かつて彼女だったもの(オリヴィエ視点)
きららちゃんをできるだけ格好良く助けたいから、剣を振るって戦いの練習をしていたら、リュミエールに怒られてしまった。
その後は床に着いたけれど、全く眠れない。
明日、僕はダルジャンへと出陣する。
武者震いじゃなくて、緊張だ。
僕はベッドから出て、リュミエールを呼んで、暖炉に火をつけてもらった。
それから、窓の外を見る。
アニエラは窓の外の街や空を見るのが好きだった。
外に行きたくて、見ていたわけじゃない。
親や周囲の大人たちに殴られながら育ってきた彼女にとって、食事と水、そして誰にも殴られないこと――それが何よりの望みだった。
ここでの生活は彼女の望みがすべて叶えられたから、もう欲しいものも、望みもなかった。
だから、外へ行きたいという欲求もなかった。
ただ、雲の流れを見たり、光の加減で変わる街の色をただ眺めるのが好きだったんだ。
それは僕も一緒だ。
王として生まれた僕も自由に城の外へは行けない。
僕に付き合って起きていたリュミエールが言った。
「よく眠れるように酒でも持ってこさせますか?」
「いや、いい。二日酔いや酒の臭いをさせて出陣したら、王としての面目が潰れるからさ」
僕は窓の外を見続けたら、何か黒い光がこちらに向かっているのが見える。
「なんだろう、あれ?」
僕が言うと、リュミエールも怪訝そうに窓の外を見た。
近づいてくる。
人だ。
「陛下! お逃げください」
「う、うん!」
僕は逃げようとしたけれど、驚きすぎて、何もない床で転んで膝を打った。
リュミエールは叫んだ。
「本当に、お前どんくせえな!」
「僕だって、好きでどんくさいわけじゃない。た、助けを呼びに行かないと」
黒い光に包まれた人は、窓に体当たりをしてきた。
僕はその顔を見た。角と八重歯が生えた人ならざるもの。
だが、見覚えがある。
「セリーヌ?」
僕は開いた口が塞がらなかった。
驚きで動けない。
セリーヌは窓を突き破り、部屋へと侵入してきた。
リュミエールが部屋の間接照明を手に取り、セリーヌへと襲いかかる。
だが、彼女はいとも簡単に吹き飛ばしてしまう。
今の彼女の心の中は、憎悪や怒りしかない。そこには、理性も何も残っちゃいなかった。
誰かが何かをしたのは明白で、きっとそれは――エルスピオだ。
かつて、セリーヌだったものは叫ぶ。
「オリヴィエー! 死ねぇぇぇぇ!」
彼女は長い爪を振りかざすが、僕は足がガクガクと震えて動けない。
きららちゃん、助けて!
リュミエールがセリーヌの側面から体当たりをしたことで、彼女を弾き飛ばして、僕は命拾いした。
僕の魔眼の力で何かできるかもしれない。
そう思って、彼女に力を使ってみるが、もうすでに心ですら化物になってしまって、何もできない。
どれだけ彼女の心を深くまで見通しても、もう黒い禍々しいものしかなかった。
部屋の中に、リュミエールが伝達の魔法で呼んだと思われる騎士や魔術師たちが入ってくる。
セリーヌを取り押さえようとしたが、彼女は手綱を引かれたかのごとく、夜空へと消えていった。
僕の心の中は張り巡らされた蜘蛛の巣のように、混乱していた。
そして、翌日の出陣は王都と王である僕の安全確保を理由に、延期となってしまった。
ごめん、きららちゃん。




