ずっと待ってる。
ハトがとこ化で飛ぼうと羽をバタバタと羽ばたかせている。
その騒音に驚き足を一歩下げたのは加賀山健太。
彼は今駅前にある喫茶店の近くで待ち合わせをしている。
「ったく遅い、連絡しても既読つかねーし…」
彼は「バイト仲間」という名前のメール相手に何度も電話を送っているが全く既読が付かないようだ。
仕方がないので喫茶店に入って下調べでもすることにした。
「なあなあっ、これ見ろよ」「あんー?」
意気揚々とスマホの画面を見せる女、虫柳愛執とそれを見ようと身を寄せる男、天蓋広聴らがぽつんと古めかしく佇む駄菓子屋のスンシェードの中で雨宿りをしている。
「未知のウイルス?」
「そうそう、ウイルスってどんなのなのかな、誰がかかったのかな」
「ウイルスか、ということは、その症状にもよるが、どの国かは分からんが日本に対して攻撃を仕掛けて来たってことだ」
天蓋のスピリチュアルに傾倒した考察に「そんな夢物語が本当だったら、あたしもうれしいけど」と虫柳は軽くあしらってさらにその記事を確かめることにした。
「そのウイルスにかかった患者は精神を乗っ取られどんなものも壊す破壊廃人と化してしまう…精神疾患なんじゃねーのこれ」
そのウイルスが患者自身の命に関わるものではなく、ましてや精神疾患の類なのであれば睡眠薬を注射するなり拘束したりするなりして流行は妨げられるという興ざめな事実に少し落胆した表情の虫柳を「いやまて」と天蓋が差し止めて次のように言った。
「破壊衝動に駆られるというのは、そうさせる別の人格自身がそのウイルスなんじゃないか。そうなってきたら、面白いぞ。なんせ、人の感情をコントロールできる知的存在がウイルスとして無限に繁殖するわけなんだからな。り患してしまった国民の思想が戦争の方へ扇動されたらそれこそ国際戦争だ。第三次世界大戦がはじまる…!」
彼は過激な情勢を鑑みて閾値の更なる高み迄上っていた。昂っていた。
「でもそれって誰も絶望しないじゃん」
虫柳は楽しくなさそうにスマホを閉じたのであった。
トントントントントン、焦燥感を足に無意識に関与されているのかペタルもないのにせわしなく貧乏ゆすりをしているのは加賀山健太。
何時間と待ち焦がれても一向に出迎えてこない待ち人にそろそろ爆発しそうな思いだった。
特段やることもないからと言って何の意味もない動画を垂れ流していてはそんな動画を見ている生産性のなさに焦燥してまた足のスピードが加速する。
周りの人間を見ると辺りはパソコンを開きスーツをピシッと決めた者や本をコーヒーを嗜みながら熟読するものなど賢そうな人たちばかりである。
こんな空間で長時間他育休している彼の内情では、彼自身が無能な人間なのではないかとひたすらに内省し、そして自身の過去を振り返っている所であった。
俺が向上に行ったのは高校を中退して大体二週間くらいだった。
口上で働いててもドラマの中とかで演出されているようなアットホームさはなくてベルトコンベアに流れてくるケースにシールを張り付けるだけの毎日だった。
勉強する意味が解んなくてほっぽリ出した甲斐性なしの俺には工場の仕事っていうのは全く面白くなくて、ただの工場の一部品としてしかいない、しかもシールを張るだけの単純で味気のない作業しかできていなかった。
ひたすらに悔しかった。
と、ここらあたりまでの人生を振り返って彼は「でも」と付け加えて、或る拍子になっているこの今がその時よりもかなりいい状態であるという所に着地し、焦燥はある程度落ち着いた。
「お兄ちゃーん!」
遍上竜也が帰って来てすぐ、その帰りを出待ちしていたかのように妹が迎えてくれた。
妹は遍上が脱いだ靴をそろえてやり、その靴を持った手指を鼻に近付ける。
その現場を遍上は目撃していながらも見て見ぬふりをして自室に戻った。
「おかえりー」
自室には妹の賽葉庵がいた。
「別麦さん、これって公表しちゃいますか?」
薬名のメモが張り付けられている小袋が並ばれてる棚や、薄黄色のソファや真白なポリエステルの机が置かれているここは病院の院長特別の対話部屋である。
手術をする際の手順の共有などに使われているのがほとんどであるこの部屋だが今回ばかりは事情が違うようだ。
「公表はスキャンのだけは出そうかなぁ…って思ってるけど…」
机の上には脳をCAスキャンした画像やらが何枚も並べられてある。
そのどれも大きく黒いもやがかかっており頭蓋の全貌はまさにブラックボックスである。
そしてある一枚の写真は患者の頭蓋を切り開いたものであり、その写真にも黒いもやがかかっていた。
「関係なくてごめんなさいですけど…」そういって別麦は頭蓋を切り開いた写真を指差した。
「これって、撮影してた場所でもこんな感じにもやがかかっていたの?」
その質問に対してこの手術の執刀医を担当した男は腕をおもむろに組んで溜めて溜めてこう言った。
「どうだったかな」
「結構弱まってるしいいんじゃね」「そだな」
駄菓子屋で取り留めもないことをだべりながら駄菓子を時間の限りひたすらに食いながらで待ち焦がれていた二人は、雨足も千鳥足になってきたころ合いにようやく腰を上げた。
天蓋は、折り畳み傘を持っていることを隠したままであった。




