告白
あの日から1週間。もちろん高城さんに会うことなんてなかった。
がむしゃらに仕事をして過ごしていた。何にも考えなくても済むから。
仕事している間だけはとても心地よかった。でもそんな毎日が1通のメールで変わりことになるなんて思ってもいなかった。
メール1件、差出人は,,,篠塚結希。
今日も家に呼ばれるのがと思った。
でも彼が待ち合わせ場所に選んだのは私の職場の近くの小さなカフェだった。
しかも待ち合わせ時間は昼間。
休憩中だった私は時間を確認し近くにいた職員に
「1時間ほど出てきます」
と言いカフェへ向かった。
初めてのことに戸惑う自分。思えば明るい時間に会うのは初めて会った時以来。外の暖かい陽気に包まれながら足を進める。気が付くとあっという間にカフェの前に来ていた。
重たいドアを開けると、心地の良いBGMが私を迎えてくれた。
そして奥の席には深く帽子をかぶったあの人。
「結希くん。こんにちは」
私に気が付いた結希くんはいつもの笑顔で軽く微笑んだ。
「とりあえず座って。なんか飲む?」
窓から入る光が優しく結希くんを照らす。
「じゃあカフェオレで」
私たちがこんな関係だってことを忘れそうなくらい暖かい空間。
でも錯覚はあくまで“錯覚”
「あのさ、話あるんだけど」
見かけ以上に重たい言葉に現実へと引き戻される。
なんとなく覚悟はできている。
この関係を終わりにしなければならない。いつ終わりにするか,,,。
それが『今』ってだけのこと。
だったら私は笑って終わりにしなければならないと思う。
始めに我が儘を言ったのは私なんだから。
都合の良い女になると決めたのは私なんだから。
「紗綾、もうこの関係終わりにしよう」
「うん。」
今の私にはこれが精一杯。
上を向いていないと涙がこぼれちゃう。
「あともう1つ」
しばらくの沈黙の中ふと言葉をきり出した結希くん。
次に言われる言葉は何だろう?
今後一切関わらない。
いままでのことはすべてなかったことにする。そんな言葉を予想していたのに、かえってきた言葉は予想外だった。
「俺、紗綾のこと好きだから。」
一瞬亡くなった“紗綾”さんのことを言ったのかと思った。
でもその言葉が私に向けられたものだと気付くのにあまり時間はかからなかった。
まっすぐで優しい結希くんの瞳。どんな辛い思いをしても一生こんなことはないと思っていた。
叶わない夢。
報われない恋。
そう思っていたのに現実になった。
でももっと驚いたのは嬉しいはずの心の中に何か引っかかるものがあるということ。
言葉が出ないのはなぜ?このまま返事をすれば良いはずなのに、嬉しかったんだよ?
結希くんがそんな風に思ってくれて。
でも何かが違う。心のつっかえが何なのかわからない。
このままつっかえを無視して返事していいの?
張りつめた空気の中、どこかで携帯の着信音が鳴った。
「出なくていいの?」
その言葉にハッとする。
私の鞄の中だ。
携帯を取り出しディスプレイを確認する。
出ようかすごく迷った。
だって着信は高城さんだったから。
繰り返されるコールを無視することも出来ず、外に出て電話に出た。
「もしもし?」
「俺、高城だけど」
1週間ぶりの声。
なぜかドキッとする自分。
「どうしたの?仕事は?」
沈黙が続かないようにとりあえず他愛もない質問をしてみる。
「あぁ今日は暇なの。それよりさ,,,そういうことね」
時間、音。一瞬全てが止まった気がした。
目の前にいる高城さんによって。
少しして心配した結希くんが外に出てきた。
でもそこで見たのは、凍りつく私とそれを無表情で見つめる高城さん。
「あれ?悟なんでここに?」
こんな形で出会ってはいけなっかたのに。
「この子結希さんの彼女なんだろ?」
高城さんの言葉が冷たく放たれる。
「結希さんさぁ紗綾ちゃんの気持ち考えたことある?自分のこと好きでもない人に料理作ったり、24時間いつ呼び出されてもいいようにしてる子の気持ち考えたことあんのかよ!!紗綾ちゃんは結希さんの人形じゃないんだよ。6年前のこといつまでも引きずってんじゃねーよ。紗綾ちゃんは堀宮紗綾の身代わりじゃねんだよ!!」
「分かってるよ、そんなこと」
隣にいた結希くんがぽつりと呟いた。
「もうこの関係はやめた。俺本当に紗綾のこと大切にしたいって」
「綺麗事なんじゃねーの?」
高城さんからボソッと吐かれた言葉。
「きれい,,ごと?」
「そうだよ。結希さんの言ってることは綺麗事だよ。今まで紗綾ちゃんのこと利用しといて今さら大切にしたい?虫が良すぎるよ」
今まで俯いていた結希くんが顔を上げた。
「わかってるよ。許されないことだってことぐらい」
「俺はさこんなに紗綾ちゃんのこと想ってきたのに」
「さ,,,とる?」
「結希さんはずるいよ」
そう言う高城さんの目にはうっすらと涙がたまっていた。
「そうやって美味しいとこばっか持っていくんだよね。結希さんは」
「,,,。」
「なんとか言えよ!!」
高城さんが勢いあまって結希くんに掴みかかろうとした、その時私の手は高城さんの右頬を叩いていた
。
「いい加減にしてください」
私の目からは涙が流れていた。
「紗綾?」
「私がいけなかったんです」
私の声は消え入りそうだった。
「高城さんには悪者になってほしくない。私のせいですから」
私は誰にも聞こえないようにそっと
「さようなら」
と呟いて駆け出した。
私のことを呼ぶ声が後ろから聞こえてくる。
でもここで後ろは振り向けない。
高城さんの頬を叩いた左手が痛む。
私のせいで2人の今まで築き上げてきたものを崩すなんてことは絶対に出来ない。どちらかを選べば幸せになるなんてそんなの嘘。
私が負の連鎖の引き金を引いてしまっているのならいっそ2人の前から消えればいいんだ。
この日、私は。
気持ちの蓋に厳重に鍵をかけた。
とめどなくあふれる涙も,,,
これで最後、と言い聞かせて
全てしまいこんだ。