怒りの祈祷師
祈祷師に呼びかけられた私はキッパリと否定する。
「王女じゃないです。オリヴィエ王の奴隷です」
祈祷師は着衣が乱れたまま立ち上がり、こちらに進む。
兵士が前に出る。
「あなたは正当なルーンブルクの後継者だ」
「違います」
祈祷師は手のひらの上に、魔法で黒い光の玉を発生させた。
なんて強い憎悪がこめられているのだろう。
私はその負の思いに思わず、たじろぎそうになっちゃった。でもさ、ここでたじろいだら、オリヴィエ王に祈祷師の感情が届いちゃう。
強烈な負の感情を浴びせて、再起不能に追い込むわけにはいかないんだよ。
だから、こういう時は心から力を抜いて、無になるのが一番だ。
ただ、その感情を、ある物として、見つめ続けるだけ。
男は仮面を脱ぎ捨てた。やっぱり顔の下は焼けただれていて、見れたもんじゃなかった。
「あなたが私の顔を傷つけた。しかし、それはあなたのわずかばかりの血を持って、許そう」
何、私の血?
無理だけど。
リュミエール様が尋ねた。
「お前は何者なのですか?」
「ルーンブルク元神殿長エルスピオ。お前たちに我が神殿も我が信仰も破壊されしものだ」
祈祷師は静かに名乗った。半裸でだよ。
宮廷魔術師長が、
「ルーンブルクはルーンブルク王族の血を持って、強力な呪をかける! 人の血を持って、呪いをかけるような信仰など邪教だ。だからこそ、破壊し、神官たちを処刑した!」
うわ、私が生まれた国って、カルト信仰で、カルト国家だったんだ。
引くーっ!
エルスピオは怒りの眼で私の後ろにいる王を見つめ、
「必ず、王女の血を持って、王を殺そう。そして、王女を王にして、新たなる王国と信仰を作ろう」
私を巻きこまないでよ。
エルスピオの怒りはオリヴィエ王の顔を見たせいか、さらに増幅されているようで、黒い光の球を手のひらに生み出したと思ったら、思いっきり投げつけた。
私は前に出て、鏡を使って、跳ね返す。
跳ね返された黒い光の玉はエルスピオを包みこんだけど、彼は無傷だった。
兵士が祈祷師を取り押さえようとするけれど、エルスピオは窓から飛び降りた。
魔法によって、その姿は忽然と消えた。
残ったのはセリーヌ王妃だ。
オリヴィエ王はセリーヌ王妃を見つめているけれど、その心は更に深く、私の心の奥へと潜っていくのがわかる。
おい! あまり深くまで行くな! 今は現実から逃げるな! 仕事しろ!
私の心の声を聞いたオリヴィエ王はハッとした様子で、奥さんを見た。
セリーヌ王妃はオリヴィエ王に向かって、
「私が他の男に抱かれて、悔しくないわけ!? 私は本当の愛を知ったのよ!」
王妃は精一杯の強がりを言った。
オリヴィエ王は彼女に何も答えなかった。
だけれど、悲しそうに、静かに、
「このご夫人への対応は……法に則ってすすめてくれ。僕は戻る。リュミエール、アニエラ行こう。皆、ご苦労だった」
そう言って、背を向ける。
私とリュミエール様も王へと続く。
セリーヌ王妃が叫んだ。
「奴隷! 奴隷の分際で、オリヴィエに愛されていいご身分だこと! 身の程をわきまえなさいよ! なんとか言ったらどうなの!?」
奴隷の私は、王妃の言葉を無視できないから、立ち止まり、振り返ろうとしたけれど、リュミエール様が、
「アニエラ。王を待たせてはいけません。早く来なさい」
王の居住区画に戻った後、我慢できなくて、王は声を上げて泣き出した。
鼻水は垂れてるし、気づいてないから、拭いてあげた。
それから、可哀想だったから、思わず抱きしめていた。
王は私を強く抱き返して、私の胸の中で嗚咽しながら、涙を流し続けた。
王の魔眼の力で、現実と私の精神世界が混ざり合う空間が発生した。
今の私には現実の王と精神世界のオリくんが重なって見えるし、私自身も現実のアニエラと精神世界のきららが重なっている。
オリくんも子どもみたいに泣いている。
辛かったね、オリくん。




