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フォンテーヌ商会

 私とカシェはフォンテーヌ商会へと向かっている。

 私は人も建物もまばらな郊外を歩きながら、カシェに尋ねた。

「なぜ、カシェ様がダルジャンの街にいるのですか?」


 カシェはよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに、得意げに、

「師匠に教わって、魔法感知の訓練をしていたおかげで、僕は異変を感じて、その場所に向かったんですよ!」

 彼は大袈裟な身振りで、

「そうしたら、女が師匠を魔道具に封印している最中でした。声をかけようとしたら、かける前に女は駆け出したので、僕は追いかけたという次第です。残念ながら、師匠を取り戻す機会を伺っていたのに、ついぞ訪れずここまで来てしまったわけです」


 私は頷いてから、

「それで、ルキス殿とこの街で出会ったわけなのですね」

「その通りです」


 私たちは人通りの多い界隈へと出た。

 鉱山もある交易の街だからとても活気がある。


 カシェは確認するように、

「師匠。本当に商会に行くんですか?」

「商会に行きます」

「今ならまだ安全に王都まで逃げることができます」

「ここは交易と鉱山の町です。戦争で交易は廃れても鉱山から鋼が算出される限り、カリシュタに限らずチャンスがあれば手に入れたいはずです」


 広場に着くと、ひときわ、大きい建物があった。人の出入りも激しくて、活気がある。看板にはフォンテーヌ商会と書かれている。


 彼は観念した様子で、白いグローブを嵌めた。魔法がかけられている代物で、魔法の威力を上げる効果があるみたいだ。

「師匠。僕から離れないでくださいね」

「はい」


 私たちは商会へと向かって歩き始めた。


 カシェは入口の守衛に対して、侯爵であると名乗ってから、自身の懐から紋章が書かれたナイフを見せ、商会長との面会を求めた。


 太陽の光できらめく銀色のナイフに刻まれた紋章を見た守衛は、目の色を変え、慌てて建物中へと引っ込んだ。


               ※※※


 商会長であるレビジュは建物最上階の一室にいた。

 立派な書斎机の上は整然と片付けられ、とてもスッキリとしている。


 商会長は窓辺に立ち、私たちを待っていた。

 柔らかな影が彼の半身を包み、ルーンブルク人の血の特徴である赤髪が光りに照らされている。


 相変わらずの豪奢な格好は王侯貴族のよう。


 彼は不敵に微笑み言った。

「ようこそお越しくださいました。奴隷、いや、ルーンブルク王女アニエラ殿下」

 彼の瞳が猫のように細くなった。


 私は言った。

「やはり侯爵の企みに乗っていましたか」

「わかっていて来たということかな? それなら、見かけによらず豪胆だ」

「そうでなければ、侯爵やルーンブルク残党の自信と余裕ありげの行動は説明ができません」


 レビジュは驚いて、カシェを見た。

「ほお。頭が回るみたいだ。それとも、そこの貴族の入れ知恵かな?」

「僕は、頭脳労働は苦手なんです。師匠の叡智を舐めないでください」

 カシェは曖昧に笑いながら言った。


 レビジュは大袈裟な手振りで、

「叡智ある君が、奴隷のままでいいのかい? 侯爵に嫁げば、王妃として一国の主だ。奴隷よりもうんと豊かで自由な生活だ」

「冗談やめてください。あなたがたは私のルーンブルク直系王族という出自を利用したいだけです。王の奴隷として王に仕えるよりも王妃として、あなたがたに仕えるほうが不自由です」


 レビジュは苦笑しながら頷いた。

「頭もそこそこ良く、憎たらしいほどに素直だ。だが、その素直さは命取りだ」

「その通りでしょうけれど、私は取り繕えるほど頭は良くないんです」

「好ましいことだ。その、君の素直さに命じて、俺の話も一つしてやる」


 レビジュが懐から取り出したのは、ルーンブルク王家の紋章が刻まれたネックレスだった。

「俺の母はルーンブルク王の愛人だった。つまり、俺はお前の異母兄だ」

「そんな高貴な生まれの方が、なぜヴァレンヌの商会長に?」


 レビジュはつまらなそうに、

「俺の母は権力争いから殺されそうになり、ルーンブルクとの国境に近いこのダルジャンに逃げ込んだ。商会長だった俺の養父は母にほだされ、妻に迎えた」

「庶子であるあなたではルーンブルク王族としては認められませんから、私を使って王国の再興と鉱山利権の完全な掌握をするつもりなのですね」


 レビジュはいきなり高笑いをした。

「再興? いいや、これは死んでいったルーンブルク王族たちへの復讐だ」

「復讐?」

 私は思いも寄らない彼の言葉に思わず聞き返していた。


 彼は顔を歪めながら、語気を荒げた。

「表向きは商会長の子供として生まれたが、ルーンブルクは俺が王の庶子だということを知っている。奴らから、散々嫌がらせを受けてきた」


 それから、彼は怒りの表情で窓の外を見た。

「俺はこの街の連中からも田舎の国の女から生まれた赤髪の子どもとして、さんざん蔑まれてきた」


 そして、歪んだ笑顔を浮かべると、

「だから、俺は、俺がルーンブルクの権力を再興することで死んだ王族を否定し、街の連中を平伏させる」


 なんてジコチューなんだろ。でも、正直で好感が持てるよ。


 レビジュは私を見て、憐れむように、

「お前は、人質としてカリシュタに捨てられ、蔑まれてきた。その原因はお前の親であるルーンブルク王夫婦にある」


 私は心の中は見えないけれど、その哀れみの表情が偽りなのは流石にわかるよ。


 彼は、

「お前もルーンブルク王家を再興することで、復讐ができる。悪い話じゃないだろう?」

「あなたの計画も動機もわかりました。しかし、それは数年以内に崩れる砂の城と一緒です。なぜなら……」


 !

 魔法の気配がする。


 チッ。今、言わなきゃいけないことがあるのに!


「カシェ様! 追手です!」私は叫んだ。


 瞬間、赤髪の女が鮮やかに窓を割りながら、侵入してきた。

 カシェは女が侵入する直前に、私を抱え上げ、扉から走り出し、こちらも窓を割りながら、脱出する。


 建物の屋根の上を伝いながら、カシェは疾走した。

 女が私たちを追いかけてくる。


 私の胸が高鳴る。まーちゃんと一緒に、ナイフを振り回す半グレに追いかけられた時以上の緊張感だ。


 カシェが地面に戻ると、そこは浅瀬だった。

 彼は浅瀬の中を、水飛沫を上げながら駆ける。


 女も水辺に足を踏み入れ、追いかける。

 カシェがジャンプした瞬間、雷が水面を走り、女が鋭く短い悲鳴を上げて倒れた。

「ぐぁ!」


 カシェが雷の魔法を発動したのだ。

 女は痙攣しながら水面に倒れた。致命傷ではないが、動けないことは確かだ。

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