いいよ、君が眠るまで言ってあげる
まーちゃんへ
私は誰かの嗚咽声で目が覚めた。
部屋は真っ暗で、指が痛い。
私は声の方を見ると、すぐ横でオリヴィエ王が泣いていた。
彼は私に気づくと、安堵したような声で、
「起きた。良かった」
私は寝ぼけ眼で、起き上がり、
「陛下は何をしているのですか?」
「きららちゃんが起きるの待ってた」
私は軽く伸びをしながら、
「陛下。現実世界の時はアニエラです」
「うん、知ってる。でも、馬上試合の会場だと、もうきららちゃんとしての素が出てた」
私は嬉しそうに安堵しているオリヴィエ王に困りながらも、窓の外を見た。
「陛下。とっても真っ暗です。お休みになられてください。私はもう平気です」
「僕は興奮して眠れそうにない」
なんか指に違和感を感じるな。動かせないんだけど。
私はベッドから上半身を起こして、痛いなーと思いながら自分の指を見た。
わぉ。包帯でぐるぐる巻きにされてる。
オリヴィエ王が、
「きららちゃんの、あ、アニエラの指が鏡の破片のせいでボロボロになったんだ」
そうだったんだ。全然気づかなった。
オリヴィエ王は私の包帯を巻かれた指をさすりながら、
「魔法で一応、怪我は直したんだ。でも、魔法の影響で完全に傷を塞ぐことができなくて、包帯巻いたんだよ」
「そうでしたか」
私は改めて、
「陛下。眠りましょう。お仕事に支障が出たらいけません」
「なんか眠れないんだよ。だから、君のそばにいる」
「私が陛下のベッドの横に座ります。ですから、陛下はベッドに入ってから、私の精神世界で漫画とか読んで時間を潰したらいかがですか?」
私の提案に王は首を横に振った。
「嫌だ。アニエラはベッドから出ちゃ駄目だよ」
王様を奴隷のベッドの横の床に座らせておくわけにもいかないんだよ。駄々っ子か。
「でも、漫画は読む」
オリヴィエ王はそう言って、精神世界を作り出した。
私がかつて日本で暮らしたのぞみさんの部屋が広がる。
そこでの私の指はきれいだ。
オリくんは私を見て、今まで以上に号泣した。
「僕、守れなかった。王様なのにきららちゃんのこと守れなかった」
おい、泣くな。
そのレベルの泣き方は、仲間を守れず、死なせてしまったやつの泣き方なんだよ。まだ生きてるんだよ、こっちは。
「だって、僕、王様だし、きららちゃんの彼氏なのに守れなかったんだもん。わーん」
あ?
「ねえ、今、なんて言った?」
「僕、きららちゃんの彼氏だって言った!」
私、今、衝動的に、こいつの首を絞めたくなった。人間だもん。イミフなこと言われたら、変なこと考えちゃうんだよ。
「オリくんは私の彼氏じゃないよ。私の彼氏面をいつもしてる可愛い二十歳の成人男性だよ」
「違う、僕、彼氏だもん!」
オリくんはキッパリと言い張る。
「どうして、そうなったの? 私はオリくんの彼女になってもいいよって言ってないよ」
私には好きな人がいるんだよ。
オリくんはひっくひっく言いながらも次第に泣き止んできた。
「きららちゃんは僕の彼女じゃないよ」
うん、そうだね。
オリくんは堂々と、
「僕、きららちゃんの非公式で非公認の彼氏だもん」
非公式で非公認の彼氏。パワーワード過ぎる。
「だから、僕、ちゃんと彼氏だもん」
私は脳内で、かつて日本で聞いた単語を思い出していた。
『自称フリーター無職の被疑者』
それと一緒じゃん。
私はため息をついた。
「私を彼女にしたところで良いことなんてないよ」
オリくんは、
「きららちゃんにはあるよ。僕といくらセックスしても子どもできないからさ、きららちゃんが性欲持て余したときにもぴったりだよ。僕、すごくやる気ある」
自虐も使いこなすようになったオリくんに、私はすっかりタジタジだ。
「いいよ。やる気見せてくれなくて。大丈夫だから。私も子ども産めないからさ」
「でも、僕以外とセックスしたら、僕絶対相手の男を許さない。王様だから、結構色々とできる」
オリくんは強い口調で言った。目が本気だ。やる気だ。
私は慌てて、
「大丈夫だよ。私、まーちゃん以外に好きな人いないし、セックスするような相手いないから」
「知ってる。でも、僕は本気だからね」
うん。そういうオーラが漂ってる。
私は困ったなーと思いながら、
「オリくんは基本的に可愛いよ。それで、王様の仕事をしてる時はとってもカッコいいよ」
「うん。僕もそう思う。それはもっと自信ある」
自分で言えるのもすごいよね。
「だからさ、私以外でいい子見つけなよ」
「嫌だ」
「だって、絶対、オリくんのこと好きになる子いるって。私もまだまーちゃんのこと大好きだしさー」
オリくんはすねたように、
「だから、僕、非公認で非公式の彼氏でいい」
困ったなー。
オリくんは言葉を続けた。
「それに、カッコいいとか可愛いって心の底から言ってくれるのきららちゃんだけだよ」
「えぇっ!?」
こ、こんなに可愛くて、かっこいいのに?
無条件で、抱きしめたり、頭撫でさすりたくなるくらい可愛いのに?
「うん。そうだよ。僕のことを王のくせに情けないとか頼りないとか運動音痴とか思ってる人のほうが多いよ」
そして、とても言いづらそうに、
「あと、子種がない無能だって……」
「オリくんは王様としてきちんとお仕事してるし、可愛くてかっこいいよ」
オリくんはさっきまでの泣き顔が嘘のようにニコニコと微笑んで、
「僕、可愛くてかっこいいでしょ!」
「うん。それに、誰よりも優しいし。だから、絶対、可愛い彼女できるよ。私以外の女の子とちゃんとした恋しなよ」
オリヴィエ王は私の目を見て、ハッキリと、
「それは嫌だ。でも、僕のこと可愛いとかカッコいいっていっぱい言ってほしい」
「いいよ」
「僕が眠るまで言ってほしい」
「わかったよ。いっぱい言ってあげるよ」
私はオリくんが寝落ちするまで、とにかく褒めたよ。
しばらくすると、まぶたがどんどん重くなって、すやすやと寝息を立て始めた。良かった。
彼が眠りに落ちると、精神世界も消え去って、私は現実に戻された。
秋の深夜らしいひんやりとした空気と静けさに、心も思わず静まり返った。
床にはオリヴィエ王が眠っている。
ずっと寒い中、私が起きるのを待っていたんだよね。寒かったよね、ごめんね。
私はベッドに彼を運ぼうと、ベッドから出た。
その時、ドアが開く音がした。
こんな深夜に? と思って、私は王の前に出て、身構えた。
すると、入ってきたのは、リュミエール様だった。
陛下の様子を見に来たのだと思う。
「アニエラ、何をしてるのですか?」
「私のベッドの近くで、お眠りになった陛下をベッドに運ぼうと思いました」
「寝ないといけないのは、陛下よりお前の方です。とっととベッドに入りなさい。全く困った王様ですね」
そう言って、リュミエール様はオリヴィエ王をベッドへと運んだ。
私も言われたとおりに、ベッドに入った。
リュミエール様が私に向かって、
「アニエラ。感謝しますよ。オリヴィエ王を守ってくれて本当にありがとう」
その顔は涙ぐんでいた。
「当然のことをしたまでです」
「ですが、あまり無茶をしてはいけませんよ」
リュミエール様はいつものクールな言動に戻っていた。
「無茶なんてしていません」
「はあ。お前も困った女の子ですね。腹は空いてませんか?」
「ちょっと空いてます」
「そうでしょうね。今、ミルクでも持ってきますからね」
リュミエール様が部屋を出ていった。
私は天井を見上げた。
ねえ、まーちゃん。
オリくんは本当に可愛くて、カッコよくて、優しいんだよ。
だから、私みたいな女の子でも好きになっちゃうんだろうね。
これっぽちも騙してないのに、騙してる気分になって、少しだけ罪悪感で胸がちくりと痛いよ。




