第15話 約束
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日和が変身を解除したのに合わせて私も変身を解く。
ダークモンスターに破壊されていた駅はいつの間にか元の姿を取り戻しており、悲鳴をあげて逃げていた人たちはまるで何もなかったかのように歩いていた。ダークモンスターがいたあの時間が、歴史のフィルムから切り取られたように、世界にとって最初からなかったかのようだ。もしかしたら本当にそうなのかも。私は理屈が分からないから、いくら考えたところで想像の域を出ない。だから難しいことを考えるのはそこで止めた。
いつの間にか人間の姿に化けていた守里が、紫色の宝石に囚われていた中年男性を背負っていた。
守里が私たちを見てほっとした顔をする。
「二人とも無事でよかった。今日は疲れただろう。この男性は俺が安全なところに連れて行くし、俺は今日別のところに帰る。だから二人は何も気にせず帰ってゆっくり休んでくれ」
「分かった。それじゃあ守里、気を付けてね」
「ああ。二人も気を付けて帰るようにな」
「うん、ありがとう。じゃあ守里さん、また明日ね」
守里は頷くと、重たそうに中年男性を背負い直して向こうへ歩いて行った。何度も背負い直す守里の様子を日和と二人で見守る。
守里を見送り、二人で帰り道を歩いた。いつものように並んで歩く。私たちの間を沈黙が流れる。でも、悪い気はしない。むしろこの空気感が心地の良い。お互いを知っていて勝手が分かるから自分らしくいられる。気心知れた仲っていうのはこういうことなんだろう。
だからいつものように、何の気なしに日和へ話しかける。
「日和、一つ聞いてもいい?」
「なあに?」
「私がダークモンスターになった時も、あんな感じだったのかしら」
怖くて日和のほうを向けない。私にはダークモンスターになった時の記憶がないのだ。今日のダークモンスターの様子を見る限り、きっと日和は一人で大変だったはず。
日和は優しいからきっと私を責めない。だけど心の中までどう思っているかは私には分からない。だから日和が何か言う前に私は口を開いた。
「ごめんね、日和。大変な思いをさせたでしょ」
「……ううん、そんなことないよ」
日が傾いてきて道に二人の影が寄り添うように伸びた。手を伸ばせば私だって日和に触れられる。だけど私にそんな勇気はない。ああ、影だったらこんなに簡単に近づけるのに、どうして現実はそうじゃないのだろう。
日和のほうから近づいてくれたらいいのにな。私の想いなんて通じるはずないのに、つい日和の横顔に向かって心の中で語り掛ける。
ねえ日和、こっちを見てよ。
「怜奈」
私が語り掛けた瞬間、日和が私を見たので心臓が口から飛び出そうになる。
「な、なによ」
「ごめんね。でも私は嬉しかった」
日和が何のことについて話しているのか分からなくて思わず日和を見る。日和は恥ずかしそうに笑みを浮かべてこちらを見ていたので謎は深まるばかりだ。
ただの会話なら、可愛らしい表情をただ堪能することができるのに。今はなぜか胸がざわざわする。だから改めて問いかけた。
「何を謝っているの」
「あの時聞いちゃったんだ。怜奈が、私のこと大好きって言うの」
頭が真っ白になった。日和が言った“あの時”がいつなのか分からない。さっきの戦いでの話だろうか。もしかしてダークモンスターになった時か。その時に私が恋心を日和本人にぶつけていたとしたら――。息が苦しくなる。めまいさえした。
日和は何を言うつもりなのだろう。続きを聞くのが怖い。耳を塞いでしまいたいくらいだ。
「……そう」
日和はどう思ったの。そんな短い言葉すら喉に引っかかって出てこなかった。声が震えないようにするだけで精いっぱいだ。
日和がなんで笑みを浮かべているのか、考えが全く読めない。自分がどんな顔をしているのかも分からなくて思わず日和から顔を背ける。
白黒つけてしまいたいような、曖昧で心地いい今の関係のままでまだいたいような。自分でも笑っちゃうくらい矛盾した気持ちが心臓の底から引っ張り出されて今にも口から溢れてしまいそうだ。
言葉を続けられずに黙っていると、ふいに日和が息を吸う音が聞こえた。
「あのね、私も怜奈のこと大好きだよ」
風が吹いた。まだ駅が近いからか、電車の走る音が聞こえる。あんなに心の中がうるさかったのに、たくさんの波紋が揺らしていた水面がぴたっと動きを止めて凪いだみたいに、しんと静かになった。
ずっと待ち望んでいた言葉だった。その言葉さえ聞けたら、心を躍らせるかもしれないと期待した日だってあった。だけど現実はうまくいかないものだ。期待はやはり無駄に終わり、予想を裏切らない答えが返ってきただけだった。そして、理解を拒んでいた脳がようやく現実を受け入れた。日和の大好きと、私の大好きは違う、と。
「そう。ありがとう、日和」
待ち望んでいた言葉が、違う意味を含んでやってくるなんて思いもしなかった。けれど、もういい。聞きたい言葉を聞けただけで十分だ。
私も大好きだよ。そう言おうと口を開いたその時、日和が私の手を掴んだ。
「なっ……!」
予想外の日和の行動につい驚いてしまう。日和は戸惑う私の目をしっかり見て、私が何か言うよりも早く口を開いた。
「私ね、怜奈が困ってたら助けたいし、怜奈が嬉しい時は一緒に喜びたい。だから怜奈、もっと私を頼って! 怜奈が話したいと思ってること、たくさん聞きたい!」
思わず嬉しさで頬が緩んでしまいそうなのを必死に誤魔化す。だって誰が聞いても、他の誰よりも私のことを日和が考えてくれているってことじゃないか。日和がまさかそんなことを思っているなんて知らなかった。そしてそれを私に話してくれるなんて、予想すらしなかった。こんなに嬉しいことはない。
それでも、私はきっと欲張りなんだ。これ以上ないくらい嬉しい言葉をもらっているのに、日和からもっと私への言葉を引き出そうとしている。
「……どうして?」
私の考えていることなんて露も知らない日和は、花が咲いたような満面の笑みを向けてくれた。
「だって怜奈は、私の大事な幼馴染だから」
――ああ、かなわないな。
何度忘れようとしても、きっと何度だって日和に恋をする。日和が日和でいる限り、私はきっと日和に恋をしてしまうんだ。それが苦しくて、だけど幸せだ。
どうせ友達止まりで叶わないと思っていた恋だ。日和にここまで思われている人なら、友達でも十分だ。
「私も日和のこと、大事な幼馴染だと思っているわ」
願わくば、いつまでもあなたの隣にいられますように。日和のくれた特別感に浸りながら心の中で強く願った。




