いつか、きっと
彼女が有給消化中だと連絡をして来たので、オレは早速デートの約束を取り付けた。
遠距離恋愛の為、前に会ってから何日ぶりか数えるには指が足りない。
ただ嬉しさだけを意識して部屋を出る。
そして彼女を迎えに最寄り駅へ向かった。
ホームへ出て待つには、まだ時間が余っており、足を止めて駅前のベンチに座る。
そこは植樹や祈念碑の建つ人工の広場で、小さな公園の風情は待ち合わせ場所として有名だ。
他にも恋人を待つ若者たちが何人もいて、そわそわとスマホを眺める姿が多い。
「待ち合わせですか?」
不意に声をかけられ、オレは視線を向ける。
細長いベンチの隣に、いつのまにか若い女が腰掛けていた。
「ええ、まあ」
見れば白い服を着た、なかなかの美人だが、愛しい恋人を待っている時に鼻の下など伸ばせない。
それでも美女に声をかけられたら、悪い気はしないのが男という生き物である。
無難に返答するオレに、女は静かに微笑した。
「…恋人を?」
「はい」
その問いかけに、オレは胸を張って肯定する。
もしかして逆ナンなら、早々に諦めてもらわなくては。
しかし女の次の発言は、そんな危惧を覆した。
「私も、恋人を待っているんです」
「……そうですか」
安堵しつつも、心のどこかで残念がっている自覚を、オレは意図的に排除する。
とりあえず当たり障りの無い世間話で時間を潰そうと軽い気持ちで口を開く。
「こうして相手を待つのも悪かないですよね」
「悪くない……ですか?」
「ええ。久々の再会だから、何を話そうとか、どこで食事しようと考えると、ウキウキするし」
「…………」
「どこを歩くかシミュレーションするのも、待ってる間の楽しみじゃないですか?」
しかし軽快に流れる言葉を聞いていた女は、寂しそうに俯き、視線を落とす。
「…それは、あなたが待つ身の辛さを知らないからです」
「は?」
「私は……もうずっと待っているのに…」
(しまった……)
オレは恋愛沙汰では多少なり場数を踏んでいる。女の言葉と態度で察しはついた。
――― もしかすると、恋人に捨てられたのかも知れない。
戻らぬ男を待ち続けているのかも知れない。
だとすれば、マズイ事を言ってしまったか。
「ずっとずっと待っているのに、彼は来てくれないんです…」
遂に女は涙を流し始めた。
さすがに動揺するが、生来のフェミニスト精神が騒ぎ、無関係だからとこの場を逃げるのは気が引ける。
かといって、これではまるで自分が泣かせたようではないか。
『待つのも悪くない』という一言がきっかけだとしたら、確かにそうなのだが。
しかし、何と言って慰めたら良いのかわからない。
「待ってるのに……約束したのに、どうして来てくれないの…」
「あ、あの…」
「どうしてなの……私はずっと待っているのに…」
両手で顔を覆い、しくしくと泣き続ける女に、オレは焦る。
周囲の誰も彼に冷たい視線を向けないのは救いだが、こんな場面を彼女に目撃でもされたら。
「お待たせ」
――― 悪い予感ほど的中するのが世の常らしい。
瞬間、心臓が凍りついた。
最愛の相手の声を畏怖と感じるなんて情けない。
「あ…ああ、早かったんだな……」
青ざめた笑顔で振り返るオレに、彼女は怪訝な表情を浮かべる。
「……どうしたの?」
その視線は、明らかにオレではなく隣の女性に向けられていた。
「あ、あ、あの、その、こ、これは…その……この人は…」
しどろもどろに弁明を試みるオレだが、言い訳の言葉を思いつかない。
たまたま隣り合わせて、二言三言会話をしたら泣き出したなどと、どう説明したら良いというのだ。
愛しい彼女の無表情が恐ろしい。
しかし、その唇から出てきたのは、冷たい罵声ではなかった。
「…ここで何をしているのですか?」
「―――?」
予想外の穏やかな声音に、オレは一瞬 呆けてしまう。
彼女の問いかけに、女は泣きじゃくりながら返答した。
「恋人を……待っているんです」
「その人は、ここには来ませんよ」
容赦のない彼女の言葉に、目が丸くなる。
「おい、いくら何でもそんな言い方…」
「黙ってて」
口を挟むオレを一言で制し、彼女は更に続けた。
「貴方は待ち合わせ場所を間違えています。だから、いくら待っても、貴方の恋人はここには来ません」
「間違えて……?」
女はふと顔を上げる。
「だって、ここで待ち合わせるって約束したのよ。だから私はずっと…」
「でも、ここにいる限り彼とは会えませんよ」
「だったらどこへ行けばいいの?どこへ行けば彼に会えるの?……貴方は、知っているの…?」
すがるような瞳で見つめる女に、彼女は静かに微笑した。
「光さす方へ」
「光……?」
女はキョロキョロと周囲を見回し、再び視線を戻す。
「光なんて見えないわ。周りはすべて暗闇だもの」
「大丈夫」
彼女はすっと目を閉じ、小さな声でなにごとか呟き始めた。
「……!!」
呆然と見つめていたオレは、目前の光景に驚愕する。
彼女が紡ぎ出す文句に合わせるかの如く、女の身体が薄れ、輪郭がぼやけ始めた。
それは次第に淡い輝きを放ち、そして―――
悲しげだった女の表情に、かすかな微笑が浮かぶ。
まもなくその姿は、煙のように掻き消えた。
「貴方って人は……美人と相席できるなら、この世の者でなくても良いの?」
あきれたような彼女の一言は、オレにとどめを刺した。
この広場では、十数年前に凄惨な多重衝突事故が起きており、オレが座っていたベンチの後ろには祈念の慰霊碑が建っている。
犠牲者の中には、現在と同じように、この場で待ち合わせをしていた若者たちが多くいた。
「今、何月だと思ってんだよ……つーか、真昼間なのに…」
「ああいうものは季節も時間も問わないのよ」
生まれて初めて、人ならぬ存在と対峙してしまったオレは頭を抱えるが、彼女の方は平然としている。
それに先刻の遣り取りも、ずいぶん慣れた様子だった。
「……何やったの」
「ただ昇魂の文句を唱えただけよ」
「は?」
「母方の血筋が霊感が強い体質なの。曾祖母は霊媒を仕事にしてたくらいだしね」
言われてみれば、なんとなく納得する。
オレの彼女は美人なだけでなく、どこかミステリアスなところがあるのだ。
しかしオレには、その方面の能力はまったく無い。
今まで一度も遭遇した事は無いし、まして、あの世の人間があんなに明瞭に見えるとは思わなかった。
それに周囲の人間には、あの女が見えていなかったらしい。
「なんでオレにも見えたのかなぁ」
「……私の所為かも知れないわ。勘の強い人間と長く一緒ににいると、多少なり影響されるというから」
すまなさそうに笑いながら、心の中で考える。
(霊魂も相手を選ぶようだけど、私の彼に憑かれては困るわ)
「成仏したのかな?」
「ええ、おそらく」
「じゃあ、恋人と再会できるかな」
「どうかしら」
「何十年も待ったんだから、すぐには無理でも、いつかきっと会えるだろ」
丸くなった瞳は、すぐに笑みに変わった。
「――― そうね」
たとえ離れ離れになったとしても、必ずまた会える。
それがどんなに長い年月であっても。
――― いつか、きっと。
「でもな」
「え?」
「オレたちは『いつか』じゃなくて『今』を堪能しようぜ」
オレは彼女を抱きしめた。
久しぶりの再会を喜びながら。
END




