第22話 現場
ウチはころねをつれて街の中を歩く。ころねは初めての街の様子に興味があるようできょろきょろと周りを見渡す。
「人……いっぱい……」
「でしょ~? しっかり見てね。嘆いている人がいたらダークモンスターの素質があるから教えて」
「……李依奈、お姉ちゃん」
ころねがウチの名前を呼んでくれたので振り返る。純粋で向くな瞳が不安げにこちらを見た。可愛すぎていじめたくなっちゃう気持ちを抑えながら、笑みを浮かべる。
「どうしたの、ころね」
「お姉ちゃんは、どうして悪が良いことだって思ったの」
ころねはぽかんとした顔でこちらを見る。生まれたばかりで何も良く分かっていないのだろう。その綺麗なところが、羨ましくて、憎い。
ウチは歩きながらころねに話した。誰にも言っていない、心の奥底に秘めたことを。
「ウチね、あんまり頭良くないんだよね。成績の順位も下から数えたほうが早いくらい。でもね、ウチの妹はめっちゃ優秀なんだ。だからね、ウチの成績のことで両親が喧嘩してても、妹が来ると仲良し家族に戻るんだよね」
その光景があったのは、一度や二度じゃない。いつもウチの成績のことで両親が喧嘩した。ウチはどんだけ頑張っても成績はせいぜい中の下。半分より上にもいけない。だけど妹は優秀で、いつも学年一位を取り続けた。さらに妹は一位を取っているのに、努力をやめる様子もない。ウチが何をしてもできそこないの“悪”なら、妹はずっと“正義”であり続けた。
だからだろう。ウチが何度“喧嘩をやめて”って言っても両親は聞きやしない。なのに、妹が一言言ったらぴたりとやめて、仲良しな家族に戻るのだ。まるで、ウチのことで喧嘩していたことなんか最初から何もなかったみたいに。
「そこで気づいたんだ。正義になれないなら、正義の引き立て役になればいいんだって」
ウチのことで喧嘩している間は、他のことで喧嘩する余裕はない。そしてそこに正義である妹が仲裁することで、ウチの評価が下がる分、妹の評価があがる。正義になれないなら、せめて正義を輝かせる役目になればいいのだ。正義が輝いてこそ、悪に価値がある。
「どう? そう考えれば、悪にも存在意義があるんだよ!」
ころねのほうを振り返ると、俯いていた。生まれたばかりで理解できないのだろうか。仕方がない。姉妹で勉強の成績を比べられることも、派手な格好をしているだけで反感を買う経験なんてころねにはない。だから、理解できなくて仕方がない。
「分からないなら、これから学べばいいんだよ。そして、あそこにちょうどいいダークモンスターの候補がいます」
ウチはころねの肩を叩いて、向こうを指さす。
指を差した先には、たった今告白から振られたのか破れたラブレターを持って泣いている中学生くらいの女の子がいた。
「ダークモンスターは、負の感情を抱えた人間が一番ちょうどいいの。あの女の子なんかぴったりじゃない?」
「……うん」
ころねの声は暗い。もしかしてノリ気じゃないのかな?
「ころねは嫌なの? ダークモンスターにすること」
「……だって、苦しそうに暴れて、かわいそう」
「平気だよ。だってその分、魔法少女たちに浄化してもらえるんだよ? ダークモンスターになった人たちは、少しだけ気分が晴れるんだから」
まあ、戻ったところで同じストレスを抱えているなら、結局戻通りになるので本当に一時的な効果しかないけども。
ころねはまだうつむいたままだ。仕方ない。ウチはしゃがんでころねに目線を合わせる。
「いい、ころね。ここはウチがやるから、ちゃんと見ていてね?」
ころねの顔をあげさせて、ウチは女の子に近づいた。
「すみません、大丈夫ですか?」
「ひぐっ……うえ……あ、あなたは……? ひっく……」
「通りすがりの女子高生です! なんだか落ち込んで泣いているようだったから、気になって声を掛けちゃいました。何かあったんですか?」
「ふえ……あ、あたし……ラブレターを好きな人の靴箱に入れてたんです……そしたら、びりびりに破かれた状態で、あたしの靴箱に入っていて……うええ~ん!」
「え~、最低ですね!」
ウチは女の子の背中を撫でながら紫色に輝く宝石のようなソウルを取り出す。そして女の子の前に持ってきて、囁いた。
「嫌な気持ち、全部暴れて発散しちゃいましょうよ」
ソウルが光り輝く。女の子の目が紫色になり、初めてみた怪しげなそれをためらいなくつかむ。紫色の光が広がった。そして光が消えた後、その場に女の子の姿はなく、代わりにダークモンスターがいた。
カフェラテとかかれたカップの姿をしており、蓋のカップからはストローが覗いている。
≪クルシーナ!!≫
ダークモンスターはストローをつかむと、入り口をあちこちに向けてカフェラテをまき散らす。途端にあちこちからは悲鳴が上がった。
「あ……ああ……」
逃げようとしているころねの手を掴む。
「逃げちゃだめだよ、ころね。今度からはあなた一人でこれをしてもらうんだから」
「い、いや……」
「嫌じゃない。平和のために、悪を遂行しなくちゃ。そのためにあなたは生まれてきたの」
ウチは頬を掴んだころねに微笑みかける。
「ころね、目を逸らさないで?」
逃げ場を失ったころねの目から、涙が零れた。
***
街に着くと、ドリンクカップの姿をしたダークモンスターがいた。カフェラテの匂いが漂ってくる。
≪クルシーナ!≫
「あいつだな。チェルア、リリィ、頼む!」
「うん、任せて!」
「行ってくるわ!」
二人が勢いよく飛びだす。……頼もしいな。
人間に化けた琉亜が遅れてやってくる。琉亜の目が見開かれた。
「あれが、ダークモンスター……ミーの想像より、何倍も大きい……」
琉亜がダークモンスターに近づこうとするので、俺は慌てて腕をつかむ。
「琉亜、迂闊に近づくな!」
「でも魔法少女が頑張ってるのに、ミーが安全なところに離れてるのは卑怯でしょ!」
「近づいたところで何になる。足手まといになるだけだ。だいたい琉亜は見習いだろ?」
「でも、何もしないわけにはいかないでしょ!」
ふと頭上から液体がとんでくる。
「琉亜、危ない!」
俺は琉亜の腕を引っ張り、自分のほうへ引き寄せる。琉亜のいた場所には熱いカフェラテが地面にまき散らされ、湯気を放った。
「ひっ」
「琉亜、ケガはないか」
「み、ミー大丈夫です。センパイこそ、大丈夫ですか」
「俺は大丈夫だ」
俺は一安心する。
「これで分かっただろう。迂闊に動くと危ないんだ」
「……むー……」
琉亜はふてた様子で、でも反論はしなかった。その様子に俺はついそのほっぺを引っ張る。
「返事くらいするんだ」
「いひゃい! ひょ、へんはい!」
「いいか、あの二人だって危険と隣り合わせで頑張ってくれている。妖精は戦うのが仕事じゃない。戦いをサポートするのが仕事だ」
琉亜が驚いた顔でこちらを見る。俺はまだ戦っている魔法少女のほうを向いた。
「魔法少女のことをよく見てるんだぞ、後輩」
返事はない。けれど琉亜が魔法少女のほうを見上げたのを確信して、俺も二人に視線を戻すことにした。




