第33話 むねがいたい
アジトの会議室。ボスが部屋の奥の定位置で心配そうにころねを見てる。久美子お姉ちゃんはいつも楽しくお話しするテーブルの席に座って楽しそうにころねを見てる。そして、李依奈お姉ちゃんはころねの目の前で無表情で正座するころねを見下ろす。
「ころね、今の話をもう一回説明してよ」
「デラヴィ、もうやめろ。聞いたところで判断に揺らぎが出るものはない」
「でも聞かなきゃ。褒めるべきなのか叱るべきなのか、ちゃんと確かめたいの」
李依奈お姉ちゃんはボスを見ることなく感情の感じられない声でずっところねを見下ろしてる。ころねは知ってる。この声は聞こえた通り無感情なわけじゃない。いろんな感情が渦巻いてぶつかりあった結果、感情同士の真ん中の声が出てるだけだって。
李依奈お姉ちゃんに言われた以上、ころねはまた説明しなくちゃいけない。この説明で、李依奈お姉ちゃんから怒られるのか褒められるのか決まる。そう思うと体が勝手に震えた。ころねは頑張ってもう一度説明する。
「えっと、ダークモンスターを作った。でも、いうこと、聞かなかった」
「なんでころねの言うことを聞かなかったの?」
「話しかけた時、かなり怒ってた。……もしかしたら、言うこと聞きたくない気持ちもあったのかも」
「ソウルには人の声に過敏に反応するようにできてるの。もしかして、嫌われたの?」
ころねは何も答えられない。答えたらきっと怒られるから。李依奈お姉ちゃんは舌打ちをする。
「ねえ、黙ってないで何か言いなよ。……もういい。それが答えなんでしょ」
「……」
ころねは答えない。答えられない。何て答えても怒られそうで怖いから。李依奈お姉ちゃんは呆れたようにため息を吐く。
「まあいいか。それで、どうなったの?」
「半田っていう魔法少女が解決してくれた」
「半田? 魔法少女っぽくない名前ね。本当にそう言ってたの?」
「うん。マジカルなんとかって言った後、他の人に半田って言われてた」
「……ということは、本当に本名?」
李依奈お姉ちゃんは困った顔で久美子お姉ちゃんとボスを見る。久美子お姉ちゃんが肩をすくめた。
「今の話を踏まえると李依奈様の予想通りでしょうね。しかし、本名を言うなんて愚かだな。それを防ぐためのキラキラネームだと思ったんだけども」
「名前を呼んでた人も半田さんも、慣れてなさそうだった。普段は男で縁がないから、あんまり変身したことないのかも」
「男だと?」
ボスが低い声を出す。いつもより前のめりなボスにちょっとびっくりしながらころねは答える。
「うん。魔法少女になってたけど、普段は男なんだって」
「……半田……男…………」
単語を呟いて考え込み始めたボスを李依奈お姉ちゃんが不思議そうに振り返る。
「ボス、何か知ってるんですか?」
「……いや、気のせいだろう」
「そう? ならいっか」
李依奈お姉ちゃんはころねを見下ろす。
李依奈お姉ちゃんの目つきが鋭くなった。
「ころね」
李依奈お姉ちゃんの低い声が聞こえた。――怒られるんだ。ころねはきゅっと手を握りしめる。
「一人でソウルを使ってダークモンスターを生成できたことは褒めてあげる。魔法少女の本名もよくできました。でも、肝心のダークモンスターに言うことを聞かせられなかったんだよね?」
「……うん」
「そっか。じゃあ、こうするね」
李依奈お姉ちゃんが手を振り上げて近づく。ころねは怖くて目を瞑った。
――左頬に痛みが走る。じんわりとぶたれたところが熱い。
少し前までは罰でもころねに手を出さなかったのに、少し前からこうやって手を出すようになってきた。
「今日は成功もしてたからこのくらいにしてあげる。次は失敗しないでね」
「……うん」
李依奈お姉ちゃんはカバンを持つと、何事もなかったようにいつものようなにこやかな笑みを浮かべてボスを見た。
「それじゃあボス、ウチは帰るね。また明日~」
「李依奈様、アタシもお供しますね」
「はいはいお好きにどうぞ、大上先輩。邪魔だけしないでね」
「もちろんですよ、李依奈様!」
李依奈お姉ちゃんと久美子お姉ちゃんがアジトを出る。
二人がいなくなったら、ボスは心配そうにころねのところにやってくる。
「ころね、辛いか?」
ころねは俯く。ずっとこれが当たり前だった。だから辛いとは思ったけど仕方ないと思った。でも、黄色い魔法少女に心配されたとき、ツインテールの女の子に手を握られたとき、あの温かさに触れていたいと思った。
「ボス……むねがいたい」
ころねは胸を抑える。初めての痛みだった。殴られた頬よりも、魔法少女やツインテールの女の子の顔を思い出す方がころねは辛い。
ボスは黒のステッキを持って、ぬいぐるみのような姿から人間に戻る。そしてころねに手を差し出した。
「帰ろう、ころね」
ころねは頷いてボスと手を繋いだ。
アジトを出てボスの家に向かう間、ボスがころねに話しかけてくる。
「ころね、今日出会った魔法少女が男だったっていうのは本当なのか?」
「うん。ボス、気になる?」
「外ではボスではなく名前で呼べと言ってるだろう」
「じゃあ、こうすけ。気になるの?」
ころねが聞くと、こうすけは頷いた。
「気になる。今は、男が魔法少女……魔法少年として動くのは禁止されていたはずだからな」
「そうなんだ。こうすけは何で知ってるの?」
「……ぼくのせいで、そうなったからな」
こうすけの言ったことがいまいちよく分からない。
「どうしてこうすけのせいで、魔法少年が禁止になったの?」
「……ころねが誰にも言わないと約束できるなら、話す。どうだ、約束できるか?」
「約束する。ころね、しりたい」
ころねは大きく頷いた。
「分かった。それじゃあ話す」
こうすけはすうっと息を吸って話し始めた。
「ぼくは昔、魔法少年だったんだ。……でも戻る気はもうない」
こうすけは痛みに耐えるように苦しそうな顔をしながら、黒い魔法のステッキが入った肩掛けカバンを懐かしそうにさすった。




