遅延工作(カシェ視点)
とうとう侯爵は独立を宣言してしまった。
そういうことなら、最初から師匠を誘拐しないでほしいものだ。
今、師匠の元に、商人たちがやって来て、陳情のように訴えている。
「カリシュタの国内も圧政が敷かれているのです。もし、侯爵が傀儡になってしまったら、我々の暮らしはさらに酷くなってしまうはずです」
「なんとか阻止しなければいけません」師匠は淡々と言う。
「はい、おっしゃるとおりです。王の軍は……」商人は不安そうだ。
「必ず来ます。ダルジャンの鉱山は国にとっても重要ですから」
僕は話に割り込んだ。
「カリシュタ軍はまだ来ていないので、遅延工作を行いましょう。王の軍以外にも周辺の貴族領から兵が出ているかもしれません」
「我々も協力を惜しみません」商人は固い表情で言った。
師匠は静かに、
「カシェ様。頼みました」
そういうわけで、僕とカオリヤはダルジャンを離れた。
侯爵の圧政は想像以上に酷いらしいのとカリシュタの圧政が伝わっているらしく、道中の農民たちはとても協力的だ。
率先して、橋を壊したり、街道に土砂を撒き散らしたりと進軍の妨害に協力した。
僕とカオリヤは夜明けの直前にカリシュタの陣地近くに来た。
音が空に吸い込まれてしまったのではないかというくらいに辺りは静かだ。
カリシュタの軍は千人ほど。
軍隊としては多くもなければ、少なくもないという人数だ。でも、数十人しかいないダルジャン騎士団にしてみれば、相手にするにはあまりにも多すぎる。
僕の言葉に、カオリヤはそっけなく応じる。
「行くぞ」
「しくじるなよ」
それから、二手に分かれ、カリシュタ軍へと奇襲をかけた。
僕が放つ雷がスパークし、辺りを照らし、兵士たちを貫く。
別の場所からは業火が如く真っ赤な炎が燃え上がる。
そして、すぐさま退散だ。
連日連夜、奇襲に苛まれたカリシュタ軍は不安と恐怖に陥り、進軍速度が遅れ、士気も下がっている。
市民たち総出の進路妨害も功を奏し、進軍速度はさらに落ちている。
だが、落ちたとしても奴らは進む。
そして、とうとうダルジャンの近くにやって来てしまった。
もう諦めるしかないのか……。
カオリヤは舌打ちをして、悔しそうに地面を蹴り上げて叫んだ。
「クソ」
「師匠の元に戻ろう」
僕が言うと彼女も頷いた。
市壁の上から、誰かが声を上げた。
「軍だ! 軍が来たぞ!」
カリシュタだろ?
いや、彼らの顔はカリシュタ軍の方向は逆向きだ。
僕は飛行魔法で空を飛び、市壁の上へと行くと、その存在を確認した。
!
僕の家の紋章の旗がはためいている。
嘘だろ?
僕は遠隔伝達系の魔法はてんで使えなかったんだぞ?
ということは、未知なる能力に目覚めて、テレパシーが通じたのか?
あ、違った。
リュシルだ。
先頭を馬に乗ったリュシルが進んでいた。
お前、戦えないだろ!
馬鹿かよ!
遠足じゃないんだぞ!
まずい!
カリシュタ軍も近づいてきている。
このままだと、カリシュタ軍との戦闘だぞ。
まだきちんと結婚式も初夜も迎えてないのに、僕の嫁があぁぁ!




