私は今馬車に乗っています
まーちゃんへ
私は馬車に乗せられました。
今の人生始めての馬車です。本当は違うんだと思う。
子供の頃にも乗ってるんだと思う。
大人の人たちは私が人質として送られたって話をしてたから、多分馬車で移動してるんだと思う。
ペガサスとかドラゴンとか見たことないから、世界観的に馬車がスタンダードなんだと思う。ちなみに、移動していた幼少時の時の記憶はない。
日本人だった頃の記憶は結構くっきりハッキリあるんだけど、こっちの世界の子どもの頃の記憶になると、結構曖昧。
まあ、日本人だった頃の子どもの時の記憶も曖昧だから、どうしても子どもの頃の記憶ってあやふやになるんだろう。
こっちの世界の親兄弟の顔すらわからない。
名前だって基本呼ばれたことないし。「おい!」とか「こら!」「ちょっと」が基本でさ。セルフでご自由にお呼びくださいみたいな感じ。
で、どこに向かってるかだけど。
知らない。
私は奴隷だから、知ったところで別に……だし。
ちなみに、私の近くにはいつも視る男の人がいる。
この人は常に自分の視界に入る人間の心の中や記憶が視えてるよ。自分では制御ができないタイプだ。
えっとね、私は自動発動永続タイプって読んでる系の魔法ね。
それで、なんかこの人が暇になった時なんだろうけれど、私の記憶や心を視てるよ。えっとね、私がよく行ってた図書館を、心の中で再現して、そこで本読んでる。
なんか、最初は日本語を読む勉強してて、今は簡単な内容の本を読んでる。
視る男の人が戻ってきて、知らない人たちに、
「彼女はおいって言われたり殴ると、返事をするけれど、僕はそれが嫌なんだ。絶対に彼女のことは殴らないでくれ。僕が全部やるから、彼女のことは放っておいてくれ!」
あ、そうそう。服も新しくなった。
ご飯も一日一いも健康生活から、ちょっと変わった。
視る男の人が、板の形した石鹸を食べながら、言うんだよ。
「ほら、チーズだよ。僕と同じように食べてごらん」
こいつ、石鹸食ってる。
「チーズだよ」
視る男の人が私の口に、石鹸をあてがう。
仕方ないから、食べてみた。
しょっぱい。
あ、チーズと同じ味する。
でも、まずい。
紀元前にやっと作り出した、人類最初のチーズって多分、こんなんやつなんだと思う。
「この世界は紀元前よりは進んでると思うんだよ」
丸い物体を差し出された。色はうっすらと茶色い。
「これはパンだよ。君が知ってるパンとはちょっと違うけど、スープに浸して食べてごらん」
まーちゃん。これってインド料理屋さんで出てきそうな見た目してる。
私は一口かじってみる。
固い。
「スープに浸すんだよ」
視る男の人が、私に差し出したインドを手に取り、ちぎってスープに浸して、私に食べさせた。
介護か。
「インドって名前じゃないんだよ。パンなんだよ。インドだとカレーになっちゃうだろ」
なんか、ずっと一人でごちゃごちゃ言ってるよ。
あ、目に視えないものと話してるからか。
「違うよ。君に話しかけてるんだよ。困ったな。怒鳴られたり、叫ばれる、殴られるが普通として育ってきたから、普通に話しかけただけだと反応しないんだもんな」
インドをスープに浸してみる。うん、スープ味になっておいしい。
それから毎日、スープとインドっぽいパンと石鹸みたいなチーズの食事になった。
窓の外には一面の葉っぱだね。うん。葉っぱがたくさん生えてる。
コンクリートジョングルとはぜんぜん違う。
なんだろう、癒やしの光景ってやつ? でも、全然クソつまんないよ。
馬車だから、全然、新幹線より遅い。
馬だもんね。
いつまで経っても渋谷から大阪にたどり着かなそうな感じ。
もう横浜にだって行けないと思う。
視る男の人が、溜め息をついてから、
「おい」
「はい」
呼ばれたから、答えないと。面倒くさいな。
「君の名前は?」
名前?
なんか言わないといけないのか。
「……おい?」
「違うよ。誰かに名付けられた名前が、君にもあるんだよ」
「葛城きらら」
「それは君の前世の名前なんだよ。君はこの世界にアニエラとして生まれたんだよ」
アニエラだって。
きららよりダサッ。
この視る男、なんか異世界転生アニメみたいなこと言い出したよ。
チートとかざまあとかするやつ。
「君は、異世界に転生してきたんだよ。チートもざまあもないけれど、異世界に生まれたことだけは確かだよ」
なんだ、クソアニメ確定だ。
何を楽しむために観るんだよ。
第一話で打ち切りだ。
「君が生まれた国はルーンブルクと言うんだよ。僕が滅ぼしたんだけど」
ルンブルだって。
まーちゃん、絶対、チンチンブルンブルンとかっていう下ネタやるでしょ。
下ネタ好きすぎるもん。
「いいかい。きちんと自分の名前と国を覚えるんだよ」
チンチン。
「勝手にブルンブルンさせないで。名前は」
……。
えっと……。
アンリエッタ?
「アニエラだよ。僕がアニエラって呼んだら、きちんと答えて、僕と話をしたり、僕の命令を聞くんだよ」
「承知いたしました」
アニエラプレイってやつか。
「プレイじゃないんだけどな。君は人質として送られてから、名前で呼ばれたことが一度もないよね。だから、そう思うのかもしれないけどさ、プレイにしちゃうのは極端じゃないかな」
まーちゃん、馬車の旅はマジで退屈だよ。
スマホで一緒に動画視たいよ。
!
遠くで、魔法を使った戦闘が始まったみたい。
えっとね、魔法使い二人に魔法使い一人って感じの戦い方だ。
視る男の力が邪魔して、ちょっと感じづらいけれど、……。
「ごめんね。邪魔して」
ソロ魔法使いのほうが数段強いから、二人組負けるだろうな。
あ、ほら。
二人組が負けた。
ソロのほうが強い魔法を使ったから、二人組は生きていないと思う。
ソロは南西の国の仲間なのかもしれない。
まーちゃん、知ってる?
お城の王妃様と王様が誰かに呪いをかけられてるの。お城の人は巧妙な魔法過ぎて、気づいていないし、今はまだ効果が出ないだろうけれど、数年後に二人は病で苦しむよ。
多分、その隙をついて、攻めてくる国とか勢力があると思う。きっと南西の方面。
南西の方から、その呪いの魔法は来たし、今も南西から時々城に魔法が飛んでくるから。
男の人がいつの間にか私の横に立っていて、私の目を見ていった。
「その話、もう少し詳しく話してくれないかな?」
別に、それだけだから、話すことなんて何もないけど。