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第28話 ここだけの秘密

 給食の時間を耐え、昼休憩の時間になる。いいにおいはするのに食べられないという拷問に近い時間を耐え抜くのはとても苦しかった。給食の時間が終わった今でも胸の奥がざわざわする。


 誰もいなくなったと思っていた教室で、カバンの隙間から誰かが俺を覗き込んだ。


「守里さん、どうかな?」


 日和である。


「そうだな。魔法少女の候補はまだ見つかっていない。やはり直接いろんな人と話してみないと難しそうだ」

「そっか。もし変身したいなら教えてね。私が守里さんのことを見つからないようにちゃんと運ぶから」

「ありがとう、心強いな」


 実際、日和の協力は心強い。日和の協力がなければ学校に来ることもできなかったのだから。


「日和、頼りにしてるぞ」

「! うん、任せて」


 日和の弾んだ声が聞こえて、つい顔が緩む。やはり日和には笑顔が似合う。


「そこ、何をしているの?」


 知らない声が聞こえた。日和が振り返る。


「……月詠さん」

「有栖でいい。同じクラスでしょ」

「じゃあ、有栖さん……」

「ありがとう。それで、何をしているの?」

「えっと……」


 日和の目が泳いでいるのが見える。魔法少女の妖精とは話してました、とは言えないし、かといってぬいぐるみと話していたとも言えないだろう。しかし話したところは見られてしまった。

 日和は何て答えればいいか迷っている様子だ。その間も月詠という女の子は不思議そうにこちらを見るばかりだ。しかたない、得策ではないが俺が出るしかないか。そう思って声を出そうとした時、日和が先に声を発した。


「ひ、独り言です……!」


 俺はつい目を見開いた。いくらなんでもそれは無理がある。もし俺の声が聞かれていたら誤魔化せないし、日和の受け答えは独り言とは思えない内容だった。

 相手はどう答えるだろう。俺はぽかんと見つめる月詠の様子を伺う。


 相手はどう答えるだろう。俺はぽかんと見つめる月詠の様子を伺う。


「……とてもそうには見えなかったけど」


 やっぱり乗り切れなかったか。納得と焦りが同時に沸き上がる。


「えっと……、えっと…………」


 日和は焦った様子で目を泳がせる。やはり俺が出るしかないのか。そう思った時、日和が月詠の手を取った。


「お、お願い……! このことは、秘密にしてくれる?」


 俺はまた目を見開いた。

 教室に女の子が二人きり。隠し事を誰にも言わないように手を取り、秘密にするように伝える。まさか百合本でも王道な展開を目の前で見ることができるとは……! 感動と高揚感で手が震えてしまう。

 月詠は少し驚いた顔をふっと緩めて笑みを浮かべた。


「……分かった。ここだけの秘密にしてあげる」


 月詠の言葉に日和が安心したように肩の力を抜く。月詠は笑みを浮かべたまま遠ざかる。月詠が教室を出たのを見届けると、日和は肩の力を抜いてその場に座り込んだ。


「緊張したぁ~……」

「なんとかなってよかったな、日和」


 なんで切り抜けられたのか分からないが、なんとかなって良かった。日和が俺を向く。


「さっきの人は月詠つくよみ 有栖ありすさん。いつも本を読んでてあまり話したことがないんだ」

「そうなのか」

「守里さん、もしかして気になってる?」

「どちらかというと、日和が月詠にどう思われたのかが気になるな」

「い、言わないでよ~」


 日和が恥ずかしそうに顔を隠した。




 ***




 月詠さん。有栖さん。

 草加部さんの声を思い出してつい口角があがる。有栖、と呼び捨てにしてはもらえなかったけど名前を呼んでもらえただけで十分だ。

 しゃがんでいる姿でこちらを上目遣いで見てくる草加部さん、可愛かったな。

 思い出して一人にまにましていると、突然がらっと生徒会から出てくる人がいた。


「まったく、勧誘が強引なんだから……」


 雨宮怜奈だ。雨宮が顔をあげたので自然と目が合う。


「月詠、なんでこっちを見てるのよ」

「さっき草加部さんと話した。有栖って名前も読んでもらった」

「……だから何よ」

 

 あたしは口元に手を当てて、恥ずかしそうに見えるように目を伏せる。


「草加部さんと、二人だけの秘密も作っちゃった」

「っ、だからなんなのよ。喧嘩うってる?」

「うん」


 雨宮が冷たい目でこちらを睨む。


「あんた、本当に何考えてるか分かんないわ」

「あたしは嘘つかないよ」

「そういうことを言ってるんじゃないのよ。あなたは嘘を吐くって言うより必要なことを言わないタイプっていうか……、だいたい、私に喧嘩をうってどうしたいのよ」

「草加部さんを好きな雨宮の悔しがってる顔が見たい」

「なっ……!」


 雨宮の顔が赤くなってる。誰も気づいてないと思っているのだろうか。雨宮が日下部さんを好きだなんて、気づいている人は気づいてる。


「な、……何言ってるのよ!」

「あたしも好きだよ」

「え……?」

「あたしも草加部さんのファンなの」

「……あー、そういうことね」


 雨宮がほっと肩の力を抜いた。


「草加部さん、もともとふわふわしてて可愛いなって思ってたけど、最近は雨宮以外とも話してくれるよね。前よりも雨宮にべったりだし、草加部さんって何かあったの?」

「……さあ?」

「さっき、誰もいない教室で草加部さんが誰かと話してたみたいだったけど」


 怜奈の目が見開かれる。

 偶然教室を覗いたときに草加部さんが一人でいたから、話しかけようと近づいた。そしたら声は小さいが草加部以外の声が聞こえたのだ。

 独り言です、と誤魔化した時の草加部さんは可愛かった。でも隠し事をされたってことは、話したくないことなんだろう。でも、ファンとしては知りたいと思ってしまう。


「……さあ、見間違いじゃないかしら」


 少しの沈黙の後、雨宮さんが口を開いた。答えが分かるとは思っていなかったが予想通り過ぎてつい肩を落としてしまう。


「そっか。まあ、雨宮に分かるわけないよね」

「聞かれたことを答えただけでなんでディスられなきゃいけないのよ」

「答えてくれてありがとう」

「今更遅いのだけど」


 雨宮の言葉を背中に受けてあたしは横を通り過ぎた。

 それにしても草加部さんはいったい誰と話していたのだろう。答えの出ない疑問を歩きながら考えた。


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