やっぱりお城には帰りません
まーちゃんへ
私とカシェの服はすっかり濡れて汚れてしまった。
カシェは私に向かって、
「なんとか逃げることができましたけど、ここにいる限り、こんな目にしか遭いませんよ」
「そうでしょうけれど、王のために引くわけには行きません」
きっぱりと言った私に向かって、彼は肩を竦め、
「どうして危険な目に遭ってまで王に尽くそうとするんですか? カリシュタの過酷な生活から救ってくれた恩義からですか?」
私は尋ねられ、しばし考える。
言ってもいいのだろうか? まあ、いいだろ。
「王は確かに私の所有者ですが、私にとっては王はかけがえのない友人でもあります。友人が危機に直面する可能性があるならば排除しなければいけません」
「だとしても、危険すぎます」
私は彼に向き直り、
「あなたの言うことは最もなのですが、もう一つだけ理由があります」
「もう一つ?」
「このまま黙って引き下がってたまるかという、私の完全なエゴです」
「すごいわがままですよ。命は一つだけなんですから大事にしましょうよ」
私は頷きつつも、
「ルキス殿は私が大陸を巻き込んだ戦争を阻止する運命を視ました。ということは、私は侯爵やエルスピオに一矢報いるまでは死なないということです。だから、大丈夫です」
「すごい度胸ですよ、それは」
カシェは呆れているようだった。
それから、彼は、
「馬上試合の時のように、王が呪われたらどうするんですか? 師匠がいないと呪いは跳ね返せませんよ」
「それも大丈夫です。ヴァレンヌの神官がルーンブルクの神殿の地下から黒い木を見つけましたよね」
「そうですね」
「恐らくそれが、オリヴィエ王を呪った時に使った媒介です」
「じゃあ、もうそんな呪いが行われることもないんですね」
カシェは王都に私を連れ戻せないからか、がっかりしながら言った。
私は首を横に振って、答えた。
「いいえ。エルスピオは赤い剣を持っていて、あの剣も負けず劣らずの媒介になります。しかし、あの剣で呪うには私の血を手に入れなければいけません」
「え?」
「私は多少痛い思いをするくらいでしょう」
私の言葉に、カシェはやはり頭を抱えている。
私たちは話しながら、目的もなく住宅街を歩いていると、背後から人の気配がした。
私たちが振り返ると、肩の力を抜いたルキスが、口元には笑みを浮かべながら、のんびりと歩いている。
彼は笑顔で、
「あ、やっぱり邪魔が入りましたか。運命どおりですね。大丈夫です」
「おい! わかってて行かせたのかよ!」
カシェが声を荒げた。これが、彼の素の喋りか。
ルキスは笑いながら頷いた。
「運命の履行には必要なことでしたから。予定調和ですよ。じゃあ、僕たちのアジトに行きましょう」
「アジト?」
私が尋ね返すと、彼は得意満面に、
「用意しておきましたよ」
そう言うと、背を向けて歩き出す。
私たちは彼について、夕暮れに染まる住宅街を歩くしかなかった。
町の人々は一日の仕事を終え、家路へと急いでいた。




