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魔法少女のマスコットは百合が見たい!  作者: ぬのきれタ
01.一人目の魔法少女
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第5話 カフェにて

「いいか、咲。お前の財布には千円だけ入れた。これはカフェで飲み物とかデザートを頼む用のお金だ。くれぐれも百合本を買うお金にするなよ」

「分かった」

「余った分は保管するから、今日使わないで百合の本を買うのに使おうとか思うなよ」

「………………分かった」

「間が長いのが気になるけど、いったん咲を信じよう」


 半田が怖い顔で見てくる。普段はおちゃらけているのに、お金のことになると半田は急に厳しくなる。俺がやらかしたから信用がないのだろうが、それにしても厳しい。とはいえ、事情によってはこうしてお金を託してくれるのだから、まだ期待されているといえるのか。

 とりあえず半田の期待を裏切らないようにしよう。そう決意をして、俺は酒井小百合の姿で半田に見送られながら家を出た。




 十六時になる十分前。少し早めに俺は“夕やけ”というカフェにに着く。二人はまだ来ていないようで、先に店内に入って二人が来るのを待つことにした。


「守里さん!」


 しばらくして俺を呼ぶ声がした。振り返ると、二人の女の子が立っていた。


 一人は草加部 日和だ。長い前髪で右側の目を隠しているのが特徴的で、いわゆるメカクレというものだ。背がそんなに高くない上に背中も丸まっているから全体的に小さく見えた。まるで小動物のような愛らしさがある。あの時は困っていたからだと思っていたが、今も困り顔なところを見るに、日和はデフォルトが困り顔なようだ。


 もう一人は見覚えのない子だ。紺色がかった髪を腰ほどまで伸ばし、眉までの長さは前髪はピンでとめている。真面目な性格が制服に現れているのか、スカート丈は日和が膝上なのに対してその子は膝より下である。上着の下に来ているシャツは第一ボタンまでぴっちりとしめられている。おそらくこの子が雨宮 怜奈(あまみや れいな)なのだろう。


 タレ目で困り顔な日和に対して怜奈はつり目でいかにも強気そうな雰囲気がある。なるほど、確かに真逆の二人である。

 強気そうなほうの女の子が口を開いた。


「あんたが守里咲ね!」

「君が雨宮怜奈か?」

「そうよ。草加部日和の幼馴染なんだから」

「怜奈、喧嘩腰は良くないよ」


 怜奈の後ろで日和が不安そうに俺の顔を伺う。怜奈は構わずじっと俺を睨みつけてくる。日和がかわいい系なら怜奈は美人系の顔立ちだ。そのせいか、睨みに圧がある。


「いいえ、日和をたぶらかしたんだから幼馴染としてどんな奴か見極めないといけないの」

「た、たぶらかすなんてそんな、まるで私が守里さんを、す、好きみたいな言い方しなくても……」


 日和が顔を赤くする。怜奈の目つきがさらに鋭くなった。

 日和に好きな人がいたら怜奈は嫌だということか。妄想したせいで尊さに顔が緩みそうになるのを必死に抑える。


「あんた、日和にどういうつもりで近づいたのよ」

「サッカーボールが日和にぶつかりそうだったから俺はキャッチしただけだ」

「じゃあ、なんで日和と話をしたのよ。守るだけなら話す必要はないわ」

「日和が俺と話をしたいと言ったから話しただけだ」

「っ……で、でも連絡先を交換する必要はなかったんじゃないかしら?」

「俺がもっと日和と話したかったんだ」

「はうっ」


 なぜか日和がダメージを受けたような声を出す。

 もちろん嘘ではない。もともと俺は魔法少女を探しに日本へやってきたのだ。どこに魔法少女に適した少女がいるか分からないのだから、日和の連絡先を知っておくのは俺にとって仕事の一環でもある。しかし、怜奈は面白くないようで体をわなわなと震わせている。


「玲奈、と言ったな」

「何よ」

「そんなに俺につっかかってきて、お前は日和に気があるのか?」

「なっ……」


 怜奈の顔が一気に赤くなる。俺は確信した。怜奈はおそらく日和のことが好きなのだ。それも恋愛的な意味で。だから日和に誰かが近づくのが嫌だし、自分以外で気になる人がいるのも嫌なのだろう。


「な、なな……あ、あんたに言うわけないでしょ!」


 怜奈はかなり動揺している様子だ。俺の感情が大きく高ぶる。今の俺はまさに王道の組み合わせである幼馴染二人の、絆を強くするための当て馬だ。光栄極まりない。まさかこの世界に来て早々百合漫画のような展開に出会うことができるなんて思わなかった。手を合わせて合掌する。


「なんなのよあんた!」

「怜奈」

「なによ」

「もういいでしょ。守里さんは悪い人じゃないって分かったんだから」


 怜奈の顔が俯く。


「……日和は、あいつの味方するのね」

「味方とかじゃないよ。でもほら、守里さんは別に何も悪くないから――」

「もういい!」


 怜奈が立ち上がる。突然のことに日和は目を丸くした。肩を震わせる怜奈に日和はそっと手を伸ばす。


「怜奈? どうしたの」

「なんでもない。日和なんてもう知らないんだから!」


 顔をあげた怜奈は日和の手を振り払い、そのまま顔を背けてさっさとカフェから出て行ってしまった。


「玲奈、なんで……」


 日和は肩を落として悲しそうな声で呟く。何と声を掛けるべきか、俺は迷う。

 怜奈の気持ちを俺から日和に伝えるわけにはいかない。怜奈が必死に隠しているのに俺が日和に話したら怜奈は嫌だろう。しかし、日和は怜奈の気持ちに気付いてないからどうして起こっているか分からない。

 俺が答えに迷っていると、日和がふいに顔をあげた。


「守里さん、私って本当にダメですね」

「そんなことはない」

「だって怜奈を怒らせちゃいました。ずっと一緒にいたのに、怜奈が今なんで怒ってるか分からないんです。……怜奈が電話をかけて守里さんを呼び出した時、私……怜奈が守里さんと話して仲良くなってくれたらいいなって心のどこかで期待してたんです。そしたらみんなが笑顔でいられるかなって……私、自分のことしか考えてなかった…………」


 日和の目に涙が浮かぶ。日和が顔を覆った。しゃくりあげる声が耳に入る。


「私……変わりたい…………もっと、みんなを笑顔にできるような……頼れる……怜奈みたいになりたい……」


 日和の言葉に、妖精としての俺が耳元でささやいてくる。――日和を魔法少女に誘うべきだ、と。

 俺は日和に話しかける。


「日和、顔をあげてくれ」


 涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま日和は俺を見る。俺は手を差し出した。


「日和の気持ち、怜奈に伝えてみたらどうだ」

「……私の気持ち?」

「ああ。たぶん伝えてないだろ」


 日和が頷く。


「俺は、お互いに心の中を話をしてみるといいと思う。日和が何を思っているのか怜奈に伝えて、怜奈が何で怒ったのかも教えてもらう。分からないことは、知っている人に聞いたほうが早いだろ」


 日和は怜奈を何でもできると言っていたが、怜奈だって心の中まですべて分かるわけではないはずだ。お互いに話し合えば少しはいい方向に変わる気がする。欲を言うなら、そこで怜奈が日和に気持ちを伝えてほしい。


「……怜奈は私と話してくれるかな」

「心配なら俺も一緒に行くから」


 俺が行かないほうが絶対にいいとは分かっているが、不安がっている日和を一人放り出すのもなんだか気が引ける。

 日和は少し安心したようにそっと微笑んだ。


「守里さんが一緒に来てくれるなら、安心します」


 連れて行く気だ、この子。俺としては一人で行って欲しかったが、自分で言いだした手前行かないというわけにもいかない。言うんじゃなかった、と後悔する。


「そうと決まれば、怜奈と話をしに行こう。心当たりはあるか?」

「え、守里さん、手伝ってくれるんですか?」

「ああ。その代わり、後で俺の話も聞いてほしい」


 日和はきょとんとした顔をしたが、すぐに頷いた。


「分かりました。では、怜奈を探しに行きましょう!」


 お互いに顔を見合わせて頷き、カフェの外へと向かう。

 ――ふいに嫌な気配を察知した。最悪だ。俺はまだ魔法少女を見つけてないのに。


「守里さん、どうかしましたか?」


 立ち止まった俺を見て日和が首を傾げる。――もう、手段を選んではいられなそうだ。


「日和、悪いんだが先に俺の話を聞いてくれ」

「え?」


 説明するより見てもらったほうが早い。俺は日和の手を掴んでカフェの外に出た。

 外に出ると、やはり“アレ”がいた。


≪クルシーナ!≫


 大きな声で吠えたそれは、人間の何倍もの大きさがあり、自転車のような姿をしていた。サドルからタイヤのフレームにかけて爬虫類のようなうろこがついていて長いしっぽのようなものが伸びており、さらにそこから手足も生えている。まるで自転車とトカゲが合体したような姿だ。

 ハンドルの中心には邪悪に光る大きな紫色の宝石が埋め込まれているのを見て俺は確信する。“アレ”は俺たち妖精の国でダークモンスターと呼んでいる、闇の勢力“セーフク”の手先だ。


 そして俺は見てしまった。紫色の宝石の中に、雨宮怜奈の姿があるのを。

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