大男の本当の最期(カシェ視点)
市場の中を、黒焦げの大男が斧を振り回して暴れていた。
市民たちは声を上げて、逃げ惑う。
先日、カオリヤが炎で燃やし尽くしていたが、呪いの類で死体に宿った残留思念を擬似魂にして動かしているのか。
とっても高度な魔術で必要なアイテムも入手が困難だから、普通の術者だとまず無理だ。
カオリヤが舌打ちをする。
「エルスピオめ……」
逃げる途中の老婆が転んで、大男が斧を振り下ろそうとした。
僕は二人の間に入り、グローブで大男の斧を受け止める。ズシンッとした重い衝撃が全身に走り、思わず体が地面に沈めそうになる。
僕は斧でグローブを受け止めたまま、雷を放つ。
やはり死体なだけあって、雷如きで全然動きが止まらない。
解呪しないといけないけれど、諜報部出身の僕はそんなのは未履修だぞ!
カオリヤは魔法で生み出した青い鞭で、大男を絡め取った。僕から引き離し、炎で包みこんだ。
「燃えちまえば、全てが灰だ!」
だが、火達磨になった大男は雄叫びを上げながら、斧を振り回し、逆に危険度が増してしまった。
カオリヤも命令に逆らうと発動する呪いが発動した。全身に呪いの文様が浮き上がり、赤く光る。
全身が激しい痛みに襲われているらしく、苦悶の表情で脂汗を流している。
大男が燃え尽きる前に、痛みで魔法が途絶えるのが先だろう。
周囲にいる侯爵の傭兵が叫んだ。
「ヴァレンヌ王の奴隷を連れてきたら、その大男を城へと連れ帰ってやるぞ! そして、相応の報奨もだそう」
連れてこれるわけないだろ!
恐怖に恐れおののいた市民が、師匠を探して連れてきてしまうかもしれない。
とうとう、カオリヤは痛みから、魔法の発動ができなくなり、地面に膝をついた。
大男の肉体の表面はだいぶ焼け落ちているというのに、まだ動いている。まさに化物だ。
まいった。こいつ、燃えても止まらないのかよ。僕たち二人でどうにかなる相手じゃない。
でも、市民を放って逃げるわけには行かないしな……。
「こっちですよ!」
突然の師匠の声に僕は思わずそちらに顔を向けた。
声の方向を見ると、師匠が立っている。
大男も傭兵も一目散に師匠の方向めがけて走っていく。
傭兵たちは僕の雷の魔法で動きを封じようとした。しかし、雷魔法に耐性を持つ護符をつけている傭兵が混じっていて、一部を打ち損じた。
まずい! 師匠が……。
その時、路地から一斉に騎士団が飛び出し、傭兵たちと乱戦を始めた。
騎士団は大男を無視して、傭兵たちとだけ戦っている。
師匠は背を向けて、走り出した。
鈍足のはずなのに思った以上に素早い。魔道具を身に着けているのか。
カオリヤが叫んだ。
「グズグズするな! 王女を追うぞ!」
「もちろんだ!」
僕も負けずと怒鳴り返す。
辿り着いたのは町外れ。あったのは井戸だった。
師匠は井戸の直前で曲がった。
大男は曲がりきれなかったが、待ち構えていた残りの騎士団総出で井戸へと落とす。
そこに、騎士団に協力をしている市民たちが土砂や石を運搬用一輪車で運び、投げ入れていく。
師匠は息も絶え絶えで、地面に座り込んでいる。
そうだろうな。普段、王の居住区画から出ることなく厳重に守られている人なんだから、ペンより重いものを持たせてすらもらえない人なんだから。
僕は師匠に駆け寄った。
「師匠! お怪我はありませんか?」
「……ない……です」
話すのもやっとという様子だ。
息を整え終わった師匠は立ち上がった。それから、市民たちに向かって、いつもの無表情で言葉を発した。
「皆さん、ご協力ありがとうございます。私がヴァレンヌ王の奴隷で元ルーンブルク王国王女のアニエラです。ヴァレンヌ王は心お優しいお方なので、きっと町を暮らしやすいようにご配慮してくださることでしょう」
市民たちは恐縮して、全員が身を正した。
奴隷と名乗ってはいるけれど、頭に王のとついているから、彼らにしてみれば、師匠は殿上人だ。
僕は侯爵だが、師匠と顔を合わせるのは至難だ。彼女は国内で発動される魔法のほとんどを感知できるほどの存在。だからこそ、常に秘されている。
師匠は気づいていないようだけれど、その立ち居振る舞いには、静かなる威厳のようなものがある。
今、市民たちはそれに圧倒されていた。
師匠はそれには構わず、僕に向き直ると、
「カシェ様。ダルジャンの侯爵はつい先程、独立を宣言しました。恐らく近日中にはカリシュタの軍が支援を名目に到着するでしょう」
「そんな……」
僕は思わず天を仰いだ。
王の軍は動けない。
周辺の貴族たちは自領の守りを固めないといけない。
僕たちは身動きできない。どうすればいいんだ、全く……。




