解き放たれる影たち
まーちゃんへ
今、市壁の上へとカシェが向かっているので、私は急いでその場へと向かう。
魔法感知で、カシェがどこでどんな魔法を使っているのか、なんとなく伝わってくる。
市壁の上で、驚きで口を開けているカシェがいた。
ほらね、いたでしょ。
私はカシェに向かって、
「カシェ様! 戦闘は避けられません! 夫人と交渉役の貴族様を飛行魔法で今すぐこちらに」
「そ、そうですね!」
カシェは急いで空を飛び、リュシルと貴族を抱えながら、市壁の上へと戻ってきた。
「カオリヤさんはどこだろう……」
私が呟くと、背後からすかさず、
「ここだよ」
私は驚いて振り返った。
カオリヤは愉快げに笑って、
「あんたも鳩が豆鉄砲を食らったような顔をするんだな」
「もちろんです。カオリヤさん。あなたの呪いを軽減させることができるようになりました」
「どういうことだ?」
私はリュシルが率いてきた軍を指差し、
「あの軍はカシェ侯爵の家臣団とヴァレンヌ神殿騎士団なんです。神殿騎士の方があなたの呪いの解呪まではできませんが軽減させてくださるそうです」
「本当か!?」
「はい」
「あたしの仲間にも施してもらえるか?」
「騎士様のお許しさえいただければ、きっと」
横で話を聞いていたリュシルが、
「私が命令してあげる!」
「リュシル様。たとえ、侯爵夫人とはいえ、神殿騎士様に命令をするのは恐れ多いことでございます」
「あ、そうなの?」彼女はそう言って肩を竦めた。
交渉役として来た貴族は緊張した面持ちながら、私の無事を確かめて安堵のため息を漏らしている。
安堵している場合じゃないよ。
これから、開戦しちゃうんだから。
市壁の上からカリシュタの軍勢を確認したノイッシュが、
「アニエラ様。カリシュタの兵は七百ほどと推定されます。ヴァレンヌ軍は二百五十ほどです」
「わかりました」
私はカリシュタの兵を睥睨しながら、意識を集中した。
ノイッシュさんの合図で、町の魔法使いたちが市壁の上へと来る。
カリシュタ軍とカシェ軍と神殿騎士団が目と鼻の先まで来て、足を止めた。
両軍の魔法使いが魔法を発動しようとしている。
両軍が魔法による牽制から入ろうとしたが、私がカリシュタ軍の魔法の発動を全てかき消した。
一度に百もの魔法をかき消すのはこんなにも疲れるんだ。
体に鉛のリュックサックを背負わされたようにズシンと重くなる。耳鳴りがして、視界の端が白く滲む。
ノイッシュさんが町の魔法使いに向かって、叫んだ。
「今だ!」
魔法使いたちはカリシュタ軍にありったけの攻撃魔法を放つ。
もちろん、軍隊のように鍛えられた攻撃魔法じゃなくて、即席の訓練で習得したものばかり。だから、初歩中の初歩の魔法も混ざっている。
でも、ないよりはマシだし、私がカリシュタ軍の魔法を全てかき消すと決めた。かき消すことさえできれば、この場を凌ぐことができるはずだ。
魔法を封じられたカリシュタ軍はすぐにカシェ軍に突撃を開始した。指揮が低下し、疲労に苛まれているとはいえ、圧倒的な数に囲まれたら全滅は当然の流れだ。
カシェ軍側は数の劣勢を見て、魔法で牽制しながらの撤退を試みている。ここからでも絶望的な表情をしているカシェが見える。
彼らは少しずつ逃げていくが、カリシュタ軍も怒涛の勢いで近づいていく。
だが、その津波のような勢いが急に途切れた。
カリシュタ軍の所々から、業火や氷角が立ち上がる。雷が光り、兵たちが風で飛ばされる。
「間に合いましたね」
ノイッシュが言った。
「そうですね」
私は安堵の溜め息をついて答えた。
リュシルが不思議そうに訪ねた。
「どういうこと?」
「神殿騎士様の解呪が間に合ったんです。元ルーンブルクの諜報部隊通称影たちが攻撃をしているんです」
今度はカリシュタ軍が撤退をしていく。
彼らは丘の向こうへと消えていったが、完全撤退ではない。
ノイッシュの号令で、ダルジャンの入口が開かれ、カシェ軍と神殿騎士団が招かれる。
カシェが私に心配そうに、
「大丈夫なんですか? 侯爵の私兵は?」
「遅延工作中に、市の皆さんと協力して、大部分を無力化しました」
「それはすごいですね。師匠。すっかり指導者じゃないですか」
「私が指導したわけではありません」
私は笑いながら首を横に振った。
その後、カリシュタ軍を偵察にいったダルジャン騎士団の一員によると、ダルジャンから2日ほどの場所に陣を構えたとのことだ。
伝達魔法で本国とのやり取りが行われている。内容はわからないけれど、カリシュタ軍は新たに兵を追加して、再びダルジャンへ来る予感がした。
カシェが、
「だとしたら、王の軍が到着するのと同着するはずです。ぶつかりますね」
「そうですね。……ここからが本当の戦いです」
一方、独立を宣言した侯爵は王が派遣した貴族との交渉を拒否して、城で沈黙を守っている。




