正解でしたね。なんでも食べる僕でもあれだけは無理でしたから。けれど、要君の和菓子は今度あの子達に振舞ってみてはどうでしょうか? あれなら皆喜んでくれると思いますよ」

 言いながら伊賀は快活に笑った。

 その表情を見ながら、要は静かに口を開いた。

「…大分明るくなりましたね」

「そうかもしれませんね。今はあの子達が笑ってくれるよう…いえ、楽しんで生きてくれることが僕の生きがいですから」

「中佐を務めている時以上に楽しそうですね」

「その話はあの子達には黙っておいてくださいね?」

「分かっていますよ」

『たいようの家』の主、伊賀喜助きすけは要の言うとおり元大和非正規國衛軍の管理人であり、大和國衛軍の中佐であった。相当な実力を持っているはずなのだが、その様子を微塵も見せつける様子もなく、平穏な雰囲気を漂わせていた。

「…けど、二年前より活き活きとしていることは本当です」

「元々僕はこっちの方が性分に合っていたんでしょうね。最初の頃はどう接すれば良いか分かりませんでしたが、今は大変なこともありますが、辞めようという気持ちが微塵も起きませんから」

 そう言いながら伊賀は眠っている子供の頭を撫でた。眠っていることは間違いないのだろうが、女の子はくすぐったそうに、幸せそうに頬を緩めた。

 …ここ『たいようの家』は、伊賀が何らかの事情で親をなくした子供を受け入れ育てる児童養護施設…一昔前の孤児院である。

 とはいえ、その規模は施設というには少々小さいものであると同時に、彼らは全員実の、そして仲の良い家族そのものだった。

 設立当初は虐待を受けた子供や親に捨てられて人間不信になっていた子供ばかりで、伊賀も彼ら彼女らの心を開くのに一苦労だった。

 それこそ、語られない、とてつもない困難があったことは間違いない。

 けれども、今の子供たちを見ればわかるとおり、彼らは普通の子供と大差ない生活を無事に送っている。

 子供たちが伊賀を慕っていることは、眠っている少女が触れられるだけで無意識に気を緩めるということだけでよく分かるだろう。

「…けれども、剣を振ることは止めていないようですね」

 その少女を撫でる手の豆は幾つも潰れており、一目見て素振りを欠かしていないことが理解できた。要ほどではないが、その手は見ているだけで痛々しかったが、伊賀はむしろそれを誇りに思っているようだった。

「この子達に何かあったとき、腕が鈍っていました、では言い訳にはなりますが理由にはなりませんからね…軍人は見えない民のために守りますが、僕は守るものが目に見えていたほうが、気が引き締まるみたいで…そういう意味では僕は要君を尊敬しますよ」

「…そんなふうに思われることは一切していません。実際、鷺沼事件以降…人と向き合うことが嫌になっては逃げ出した自分です」

「それでも要君は戻ってきている。中年真っ盛りの僕でさえ逃げ出した現実から、もう一度真正面から向き合っている…そうだね、まともな将校が脱軍する大きな理由は何か知っているかい?」

 湯呑を置いて、真っ直ぐに要を見つめて伊賀は質問を投げかけた。

 その答えも、質問の意図を察することが出来ず、要は首を傾げた。

「…厳しい訓練に耐え切れず、ではないのですか?」

「それは一兵卒の話だね。僕が指しているのは将校クラスの話で…辞めていく大きな理由は『人の死が最も重い仕事』だから、なんだよ」

「…………」

「よく言われるのは戦う力を持つ、ということは奪う覚悟だ、なんて言われているけど、僕は全く違う…奪われる覚悟のほうが必要なんだと、今更ながらに痛感したね。事実、僕は鷺沼で部下の大半を亡くして…さっき言った理由で脱軍したのはしっているよね?」

「…忘れる筈がありません」

 要の湯呑を握る力が強まっているのを察知し、伊賀は少しの間を空けた。

 感情の昂りが収まったところを見計らい、伊賀は再び話を始めた。

「…秘密にしていたけど、あの時に僕は妻と子供たちも殺されて、ね」

「!?」

「妻たちをあんな目に合わせた奴らを全員八つ裂きにするまで死ねない…そういう風に考えたこともあったよ…けど、少し冷静になってみれば、それをしてしまったら、救世主と同等…いや、多分それ以下になってしまって…みんなに顔向けできないと思ったんだよ」

「……」

「あのまま軍に所属していれば、否応なしに二年前を思い出して、単なる殺人鬼になりかねない、と判断して逃げ出したんだよ…それは、武人としては絶対に越えてはいけない線だと思って、ね。けれども要君は逃げ出したとは言っているけど、影継と出会ってからもう一度立ち向かおうとしている…今度こそ、奪われないように」

「……そんな大層なものでは…」

 否定しようと口を開きかけたところを、伊賀は皿に乗せた羊羹を差し出した。

「やっぱり、天明堂の羊羹はこの辺で一番美味しいね。僕ではもう手の届かないものだから、凄くありがたいよ。要君も、余ったひと切れで申し訳ないけど、良かったらどうぞ」

「…いただきます」

 突然話を切られてしまったため、それ以上は何も言えず、要は静かに出されたそれを口に運んだ。

 丁度、一口で食べられる大きさであり、柔らかい甘味が舌に染み渡った。

 静かにそれを噛み締め、口を開けない要に、伊賀は言葉をかけた。

「君は自分のことを大したことない人間だと否定するけど、これだけは覚えておいて。一度背を向けたことにもう一度真正面から向き合う、ということは、誰にでも出来ることじゃない…もっといえば、出来ない人間の方が多いんだ。事実、僕は多分向き合えていない人間だ」

「…………」

「だから、もう一度守るために立ち上がった自分を、そこまで卑下しないで欲しい。それをされてしまったら、『防人』であり続ける人が…」

「…分かりました」

 伊賀が言い切る前に、要は言葉を遮った。

 何時の間にか俯いていた顔を上げれば、要の凛とした表情がそこにあった。

「自分、五十嵐要中尉は『防人』で有ることを誇りに、全身全霊を尽くします」

「…うん。それを聞けて安心したよ」

 その言葉通りの心情なのだろう、伊賀はそれで話したいことは全てなのか、突如脱力して背もたれにかかった。

「…良ければ、伊賀さんの家族のことを聞いてもいいでしょうか?」

「う~ん…と言っても、あまり面白い話はないよ? せめて合法的に結婚するために昇格をせっつかれたことくらいしか…」

「…成程、奥さんは二、三人ですか?」

「そういうことだね。僕のどこが良かったのか分からないけど、二人とも僕との結婚を譲ろうとしなくてね…それで、解決策として僕が少佐以上になるってことで落ち着いて…結局三十過ぎてからの結婚になったことだけ、かな?」

「料理などは上手でしたか?」

「少なくとも要君より上手かったかな」

「…それは、自分より下手な人を探すほうが難しい気もしますが…」

 …そうして、彼らは三十分ほど話し続けた。

 その後、影継と充分に遊んだ子供たちも満足したのか、全員で大広間で昼寝の時間となり、要たちはそれに合わせて「たいようの家」を出ていった。


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