第13話 私の気持ち
あの後どうなったんだろう。教室で怜奈が来るのをそわそわして待つ。怜奈は守里さんのことを嫌っていたはずだ。だから守里さんが怜奈の家に泊まるって言った時に、怜奈が嫌だって言わなかったことに私は驚いてしまった。守里さんのことが嫌いだから私が会うのが嫌だったんだと思っていたけど、違うのかな。とにかく喧嘩していないといいけど。
怜奈が教室に入ってくるのを見つけた。怜奈の様子を伺う。表情はいつもどおりで悪くはなさそうだ。
怜奈が私の近くに来たところで私は話しかけた。
「おはよう、怜奈。昨日はどうだった?」
「おはよう、日和。んー、そうね、別に普通よ」
「そうなの? 守里さんと仲良くできた?」
「ええ。守里って、私が思っていたよりも悪い奴じゃなかったわ。案外話せば分かるのね」
怜奈が嬉しそうに微笑んだ。それを見て、私はなぜか複雑な気持ちになる。
私相手だと怜奈は守らなきゃって思っているからか、あまり自分の気持ちを話してくれない。だから怜奈に頼られている守里さんはすごいし、羨ましい。
守里さんから見たら、私よりも怜奈のほうがしっかりしているから、怜奈が魔法少女になって今よりもっと仲良くなったら私なんかいらないかもしれない。それが寂しい。
どっちにもそばにいてほしくて、どっちにも羨ましいと思う気持ちがあって、……私はいったいどっちに嫉妬しているんだろう。二人とも嫉妬しているのかな。初めての感覚で、いまいち自分の気持ちが分からない。私は、どうしたいんだろう?
なんだかもやもやする。授業の時間が来ても私はずっと自分の気持ちが何なのか考え続けた。
下校の時間になり、怜奈と一緒に校門を出る。
「昨日は守里さんと何を話していたの?」
「別に、大した話はしてないわよ」
「でも怜奈はあんなに守里さんのこと嫌っていたみたいだったから、どうやって仲良くなったのか気になるよ」
「仲良くなったかは分からないけど、まあ誤解は解けたってところかしら」
「そこは仲良くなったでもいいじゃないか」
突然、怜奈のカバンのチャックが勝手に開く。そして怜奈のカバンからぬいぐるみみたいにもこもこした姿の小さくなった守里さんがひょっこりと顔を出した。
「えっ、守里さん!? なんでそんなところにいるの!?」
「妖精たるもの魔法少女のそばに控えなきゃいけないからな」
「勝手に出てくるんじゃないわよ」
「俺の話をしていたみたいだから気になったんだ」
「あんたのことを誰かに見られたらどうするのよ!」
ぎゃあぎゃあと喧嘩する怜奈を見ていると、確かに仲良くなったわけじゃないのかな。
突然、守里さんの表情が変わる。真剣な表情になった守里さんが私たちを見た。
「二人とも、魔法少女の仕事だ。近くにダークモンスターが出た気配がする」
「なんですって!」
「このまま真っすぐ進んで右側に向かってくれ」
「分かったわ。行くわよ、日和」
怜奈が私の手を掴んで走り出す。昨日の今日でなんだか生きぴったりな二人にもやもやした気持ちが渦巻いたけど、気づかないふりをして私も一緒に走った。
行き先は駅前のようで、運悪く通りかかっていた人たちは悲鳴をあげて逃げている。守里さんは怜奈のカバンから飛び出す。そして守里さんがもこもこした手で一度叩くとピンク色のステッキが私の手元に、もう一度叩くと怜奈の手元に水色のステッキが現れる。
「二人とも、そのステッキに思いを叫ぶんだ」
「分かった! 私はみんなを助けたい!」
私が叫ぶと、ステッキが光り輝いた。虹色の光が私を包み込み、勇気と力が溢れる私に変身させてくれる。
伸びて二つに結われた髪を揺らし、ピンクのワンピースを翻す。腰のところにあるハートの模様が私は気に入ってる。虹色の光が晴れて元の世界に戻ってくる。そして私は笑みを浮かべた。
「勇気を心に咲かせましょう! 魔法少女、マジカル☆チェルア!」
怜奈がすっとスマホを取り出して写真をとる。
「な、なんで写真を撮ったの!?」
「だって、日和がかわいいんだもの」
「か、かわ……怜奈も早く変身してよ!」
「分かったわよ」
怜奈は緊張した表情でステッキを見つめる。そして大きな声で叫んだ。
「私も魔法少女になりたい!」
しんと静かになる。何も起こらない。ステッキは光らないし、怜奈が変身する様子もない。私は首を傾げた。
「あれ、何にもならないね」
「変ね……。ねえ守里、私に不良品をよこしてるんじゃないでしょうね」
「違う。昨日も言った通り、魔法少女は夢を持つ力がそのまま強さになる。つまり、怜奈が今言ったことは怜奈の夢じゃないということだ」
「そういうことなんだ。じゃあ私は今ここにいる人を助けたくて言ったから反応したってことかな」
今逃げている人たちを私は助けたい。今の私ならそれができる。だから心の底から思ったことを私は叫んだ。
怜奈は魔法少女になりたいって言っていた。怜奈が魔法少女に憧れているなんて言っていたことはなかったから、たぶん怜奈の夢じゃない。だからステッキは反応しないっていうことなんだ。
「じゃあ、怜奈が本当に叶えたいことを言ったらステッキも反応するんじゃない?」
「そういうことだ。だから怜奈、本心を叫べ」
「そう言われても、何て言ったらいいか……」
怜奈がちらっと私を見る。その表情はいつもの自信たっぷりな感じじゃなくて、眉尻が下がっていて、いつものつり目も迫力がなくて、珍しく弱々しい。……怜奈、もしかして困っているの?
「きゃあ!」
女の人の叫び声だ。変身した私はここに留まっているわけにはいかない。
「私、先に行くね!」
「日和! 一人で危ないとこになんか行かせられないわ!」
「大丈夫だよ。これでも一回は一人で頑張ったんだよ! 怜奈が変身しなくても大丈夫なくらい、今日も頑張るから!」
私はその場を離れて女の人のところへ向かう。私は力いっぱいジャンプして、女の人の頭上に落ちてきたがれきにパンチした。ちょっと痛いけど、いつもよりも全然平気だ。やっぱり魔法少女ってすごい。
私の下でぽかんとこっちを見ている女の人に、心配させないように笑顔を浮かべて見せる。
「大丈夫ですか? 危ないので下がっててください! 私がなんとかしますから!」
「分かりました! 助けてくれてありがとうございます!」
女の人が頭を下げながら走り去っていく。
そうだよ、私だってやればできるんだ。怜奈が困っているなら、私がいつもより頑張らなくちゃ!
だって私は怜奈よりも早く魔法少女になったし、怜奈に頼られる人になりたいし、なによりも――大事な幼馴染だから。
≪クルシーナ!≫
ダークモンスターが唸る。不思議と前よりも怖くない。あの時は怜奈を失うかもって怖かった。でも今はどうしたらいいか私には分かる。
私だってやればできるんだ。自分にそう言い聞かせて、私はダークモンスターのところに向かった。




