怒り(レビジュ視点)
あのクソ奴隷め!
俺は会合の場となったレストランからは平気な顔をして、屋敷へと戻ったが、内心は煮えくり返っていた。
「おかえりなさいませ、旦那様」
妻の言葉に対し、俺はぞんざいに、
「今日は放っておいてくれ。会合で散々だったんだ」
「は、はい。申し訳ございません」
妻は頭を下げて、そそくさと部屋へと戻っていった。
俺はすぐに傭兵のクワトロを呼んだ。
奴は酒の匂いをさせながらやって来た。
こいつは身長が2メートルを超える筋骨隆々の大男で、昔、片目を潰されたとかで眼帯をしている。
「何事ですか? 旦那。こんな夜遅くに。俺だって楽しみたいんですよ、夜を」
「女奴隷を捕まえそこねた。手足をもいででも連れてこい! 息をしてればそれでいい!」
「お安い御用でさあ。泣き叫ぶ姿が今から楽しみでさあ」
クワトロは唇の端を上げながら言うと、足早に屋敷を出ていった。
脳裏には痛めつけられたあいつが泣き叫びながら、俺に命乞いする映像が浮かび上がる。
俺は口角が自然と上がっていた。
さあ、俺にひれ伏せ!
ああ、そうさ、お前の言う通りさ。
俺は侯爵を殺して、王位を簒奪するつもりだ。
最後は俺が勝ち、すべてを手に入れる!
怒りの感情が高まると同時に、俺の幼い頃の記憶が蘇ってきた。
町の人々から田舎者の女の息子と蔑まれ、ルーンブルク王家からも嫌がらせを受けてきたんだ。
畜生!
俺が全てをねじ伏せてやる!
そうじゃなければ、俺がこの町で受けた屈辱は晴らせない。
数日後。
俺は侯爵の居城へと呼ばれていた。
謁見の間には侯爵以外にも黒いローブ姿の男がいる。
奴はイライラしながら、叫んだ。
「奴隷が会合に現れたと聞いたぞ! 捕まえそこねるとはな! これでは婚儀があげられぬぞ!」
「侯爵。あなたの配下も私の配下も血眼になって探しています。町の出入りの警備も厳重にされたのでしょう?」
「そうだとも! さっさと婚儀を挙げて、独立を宣言し、カリシュタの援軍に来てもらわなければな」
俺は微笑んで、
「私たちの兵を合わせれば、ヴァレンヌ軍ともしばらくは戦えるでしょう」
「当たり前だ!」
侯爵は頷いてから、自慢げに、
「ヴァレンヌ軍を苦しめたルーンブルクの影と祈祷師もついているからな。まあ、今は祈祷師はいないがな」
黒いローブに身を包んだ男の名は確かエルスピオといったな。今はいないとはどういうことだ。
「もしや、逃げたのでは?」
俺が疑念を口にすると、侯爵大笑いしながら、
「ガハハ。奴隷が逃げた日に、魔法で王都へと向かったのだ。なんでも、大事な工作をするとか言ってたな!」
「工作?」俺の問いに侯爵は、
「何をするのかは具体的には聞かされなかったが、これで、王の軍はこちらに来ることができなくなるそうだ」
「そうでしたか」
侯爵は短気だから、機嫌を損ねると面倒くさい。俺は適当に相槌を打った。
祈祷師が、こんなクソジジイに愛想を尽かすことだって十分有り得る話だ。
侯爵は俺の胸の内を知らずに得意げに、
「俺を裏切った連中は近いうちに血祭りにあげるし、あいつも捕まえる。そのために、影もいるからな」
ルーンブルクの諜報部隊か。
侯爵は虚空に叫んだ。
「おい、来い!」
すると、どこからともなく、燃えるように赤い髪に、冷たい青い瞳を持った女が現れた。
「こいつはカオリヤ。元影の中でも屈指の強さを持ってる。いい体もしてるだろ」
侯爵は鼻の下を伸ばしながら、女の砂時計のような引き締まった筋肉質の肉体を見ながら言った。
「カオリヤ。あいつを見つけたら、必ず連れこい。さあ、行け」
「御意」
女は一言だけ残して、部屋を出ていった。




