後戻りはできないよ
まーちゃんへ
私の魔法感知能力の対象はオリヴィエ王だって例外じゃないんだ。
だから、私は、オリヴィエ王の魔眼に関して、一つの結論にたどり着いている。
そして、この思考を目の前の王はしっかりと視ている。
オリヴィエ王はすでに寝間着に着替えて、ベッドに潜ればいいだけだけれど、私がこういう思考をしているから、じっとこちらを見ている。
私は心の中で王に言った。
やったら、かき消すからね!
王は切実そうに言った。
「きららちゃん! でも、僕だって知りたい。確かめたい」
私はため息を吐いてから言った。
「駄目だよ。私は別にいいけど、君が戻れないかもしれないもん」
「お願いだから。少しだけ」
そう言ったオリヴィエ王は強い衝動に突き動かされているように見えた。
そして、私の精神へと潜っていく。
深く、深くへと――。
私は右手を動かした。
でも、私の右手ではなくて、オリヴィエ王の右手が動いた。
今度は、私の左手が勝手に動いた。
動かしているのは、精神世界にいるオリヴィエ王だ。
部屋がノックされて、リュミエール様が入ってきた。
立ちながら、向かい合う私たちを見て、彼は胸中で困惑しながら思った。
『何してんだ、こいつら?』
口悪いな、素のこの人。
私は驚きを内心に隠して、そして、魔眼の力もオフにして、尋ねた。
「リュミエール様。いかがなさいましたか?」
「緊急で届いた書類を持ってきたのです」
私の精神世界から戻ったオリヴィエ王は笑顔で書類を受け取って、さっと目を通してから、
「ありがとう。明日の朝一番で、会議を開こう」
「かしこまりました。そのように伝えます」
リュミエール様はそう言ってから、私たちを交互に見て、言葉を続けた。
「さっさと寝てください。明日に障ったら困ります」
「わかったよ。ちゃんと寝るから」
オリヴィエ王はそう言って、見送った。
リュミエール様が戻ると、オリヴィエ王は即座に私の精神世界の深く深くへと沈み込んでいく。
完全に、肉体の意識は失い、ベッドに倒れ込む。
彼の魔眼は、本当は他人の心や記憶を視る力ではないんだ。共有とか乗っ取りとか、本来はそういう力なんだと思う。
私の魔法感知能力で、彼の意識が私の精神に溶けていこうとしているのを感じた。
私は急いで、彼を意識の上へと引き戻して、肉体へと戻す。
オリヴィエ王の体からは力が抜け、夢見心地といった様子で、
「きららちゃん。僕、とっても気持ちがいい」
「そっか」
「きららちゃんと、ちょっとだけ一つになれて、嬉しい」
彼は私の左手を、弱々しい力でかろうじて掴んで、
「きららちゃんが、僕に、気持ちよくなれって言ってくれたら、僕、本当に気持ちよくなれそう」
「え?」
もしかして、それって、性的な感じで?
私の胸中の質問に対して、弱々しく頷きながら、
「多分、そう。今、僕が感じてる気持ちよさはエッチな感じじゃないけど、きららちゃんが言ってくれたら、僕――」
うっとりとした表情で、ベッドに身を預けている。
オリヴィエ王が私に言った。
「ねえ、魔眼の力、少し発動してみてよ。僕が感じてる気持ち、きららちゃんも視れるようになるだろうからさ」
私は興味半分でスイッチを入れた。
オリヴィエ王が感じているのは、私と一体化したことによる安心感や安らぎによる心地よさと喜びだ。確かに、エッチな気持ちよさとは違う。
私はスイッチを切った。
人の心が視えてしまうのは、なんとも居心地が悪いものだよ。
でも、オリヴィエ王に対しては、私や他人の心が視えるように調整した。そうしないと、彼は人との対話が難しいから。
彼の魔眼は、彼自身ではコントロールすることはできないけれど、私の心に入りこんでいる時だけ、私は彼の力をコントロールすることができる。
まるで、彼が、彼の力が、私の一部になってしまったかのよう。
オリヴィエ王は甘えた表情で、私に尋ねた。
「もう、一つになるまで君の中に入らないから、君の中に、帰ってもいい?」
しょうがないな。もう君は落ちていくしかないんだもんね。
だから、いいよ、おかえり。
オリヴィエ王は嬉しそうにベッドに潜ると、私の精神世界を作り出した。
いつもののぞみさんの部屋のソファの上で、お気に入りの犬のぬいぐるみを抱きしめながら、眠り始めた。
彼が熟睡しても、以前のように精神世界が消えることはない。
私が、精神世界を閉じた。
精神世界は黒いペンキで塗りつぶされるかのように消え去り、現れたのはほのかな魔法の照明で照らされた王の寝室だ。
オリヴィエ王の体はベッドの中で気持ちよさそうに眠り、心は私の心の中で眠っている。




