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私の願い(セリーヌ視点)

 侍女の一人が、

「祈祷師の一人が病に倒れ、来れなくなりました」

「また?」

 私は苛立ちから、声を荒げた。


 これで何人目だろう。


 少し前まで私は祈祷師に、私が妊娠するように、リュシルが妊娠しないようにとまじないを行わせていた。


 祈祷師たちが病に倒れるようになったのは、憎いオリヴィエとアニエラの不幸のために祈祷をさせるようになってからだ。


 私の脳裏に、馬上試合で魔法を跳ね返したアニエラが思い出された。


 半裸になって、傷だらけの醜い体をさらけ出し、指を血まみれにしながらも魔法を跳ね返しつづけた奴隷。


 この奴隷によってによって呪が弾き返され、祈祷師たちが倒れているに違いない。


 私は思わず歯噛みした。


「至急新しい祈祷師を用意してちょうだい」


 私が侍女に命じると、頭を下げて部屋から出ていった。


 最近、オリヴィエは私は離婚を要求するようになった。なんて生意気なんでしょう。


 こいつのせいで、私がいつまで経っても子どもを産めないから、石女と影で蔑まれてきたのだ。


 私の心の傷を顧みずに、公式愛妾なんて迎えて。


 こんなにも私は傷ついているのだから、王妃として贅を尽くして何が悪いのだろう。好きなことをして何が悪いのだろう。


 新しい祈祷師の手配は難航したらしく、決まるまで時間がかかった。


 苛立ちが高まった私はオリヴィエとアニエラと鉢合わせをした時、小説の原稿を投げ捨てた。


 これで少しは心が晴れるだろうと思ったのに、ちっとも晴れない。


 窓の外を見ると、カシェとリュシルが二人仲良く、小説の原稿を探していた。二人は近いうちに結婚するのだという。


 憎々しい。


 眉間のシワが深くなったのを自分でも感じる。


 リュシルは私が子どもを産めないからと、オリヴィエが迎えた公式愛妾だ。


 私だけが、こんなに辛く苦しい思いをしているのに、男と仲良く幸せそうに笑いやがって。


 扇子を握る手に力がこもった。


 私は窓から離れた。


 数日後に、ようやく新しい祈祷師が見つかった。


 新しい祈祷師は顔の上半分に仮面をつけているが、二十代の男ではあるようだ。


 私は椅子に座るように促すと、素直に座った。

 彼から不思議な香りが漂ってきた。


 私は、

「オリヴィエ王とその奴隷に強力な呪をかけてほしいの。二人がとびっきり不幸になるやつを」

「ほう。あなたは見かけによらず悪い方だ」

 黒いローブに身を包んだ男は興味なさげに言った。


「あなたにいいえという言葉はないわ」

「もちろんですよ。弱みを握られていますからね」

「そうよね。バラされたら、この国では生きてはいけないわ」

 私はほくそ笑んだ。


 男は少しだけ口角を上げたら、赤みがかった焦げ茶色の髪も少しだけ揺れた。

 髪が赤かったり、赤みがあるのがルーンブルク人の特徴だから、この男も併合後にこちらに流れ着いたのだろう。


「金は弾むわ」 

「わかりました」


 弱みは握られても、金ももらえるんだから、充分においしいでしょう?


 男は、

「術を確実に成功させるためには時間がかかります」

「どれくらいかしら? すぐに結果が欲しいのよ!」

「一ヶ月は見積もっていただかないと」

「一ヶ月我慢すればいいのね?」


 男が頷くと、また香りが漂った。


 私は思わず、

「あなたから、不思議な香りがするわね」

「精神を安定させる香をまとっているのですよ。祈祷師にとって、精神の安定は術の成功にとってとても大切ですからね」

「そう」


 週に一度、男は城を訪れ、まじないの進捗状況を報告した。その度に、男は香りをまとわせている。


 男が訪れる度に、男のことが頭から離れなくなっている自分がいる。

 早く男はやって来ないかしら。


 一ヶ月経ってもオリヴィエも奴隷も元気にしていて、不幸とは無縁そうだった。


 私は男に詰め寄った。

「どういうことかしら?」


 なぜか胸が高まっている。

 男は口角を上げて、いきなり私を抱き寄せると、唇を重ねた。

 私は拒むことができず、そのまま受け入れた。


 男は私に囁いた。

「愛していますよ」

「……私も」

 心の奥で満たされていくのを感じながら、私は答えた。


 愛があると、こんなにも心は潤うのね。


 男は唇をニヤリと上げ、

「ああ、悪い人だ。あなたは夫がいながら、王妃でありながら、他の男に、ご自身の心を許している」


 ああ、そうだ。

 私は王妃で、夫がいるのだ。


「で、でも、あの人だって奴隷に惚れているのよ」

「しかし、王は奴隷に手はつけていないというではありませんか。これくらいは私でも知っていますよ」


 男は言葉を続けた。

「もしもこの事がバレたら、王妃ではいられませんね」


 私はハッとした。


「そ、それは駄目よ! わ、私は王妃でいたいのよ」

「しかし、あなたは王妃として蔑ろにされている。そして、王にも愛されていない」


 私は途端に罪の意識が込み上げてきた。


 男は私を憐れむように、

「あなたはこんなにも王に愛されたいと願っているのに」


 身を引きさかれそうな思いで私は呟いた。

「どうしたらいいの……」


 男は私を抱き寄せ囁いた。

「溺れたらいいのですよ、私が与えるものに」


 その言葉と存在に、私は自然と彼に心を預けた。


 男は、私に手を当てて、何かの術を施した。

 でも、それがなんなのか、今は、どうでもいい。

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