グラスから溢れる何か
まーちゃんへ
私は商人たちを前にして、言った。
「今、ダルジャンが独立しても数年後には再びヴァレンヌへと併合される可能性が高いです」
商人たちが驚きでどよめいた。
アルコールの香りが漂っているが、話の内容が内容だけに、誰も酔いを残していない。
レビジュが卓を叩いて、
「何を根拠に言っているのやら。王女、城へお戻りいただかなければ困りますよ」
そう言うと、部屋の外に向かって叫んだ。
「おい! 王女を城へとお連れしろ!」
部屋に入ってきたのは、レビジュの護衛ではなくて、カシェだ。
「すみません。護衛の皆さんには伸びてもらっています」
私はレビジュに向かって、
「城にお連れとは再び、王の庇護の下、王に仕える私を気絶させて誘拐するという意味ですか?」
商人たちは露骨に動揺している。
レビジュは舌打ちすると、カシェがすかさず、
「王女の御前で舌打ちなんて失礼ですよ。そんな態度こそが、あなたは師匠を王女と言いながら、利用する手駒としてしか見ていない何よりの証拠ですよ」
「これは一本取られましたね」
レビジュは必死に取り繕うとしているけれど、私は話を戻すことにした。
「皆さん、このダルジャンは今、砂の城を手に入れようとしています」
商人たちはポカンとして、私を見た。
当然、私は話を続けた。
「カリシュタは数年後に戦乱が発生します。ヴァレンヌと敵対関係を解消し、ダルジャンから完全に手を引かざるを得なくなります」
レビジュは歯噛みしながら言った。
「何を根拠に言っている!?」
商人たちも早くそれを知りたいようで、全員がこちらに顔を向けた。
私は淡々と、
「カリシュタの王夫婦は南西から呪われているのですよ。この呪いはタチが悪く、数年後に王夫婦は病に倒れます。この隙をついて、南西の国がカリシュタに攻め入るでしょう」
「そんなのはあなたの単なる想像か出任せだろう。それとも、お得意の創作かな?」
レビジュは嘲るように右の唇の端を上げた。
まるで、勝利を確信しているかのようだ。
私は多少呆れながら、冷ややかに彼を見て言った。
「私の優れた魔法感知能力を、あなたは目の前で見たでしょう。私はカリシュタで人質として生活をしてきたのですよ」
「まさか……」
レビジュの言葉に、私は頷いて、
「そのとおりですよ。カリシュタにいる時から、王夫婦が呪われていることは感知していました。数年間呪いをかけつづけるのですから、発動した場合、並大抵の威力ではないでしょう」
その場は静まり返った。
商人の一人が、
「この町は国境を接している都合上、カリシュタが混乱すればこの町にも何かしらの被害が及ぶぞ……」
早速、損得を計算しているみたいだ。
私は淡々と告げる。
「数年も呪いを続けられるのは、その間に別の準備を進めている証拠です」
商人の一人がハッとした様子で、
「南西の国で一つだけカリシュタと長年、国境争いをしている国がある。……最近は大人しいが……まさか……戦乱が……」
「カリシュタと南西の国が戦争になれば、ダルジャンの鋼や麦が飛ぶように売れるぞ!」
一人は顔を明るくして言った。
レビジュに乗るより、カリシュタが自然と戦争に陥ってくれたほうが、商人たちにしてみれば、危険を侵すことなく儲けることができる。
私の話とレビジュの話を天秤にかけた場合、どちらが得なのかは明白だろう。
レビジュが商人たちに向かって、
「そんなのは単なる奴隷の戯言だ! 信じるな!」
私は目を細めて、
「確かに商人の皆さんにとっては、ルーンブルク王の愛人の子どもであるあなたの言葉のほうが信用できるかもしれませんね」
レビジュは開いた口が塞がらない。
商人の一人が我慢できないといった様子で口を開いた。
「あんた、やっぱり噂は本当だったのか!?」
私は微笑んで、
「たとえ嘘だったとしても、レビジュさんはダルジャンの皆さんから、赤い髪の田舎者の息子として迫害されてきたというではありませんか」
商人たちは心当たりが一様に黙り俯いた。
私は商人たちを見回しながら、
「侯爵が独立を達成した暁には、レビジュさんは侯爵を殺害して、王位について、町の人たちに復讐をするのかもしれませんね」
商人たちの顔色がみるみるうちに青ざめ、すっかり肝を冷やしている。
一方のレビジュは顔を真赤にして叫んだ。
「奴隷の分際で! 大人しく従っていれば良いものを!」
「大人しく従って、数年後、カリシュタと共倒れになれと? 私はあなたも商人の皆さん方も救って差し上げようとしているんですよ」
「なんだと!?」
私は微笑みを崩すことなく、
「私と一緒にダルジャンの侯爵の独立を阻止してください。ヴァレンヌ王国を守った功績として、皆さんは栄誉や報奨、融通をきっと得ることができるでしょう」
私はそう言ってから、ワイングラスに赤いワインを注いで、溢れさせた。
「皆さんの富はこのワイングラスから溢れるワインのように、溢れるに違いありませんよ」
私は一同を見回し、
「道を誤ったら、皆さんの体から、この赤いワインのように血が流れるかもしれませんね」
それから、空になったワインの瓶をテーブルに置いて告げた。
「どちらを選ばれるかは皆さん次第ですが、お金も大事ですが、命と未来あってのお金ですよ」
私は微笑んだまま、カシェと一緒に部屋を出た。




