捨て台詞
1人の金曜日。
こんな時こそ残業でも入ってくれれば良かったのに。よりによって早上がりなんて、どうせ行くところもない。
そう思うと自然と足は”Smile”へと向かう。少し高めのヒールで足が痛む。そんなことも慣れっこだけど…。
歩く足を止めて、空を見上げてみる。都会の空は濁っていて晴れているのに星も見えない。
眩しすぎる町のネオンとガンガン響く雑音がものすごく不愉快に感じた。
すると突然雑音には似つかわしい澄んだ声がした。
「紗綾ちゃん?」
振り返ると爽やかスマイルの高城さんがいた。
「あっやっぱり紗綾ちゃんだ」
「高城さんもお店に?」
「うん。今日暇でさ」
こんな他愛もない会話が私の頭に流れ込んでくる雑音を消してくれる。
「きったない空」
不意に高城さんの口から呟かれた言葉。
「もうちょっと空は綺麗じゃなきゃね」
空を見上げていた高城さんの視線が私にうつった。
「あの、私が空見上げてるところ見てました?」
私が聞くと高城さんは微笑んで
「ちょっとだけね」
と言った。
今日の高城さんはいつもの高城さんじゃないみたい。
「私、今あんな感じなんです。他人から見ると心は晴れているのに、自分から見ると濁ってるんです」
なんでこんなこと言ったんだろう。
でも空は本当に私みたいだった。
「じゃあ俺と一緒だ」
「え?」
「俺の心もあんな感じ」
そう言って高城さんは頭上の空を指した。
「高城さんもですか?」
「うん」
その表情がどんな表情かなんて私にはわからない。
1つしか歳が変わらない高城さんは、結希くんと同じで私とは比べ物にならないくらい大人。
「ほら、寒いし早くお店行こう?」
いつもの高城さんだ。こういう時の切り替えがとても早い。
まぁ芸能人だもんね。そんなことを思っていると、
「どうしたの?」
と2.3歩前を歩いていた高城さんが振り返りながら言った。
「ううん。なんでもないです」
私は精一杯の笑顔で返す。
でもそんな笑顔も貴方にはすべてお見通しのようだけど。
「今日は飲も!酔いつぶれるまで、ね?」
「高城さんって優しいんですね」
「それはどうだろうな」
そんなことを言っててもあなたの優しさが伝わってくる。
私こういう人を好きになれば良かったのに。
店に着き私は飲みまくった。
その結果途中から私の記憶はなかった。
気が付くとそこは私の部屋でもなく結希くんの部屋でもない、
見知らぬ部屋だった。
まわりを見渡しているとドアが開き高城さんが入ってきた。
「あっ起きた。大丈夫?」
ぐるぐるする頭で記憶を手繰り寄せる。
確か…“Smile”でお酒を浴びるように飲んだのは覚えている。
だけどそのあとの記憶がない。
記憶を手繰り寄せていると高城さんに
「寒くない?」
と聞かれた。
気づけば髪の毛も服もびしょびしょ。窓を見ると叩きつけるような雨が降っていた。
「ここ俺んちだから。ほら風邪ひくよ。シャワー浴びてきな」
そう言って私を無理矢理シャワールームへ押し込んだ。
私何が何だか分からないままとりあえず冷えた体を温める。
熱いシャワーでもやがかかっていた頭がスッキリする。
それと同時に浮かんでくる結希くんの顔。
流しきれなかった涙と一緒に頭からシャワーを浴びた。
シャワーを浴び終わり高城さんに借りたTシャツを着てリビングへと行った。
「いろいろとすいませんでした」
そう言って部屋に入るとコーヒーを作っている高城さんがいた。
「大丈夫。とりあえずそこらへん座って」
と言われた。
でもその顔に笑顔はなかった。ソファーに座りため息をつくと
「あっ!また怖い顔してる。ほら笑いなよ。はいコーヒー」
そう言って今度は笑顔で私の顔を覗いた。
目の前に差し出されたコーヒーを一口飲んで机の上に置いた。
高城さんは私の隣に座り、テレビのチャンネルを変えた。
するとその番組はPEACEが出演していた。
テレビに映る結希くん。その姿はいつもとは違っていた。
私には見せない笑顔。
そんなことを思っていると突然目の前の世界が揺れた。そして気が付くと私は高城さんの腕の中にいた。
「高城…さん?」
「黙って」
高城さんの声はいつもよりずっと低かった。
振りほどけないほどの強い力に自然と体も強張る。少しの恐怖。
でも高城さんから出た言葉は私の強張った体をさらに強張らせた。
「俺が変わりじゃダメ?」
「えっ?」
「痛々しすぎるんだよ。紗綾ちゃん見てると」
その表情はものすごく辛そうだった。
「そんな恋やめちまえ」
捨て台詞のようにそう吐くと高城さんの目からは涙が流れていた。
高城さんにつられ私の目からも涙が流れていた。
わかってるよ。そんなこと。自分が一番よくわかってる。でもやめられないのが恋。
私は高城さんの腕の中で眠りについた。
目が覚めるともう部屋には彼の姿はなかった。
”そんな恋やめちまえ”そう吐いた高城さん。
その言葉が引っ掛かる。
「わかってるよ」
と呟いた。
もちろん返事が返ってくることなんてなくて行き場のない気持ちに余計悲しくなる。
結希くんへの気持ちはなにがあっても変わらない。そう頭で思い込んでいた。