お正月
まーちゃんへ
今日のオリヴィエ王はすごい器用だよ。
まず、私の記憶を元にした精神世界を作り出して、現実の世界と重ねるでしょ。
精神世界でオリくんとして漫画読みながら、現実世界ではオリヴィエ王としてリュミエール様とお話してるんだもん。
私もオリヴィエ王に付き合って、この境界の世界にいる。
日本と現実が重なり合って、床にみかんの皮や犬のぬいぐるみがお城の床に散らかっている風景はなんとも不思議な気分だよ。
オリくん、私のいつの記憶を再現してるの?
リュミエール様が部屋から出ていって、私たちはいつもどおり二人っきりになった。
オリくんが、
「あのさ、きららちゃん。僕、気づいたんだよ。この境界の世界でなら、現実の人たちの気持ちが全然視えなくなるんだよ。とても快適だけど、会話が難しくてさ」
普通の人なら、仕草や声色で感情を推測するけど、オリくんには難しいことだと思う。
今まで人の心の中や記憶を嫌でも視ながら会話をしてきたから、推測する必要がなかったんだもん。
「うん。そうなんだよ。全然わかんないよ。リュミエールだったらいいけど、それ以外の人とは心を視ながら話をしないとコミュニケーションが上手くできないよ」
そうだろうな。でも、コンサートとかお芝居なら、純粋に楽しめるようになりそうだね。
その割に、オリくんは全然嬉しそうではなくて、
「そうかも。でもさ、これって、きららちゃんの精神世界限定なんだよ」
あ、そうなの。じゃ、駄目だね。私はお城から出られないし、奴隷だから劇場なんて縁がないしね。
そもそも、境界の世界って現実の音が少しくぐもって聞こえるから、コンサートもお芝居も楽しめないよね。
オリくんは私の瞳をじっと見つめて、
「あとさ、現実の世界に戻ってもきららちゃんの心をじーっと深くまで視てる時だけ、他人の心や記憶が視えなくなるんだ」
私の心限定なの?
私が心の声で尋ねると、オリくんは頷いて、
「そうだよ」
不思議だね。
オリくんも不思議そうにしている。
私は窓の外を見た。
明日はこの世界だと新年らしいんだよね。で、やっぱりなんか行事があるらしいんだ。
オリくんが、
「僕に寝ろって言ってる?」
言ってる。
彼はそれでも、食い下がって、
「今日は大晦日だよ」
ここ日本じゃないし、君は明日もお仕事でしょ。
はい、おやすみ。
オリくんは渋々、精神世界を消した。
完全に、現実に戻った私たちは王と奴隷へと戻った。
目の前にいるのは、上等な寝間着に身を包んだ王。一方の私はごわごわとした着心地の悪い寝間着を着ている。
私はオリヴィエ王に布団をかけてから、自分の布団に潜った。今日の私はやけに寝つきが良くて、すぐに眠りに落ちる。
眠ったんだけど、私は体を揺さぶられながら、目を覚ました。
オリヴィエ王がそこに立っていた。
「起きてよ、起きてよ」
「どうなさいましたか?」
私は寝ぼけ眼で尋ねると、オリヴィエ王は悪びれる様子もなく、
「やっぱり我慢できなかった」
そう言うと、いきなり精神世界を作り出した。
立派なベッドが部屋の中央に置かれた王様の寝室が、アパートの一室へと変わっていく。
正確には、王様の寝室が変わったのではなくて、私たちの意識が、私の記憶から作り出された世界に来てるんだけどさ。
精神世界でオリくんはトレーナーにジーンズというラフな格好をしている。
オリくんはニコニコしながら、
「僕もまーちゃんみたいにきららちゃんと一緒に大晦日とお正月したい」
「いいけどさ、オリくんは私とまーちゃんとは違うんだよ」
昔の私は時間の自由が利いたんだけどさ、オリくん王様じゃん。
王様って権力ある割にスケジュールに自由がないんだもん。
「きららちゃん。僕だって徹夜くらい平気だよ。年越しそば食べたい」
オリくんは子どもみたいに無邪気に言った。
オリくんは可愛くて優しいんだけど、王様として育てられたから、決めたことは絶対に曲げないんだよね。仕方ない。
私は頷いて、
「わかった。じゃあ、食べよう。コンビニのチルドコーナーのおそばとカップそばのどっちがいい?」
「カップそば。きららちゃんが大晦日に食べてたのと同じやつがいい」
「あいあい」
私はガスコンロでお湯を沸かして、カップそばに注ぐ。
年末のテレビ番組を観ながら三分待った。
オリくんは器用に箸で、そばをすする。
なんか、前より箸使いが上手になってる。練習したんだろうな。
そして、テレビに表示された時計は十一時五九分になった。
オリヴィエ王が私の左手を掴んで、立ち上がった。
「きららちゃん! ジャンプしよう! 新年は地球からいなくなろう」
「いいけど、私たち、最初っから地球にいないよ」
「でも、ジャンプする!」
私たちはカウントダウンをして、同時にジャンプをした。
運動音痴に定評があるオリくんは着地に失敗して足をすべらせた。
私が、「うりゃ!」と叫んで、彼の体を全力で支えて転ぶのだけは阻止して、床に座らせる。
私は声を掛ける。
「大丈夫? 体痛くない?」
「うん」
オリくんは顔を赤らめながら、
「僕、きららちゃんに抱きしめてもらえた」
「不可抗力ってやつだね」
不可抗力なんだけど、ものすごく嬉しそうにしてるから、私もなんだか楽しい。
そして、オリくんは立ち上がって、
「次は初詣に行こう」
「いいよ」
私たちは街の中を歩きながら、神社へと向かう。
記憶の世界なのに、寒さまで再現されていて、白い息が出る。
オリくんはコートを着ているけれど、地球にある感じじゃない。
「きららちゃんの記憶の中に、男物のコートがなかったから、僕の世界の着てるだけだよ」
「そっか。似合ってるよ」
風が冷たい。
私は尋ねた。
「寒くない?」
「大丈夫だよ。このコート、暖かくなる魔法が付与されてるから」
「あ、そうなんだ」
私たちは人がごった返す神社で、神様に届かないことは承知で、手を合わせた。
願い事……か。
まーちゃんに会えますように? ううん。これは今はちょっと違うかな。
私は少し考えたら、不思議と心の奥から願いが込み上げてきた。
オリくんが元気で、オリくんの国が平和でありますように。それで、……私以外の女の子を、どうか好きになりますように。
そう願った私の胸の奥が少しだけ、何故かチクリと痛くなった。
オリくんは私を見て、
「僕さ、きららちゃんの公認彼氏になれますようにってお祈りした」
「お願いごとは言わないのがマナーだよ」
しょうがないなー。
私は思わず苦笑していた。
それから、また歩きながらアパートに戻って、お餅を食べて、甘酒を飲んで、気がつけば朝となっていた。
オリくんが楽しそうにしてくれてよかったよ。




