第19話 ステッキ
あの後、半田に魔法の解除の仕方を教えてその場はなんとかなった。しかし俺はとんでもないことをしてしまったような罪悪感を覚えたのである。
今の魔法少女協会において、男が魔法を使って変身することは禁止されている。だが運悪く半田を魔法少女に変身させてしまった。
報告しなければバレないとは思うが、仕事として魔法少女の妖精をやっている身としては、何かあったら報告しなければいけない。黙っていられずに管理官に電話したところ、管理官に魔法少女協会に呼び出されたのである。
俺は電話を切ってほっとする。協会本部内にある管理官の部屋で話している時にまさか魔法少女から電話が来るなんて思わなかった。
管理官の優しい声がした。
「練習をしたいだなんて、君は熱心な魔法少女を見つけてくれたんだな」
管理官に微笑えまれ、俺は恐れ多くて頭を下げる。
「恐縮です」
「そんな君から、事故とはいえ男を変身させたと電話がきたときは驚いたよ。真面目な君なら規則を守ってくれると思っていたからね」
「……申し訳ございません」
管理官はいったいどんな顔をしているのだろうか。怖くてとても顔をあげられない。もしかして、失望されてしまっただろうか。
はあ、とため息をつく音が聞こえた。
「いつだったか、男の子用のステッキを作らないのかと聞いて来た時があったな。あの時からずっと疑問に思っていたのだろう。S4ku、君が理由が分からないから規則を飲み込めないというなら、特別に理由を話そう。ただし口外するんじゃないぞ」
「……分かりました」
俺が了承すると、管理官は再び口を開いた。
「理由はステッキにある。あのステッキは、元の身体を強化するものだ。か弱い少女に頼んでいるのは万が一暴れた時に取り押さえることができるように。もし男、特に大人が暴れたら誰も止められないだろう」
なるほど。理由は思ったよりも単純なものだったらしい。もともと力の強い大人の男がさらに強くなったら誰も止められないけど、か弱い少女なら誰かしら止められる。案外合理的な判断だ。
「なるほど。理解しました」
「S4ku、もう質問はないか」
「……もう少しだけよろしいでしょうか」
半田が女の子用のステッキを使って変身できた理由が気になっていた。女の子用なのになぜ半田は使うことができたのだろう。
「ステッキの男の子用、女の子用の違いはなんですか」
「衣装だ。もし逆の性別で使えば、その人がその性別だった時の姿になる」
「……それだけですか」
「それだけだ。他に何か気になることがあったか?」
「いえ、大丈夫です」
もっと壮大な理由があるのかと思っていたので拍子抜けした。なるほど、だから半田でも女の子用のステッキを使うことができたのか。
だとしたら、男が女の子用のステッキを使ったら女の子になるということか? ……。
「……言っておくが、見た目や性別が変わるだけで、元の身体能力は弱体化しない。その意味は分かるな?」
「はい」
「百合漫画を大量購入する君だから心配だな……」
管理官に余計な心配を掛けさせてしまった。申し訳なさと趣味を知られている羞恥で正直今ここから消えてしまいたい。
「S4ku、知りたいことは以上か」
「最後に一つだけお聞きしたいです」
「まだあるのか。……仕方ない。聞こう」
「ありがとうございます」
管理官は質問攻めにうんざりしている様子だ。俺もこのことを聞くか迷ったが、ここで聞かなければあと聞くタイミングなどないだろう。だから俺は聞くことにした。
「約5年前ほど前までは男が変身することも認められていたようですが、禁止になったのはなぜですか」
管理官は驚いた顔をした。そして、真剣な表情をする。その顔はどこか悲しそうだ。
「そこまで知っているなら、真実を知るのは時間の問題だろう。今から話すことも郊外禁止だ。いいな?」
「はい」
管理官は深呼吸をしてから口を開いた。
「以前、魔法少年に任命した男が妖精の国で暴れて大事な装置である『ドリーム・アウト』を盗んだからだ」
「ぬすっ……!」
『ドリーム・アウト』は欲しいものを想像すると創り出してくれる装置だ。妖精の国にとって大事な装置で、国外はおろか、魔法少女協会からの持ち出しすら禁止されている代物だ。そんなものが盗まれていたなんて他の妖精たちが知ったら、大変なことになるのは容易に想像がつく。
「『ドリーム・アウト』の予備装置はいくらでもあるから妖精の国に問題はない。ただ、その装置が敵のセーフクの手に渡ったら大変なことになるのは間違いないだろう。もしかしたら、既に敵の手に渡っているかもしれない。最近になってダークモンスターが暴れ始めたのはそのせいだと我々は睨んでいる」
「なるほど……」
最近になってダークモンスターが出てきたのは、敵であるセーフクの体制が整ったということか。であれば、こちらも急いで体制を整えなければいけない。
俺は改めて管理官を見る。俺が今考えたようなことを、この方はこれらの情報を踏まえて何手も先を考えて一人で考えて行動した。管理官はいったいどこまで考えているのだろう。
俺はごくりと唾を飲む。
「S4ku、もう質問はないな?」
管理官が念を押すように確認する。俺は頷く。頷くしかなかった。
管理官の表情が変わる。
「さて、ここからは“男を魔法少女に変身させた”件の罰を君に与える時間だ」
「……」
「君がスカウトした魔法少女が二人に増えて大変な頃合いだろう。通常だと追加の妖精を送ることになっているが、君には罰として見習いの妖精を送る」
「……? そんなことをしていいのですか」
妖精は通常、魔法少女のサポートはなんたるかを教わってから魔法少女の妖精として現場に出ることができる。
罰として俺が見習いの妖精の面倒を見るのは甘んじて受け入れる。だが、見習いの妖精を現場に送ったら危険なのではないか。
「実は、妖精の見習いで手を焼いているやつがいる。授業もサボり、ろくに寮に帰らない……。いわゆる問題児というやつだ。こちらで面倒を見切れないので、いっそ現場で経験をつんでもらおうという特例処置を試しに行うことにしたのだ。そこでS4ku、君の監視の下で経験を積ませようという話になった」
「妖精は平和を望む者がなるのではないのですか」
「そのはずなのだがなあ……。例外もあると言うことなのだろう」
管理官は困った顔でため息をついた。
「名前はU3ra。人間名は夢見琉亜だ。後で日本に送るからよろしく頼む、S4ku」
「分かりました」
半田の家に新しい妖精がやってくるということか。問題児の妖精とはいったいどんな奴なのだろう。
「それと、今後の処置についてだが」
また新たな罰が下るのかと管理官を見る。
「先程も言ったように、魔法少女が暴れた時に対処する人間が必要だ。だから今後はこちらからは何も言わない。問題が起きたらS4ku、君に責任をとってもらう。それを踏まえてうまく使いなさい」
予想外な発言に思わず管理官の顔をじっと見る。管理官は相変わらず厳格な表情で俺を見る。けれど、瞳の奥にはこちらを縋るような視線を感じた。




