第25話 望み
アジトで多目的室になってる部屋で、ころねを見て李依奈お姉ちゃんが呆れたようにため息を吐いた。
「ころね、もっと罵倒しないと悪にならないよ?」
「でも……大上、嫌がってる」
「アタシを罵倒していいのは李依奈様だけだから」
手で髪をなびかせた大上を李依奈お姉ちゃんは睨む。
「ウチが罵倒するように言ってるんだけど。駄犬はウチの言ってることも分からないんですか?」
「いいね、その目……ゾクゾクする」
ボスのため息が聞こえた。
「貴様ら、弱きものに必要以上の負荷をかけるのは大概にするんだな」
李依奈お姉ちゃんはボスを指さしてころねを見る。
「ほら見て、ころね! 今、ウチが罰せられるべき悪になることで、ボスはあなたを庇ったことで正義のヒーローになった!」
「我を正義側などに置くな、デラヴィ。我は世界を滅ぼすため悪としているのだ。あと、悪の自覚があるなら今すぐやめることだな」
「何でもいいからアタシは刺激が欲しい。さあ、ころね。キミの心からの罵倒を早く!」
みんなが好き勝手なことを口にする。こういうのをカオスと呼ぶんだっけ。
ころねは、ひどいことなんか言いたくない。人が泣いているのを見ると、心の奥底がきゅっと痛む。
李依奈お姉ちゃんが悪を信じていることは分かる。でも、ころねはそのために人を傷つけるのが嫌だ。正義の人や悪なんかいなくても、今、ボスも李依奈お姉ちゃんも大上も楽しそうに笑ってる。それでいいじゃんって思う。だから、わざわざ悲しませるようなことはしたくない。
「はあ、ころね。できない子はいらないって言われちゃうんだよ? だから頑張らないとなんだからね」
李依奈お姉ちゃんの言葉に、心の奥がきゅっと痛む。
「ころね……いらない?」
「そうだよ。だって、悪を学んでこの組織、セーフクに役に立ってもらうためにボスに生み出してもらったんだから」
李依奈お姉ちゃんの言葉に、ころねは体が震える。李依奈お姉ちゃんは容赦がない。李依奈お姉ちゃんはやると言ったらやるし、ダメと言ったらダメだ。大上がそれを破ってよく罰を受けているのをよく見る。
大上は罰を受けて喜んでるからわざとかもしれないけど、ころねは罰が嫌だ。李依奈お姉ちゃんの罰は怖い。一日無視されたこともあるし、ご飯に辛いものを入れらたこともある。目隠しをして、怖いいたずらをされたこともあった。
李依奈お姉ちゃんがころねを抱きしめる。
「震えるじゃん、ころね。大丈夫だよ! ウチは見捨てないから。誰かがアンタにはできないって見捨ててもウチは絶対に見捨てないから、安心して?」
微笑む李依奈お姉ちゃんは穏やかだ。怖いところなんて何もないのに、ころねはその笑顔がとても怖い。ついでに後ろで羨ましそうにころねを睨んでくる大上も怖い。
「それにしてもデラヴィ、ころねって名前よりも“悲しき天使”とかのほうがカッコよくないか?」
「いくらボスでもそのセンスはなしでしょ。ころねはチョココロネからとったんだよ? 由来も響きもそっちのほうがかわいいじゃん!」
「なぜチョココロネなんだ?」
「ウチが好きだから! ねえ、大上先輩だってウチの考えた名前のほうがかわいいって思うでしょ?」
「もちろんです! 李依奈様の言うことは絶対ですから!」
「ほら、2対1でウチの勝ち!」
「出来レースだ!」
「勝ちは勝ちだもん。ねえ、大上先輩」
「はい、李依奈様!」
3人は楽しそうに話してる。悪も正義もなくたって楽しくいられるのに、どうしてこの人たちは悪でいようとするのだろう。ころねには、それが分からない。
「二人とも、そろそろ暗くなるから帰れ」
「えーボスのせっかち。もう少しぐらいいたっていいじゃん」
「アタシは李依奈様といられるならどこでもいいよ」
「アンタには聞いてない」
「好き好んで労働するバカがいるか。さっさと帰るように」
李依奈お姉ちゃんと大上は部屋から出ていく。それを見届けたボスは肩の力を抜くようにはあっと息を吐いた。
「ころね……その、悪かったな」
何を謝られたか分からなくてころねは首を傾げる。ボスは気まずそうに目を逸らす。
「我がお前を生み出さなければ、嫌な思いをすることはなかっただろうに」
「ころね、平気」
「それならいいが……」
「悪のこと、分からないころねが悪い」
「……」
ボスが悲しそうにじっとこちらを見る。ころねが悪いから怒られる。李依奈お姉ちゃんだって悪くなかったら怒らないし、罰もさせない。
だから全部ころねが悪いのだ。
ボスがふよふよと浮かぶところねの頭に手を置いた。
「いいか、ころね。生み出してしまった我が言うのも変だが、貴様は今生きている。生きるということは、ただ呼吸をすればいいってことじゃない。己で何をしたいか考え、すべきことを行動し、その瞬間の己の感情を感じることだ」
「……つまり?」
何が言いたいのか分からなくてころねは聞き返す。ボスは考えるように間を置いた後、答えてくれた。
「貴様がやりたいことをしろ、ころね」
「……うん、分かった」
ころねは頷く。ボスは安心したようにふっと笑った。ころねもつられて笑みが零れる。
ボスは机に戻り、足元のほうから黒色のステッキを持ってやってくる。ボスがステッキを頭の上に掲げると、ステッキが光を放ってぬいぐるみのようなボスの身体を包んだ。
ボスのシルエットが、ぬいぐるみのような小さい姿から人間へと変わっていく。光が消えると、大人の男性がそこに立っていた。
男性がころねに手を差し出す。
「帰ろう、ころね」
ころねは頷いていつものように男性の手を取った。
「ねえ、ボス。どうしていつもぬいぐるみの姿に変身するの?」
「ぬいぐるみではなく、妖精だ。それに人間に戻ったらボスではなく名前で呼べといつも言っているだろう」
「分かった。じゃあ、こうすけ」
「そうだ。それでいい。……それでころね、さっきの質問だが」
こうすけはころねから目を逸らした。
「我が……ぼくが人間だとバレたら、あいつらはきっと離れていくだろう。ぼくは世界が嫌いだから滅亡させたい。それにはあいつらの力が必要なんだ。人間じゃないから……この世の者ではないからこそ信じられることだってある。それに妖精の姿でいたほうが、いざというときに敵からも隠れやすい」
「……つまり?」
「妖精の姿のほうがいろいろと都合がいいということだ」
質問の時間は終わりだ。帰るぞ。こうすけはころねの手を取って、アジトを出た。
アジトを出ながらころねは考える。
ころねのやりたいことって、なんだろう?




