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魔法少女のマスコットは百合が見たい!  作者: ぬのきれタ
01.一人目の魔法少女
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第2話 こんにちは、日本

 物音が聞こえる。だんだんと意識が覚醒して俺は目を開けた。見知らぬ部屋だ。ベッドに寝かされているようで、毛布まで掛けられていた。部屋の外から足音が聞こえる。誰かがこちらに向かってくるようだ。

 部屋の扉が開き、青年が入ってくる。髪は茶髪に染められており、ひょろっとした体型で背はさほど高くない。家の中だというのにニット帽を被っているところを見ると、変わった人なのかもしれない。

 俺が目覚めたのを見て青年は安堵した表情を浮かべた。


「ようやく目覚めたか。僕は半田 丸助(はんだ まるすけ)。大学2年生だ。ええっと、君は守里 咲(まもり さく)って名前だっけ?」


 守里咲、というのは人間界での俺の呼び名だ。本名、ひいては妖精であることがバレないために魔法少女協会が用意してくれた名前である。


「そうだ」

「うおっ、かわいい見た目なのに男っぽい口調だな。男なのか?」

「俺たち妖精に性別の概念はない」

「なるほど。なら俺っ子と解釈してもいいのか」

「? よく分からんが好きにすればい」


 管理人から、日本に行ったら魔法少女が見つかるまで妖精を保護してくれる人がいると聞いていた。きっと目の前の青年、半田がその人なのだろう。


「咲、人間界(こっちの世界)で分からないことがあったら僕に聞いてくれ。しばらくは一緒に住むことになるだろうからよろしくな」

「ああ、よろしく半田」


 俺は大きくてつるつるした半田の手を掴んで握手する。


「ところで半田は妖精じゃないのか」


 妖精の存在は人間には秘密にされているはずなので、てっきり半田も妖精だと俺は思っていた。しかし妖精の性質を知らないところを見るに妖精ではなさそうだ。案の定、半田は頷く。


「ボクは正真正銘の人間よ。訳あって妖精の存在を知っているから、バイトとして妖精の保護を手伝ってるって感じ。そこらのバイトするより時給がいいんだよね」


 半田が親指と人差し指で丸を作る。半田は魔法少女ではないが、妖精の味方をする人間のようだ。住むところが確保されているなら心配はない。

 ここでじっとしていても魔法少女は見つからない。それに俺には、行きたい場所もある。


「それじゃあ俺は出かけてくる。俺が人間界で使える通貨はどこにある?」

「え? 預かっている財布はこれだけど、どこに行くの?」

「行き先は本屋だ。ありがとう」


 財布を受け取る俺を半田がまじまじと見る。


「咲、そのふわふわボディで外に出たら妖精ってバレちゃうんじゃない?」

「人間に化けるから問題ない」


 俺は唯一持ってこれた百合の漫画本、『百合の花園』を開いて登場人物の一人である酒井小百合が大きく映ったページをじっと見る。

 ショートカットに褐色の肌、控えめな胸、スレンダーな体型、何より特徴的な三白眼が俺の好きなポイントだ。細いわりにしっかりと筋肉がついた健康的な体つきなのがまた良い。

 酒井小百合を参考に人間へと化ける。高校の制服の刺繍までしっかり再現した。会社に支給されたスマホで自分を確認する。よし、問題なさそうだ。


「うおー、女の子だ!」


 半田が悲鳴に近い喜びの声をあげる。身の危険を感じて半田からさっと距離をとった。


「咲、なんで僕から離れるんだよ」

「身の危険を感じた。そして俺は出かける」

「咲は本屋の場所分かんないだろ」

「支給されたスマホを使うから大丈夫だ」


 俺は財布を持って半田の家を出た。そして初めて見る世界につい目を大きく開いた。

 道は柔らかい雲ではなく、固いアスファルトで道が作られており、地面からはお菓子ではなく緑の草が生えているところには色とりどりの花が咲く。

 風が頬を撫でる。蝶が目の前を飛んだ。つられて見上げると青い空があった。妖精界のポップな色の空とは違い、白い雲があちこちに散らばった広い空がそこにあった。

 まるで漫画の世界だった。人間界の漫画で描かれていたのはこの空だったのか。そしてこの世界のどこかであの漫画と同じことが起きているのだろうか。


「……人間界、いいところだな」


 大きく息を吸って、俺は軽い足取りで本屋に向かった。



 ***



 公園でブランコを小さく漕ぎながら私は空を見た。母は太陽のように暖かく人を包み込む人になってほしいという思いを込めて日和と名付けてくれた。けれど今の私は太陽よりもどんよりした雨雲のほうが近い気がする。小さいことすら、自分の意見を言うのが怖くて黙ってしまう。だから人に合わせようとして、でも心が追いつかないからどうしたらいいか分からなくなって、泣いてしまうのだ。

 みんなを困らせたくないからせめて泣かないでおこうと思っているのに。どうやったら自分を変えられるかが分からない。


「はあ、なんだか嫌だなあ」


 私はため息を吐いた。辛い時はいつも家の近くにあるこの公園に来てしまう。小さい頃に幼馴染の怜奈とよく一緒に遊んだ公園だ。あの頃が楽しくて、思い出に縋るようにここに来てしまう。怜奈はクラスの学級委員として頑張っている。対して私は何をしているんだろう。ここにいるだけじゃ何も変わらないなんて分かっているのに、それでもここに来てしまうのは、私が弱いからだ。ああ、また泣いちゃいそう。


「……頑張らなきゃ」


 何をどう頑張ったらいいか分からない。でも、せめて一緒にいてくれる怜奈の足を引っ張るようなことはしたくない。だから頑張らなくちゃいけないのだ。

 私が決意して立ち上がったその時だ。


「お姉さん、危ない!」


 公園で遊んでいた小学生ぐらいの男の子たちが私に向かって叫んだ。サッカーボールが私に勢いよく近づいてくる。

 やばい、ぶつかる……! 私はやってくる衝撃に備えて目を瞑った。


「……?」


 いつまでたっても何も起きない。おそるおそる目を開ける。


「っ!?」


 背の高い女の子が片手でボールを受け止めていた。


「大丈夫ですか!」


 男の子たちが慌てた様子で駆け寄ってくる。背の高い女の子は男の子たちを見下ろした。


「俺は大丈夫だ。だが、次は気をつけろよ」

「はい! ごめんなさい!」


 男の子たちが頭を下げた。それを見て背の高い女の子はうんうんと満足そうに頷く。


「分かればいい」


 背の高い女の子は笑みを口元に浮かべ、サッカーボールを男の子たちに差し出した。男の子たちはサッカーボールを持ってまた遊び始める。その様子を眺める背の高い女の子の横顔から、目が離せない。


「あの、ありがとうございました。……私、草加部日和っていいます。お名前を聞いてもいいですか」

「ああ。俺は守里咲だ」


 背の高い女の子の微笑みに、私は心を奪われた。

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