馬上試合に行くよ
まーちゃんへ
今日は馬上試合当日だから、朝からオリヴィエ王はすっごく緊張している。
そして、王の着替えを手伝う私に向かって、
「ぼ、僕、ぜ、絶対勝つからね。あとで、どんな感じで勝ったか教えてあげるね」
「わかりました」
目が泳いでいるから、強がっているのが丸わかりだよ。
いいよ、私相手にカッコよく見せようとしなくてもさ。
一通りの身支度を終えた王は食堂へと向かった。
王の身支度を一緒にしていた侍従の人が、
「アニエラ。王は勝てないよ。あの人、昔から誰と戦っても勝った試しがないんだよ。しかも相手がカシェだろ」
私は意外に思って、思わず尋ねていた。
「カシェ様はお強いのですか?」
「強いよ。あいつは馬鹿だけど、魔法も剣も両方できる文武両道なんだよ。馬鹿だけどな」
二回も言う辺り、カシェの馬鹿っぷりは宮廷でも有名みたい。
私は部屋に行き、小説の執筆を再開した。
物語はアレクサンドロス大王が砂漠の国エジプトを征服し、アレクサンドリア市を建設する部分に差しかかっている。
今日も調子よく書くことができていて、気持ちがいい。
だけれども、水を差すように扉がノックされ、リュミエール様が渋い顔で入ってきた。
私は嫌なことが起きたんだと瞬時に理解しつつ、
「どうかされましたか?」
「我々も馬上試合に行きますよ」
私はハッとなった。悪い魔法使いが出たのかもしれない。
リュミエール様がそれを察して、
「安心しなさい。我々は命令によって馬上試合の観戦に行くのです」
誰の?
オリヴィエ王が、自分の無様を、私たちに見せるとは思えない。
リュミエール様は誰の命令なのかは決して言わない。
私が、
「鏡を持っていってもいいですか?」
「構いません」
こうして、私たちは馬上試合へと行くことになった。
いつもの馬車ではなくて、リュミエール様は王妃専用の馬車へと迷うことなく歩いていく。
私が戸惑っていると、それを察したリュミエール様が、
「セリーヌ王妃陛下の慈悲により、観戦に行けるのですよ。御慈悲により、王妃陛下と同じ馬車に乗れるのですよ」
ありがたがるような口調ではなくて、ゆっくり実況並みの棒読みで言った。
馬車の中にはすでにセリーヌ王妃と侍女が座っていた。
セリーヌ王妃は、
「遅かったじゃない。王妃を待たせるなんて、使用人と奴隷の分際で良いご身分ね」
「申し訳ございません」
リュミエール様が頭を下げたので、私も下げた。
王妃は私に向かって、
「あなたも王が無様に負けるところを見たいでしょう?」
興味がないから見なくていいよ。
でも、そんなこと言えないからさ、こういう時は伝家の宝刀の出番だよ。
「私には馬上試合がなんなのかわかりません」
わかりません言っときゃ大丈夫。
「やあね、馬鹿で。王もあなたも馬鹿で、子どもが作れない同士だから」嘲るような笑みを浮かべ、「とってもお似合いよ」
私とオリヴィエ王のこと意識してるんだ。
周りが勝手にくっつけようとしてるだけなんだけど。
「私は相応しい相手がいれば、すぐにでも可愛い坊やを産めるのよ」
セリーヌ王妃は得意げに言った。
まさか干物女自慢してる?
次には、セリーヌ王妃は私の鏡を見て、
「あらあら、奴隷の分際で鏡を持つなんて、生意気ね。王はあなたにそんなものを与えたわけ?」
私の顔と鏡を交互に見て、蔑むように顔を見上げるようにして言った。
リュミエール様がすかさず、
「この鏡は発動前の魔法を跳ね返すための魔道具です」
「あら、失礼。そうよね。今ですら、路上の物乞いよりはマシというみすぼらしい格好を平気でできる奴隷には、身だしなみの必要すらないわよね」
この人、オリヴィエ王に捨てられた八つ当たりを私たちにしてるんだろうな。
オリヴィエ王は自分から奥さんを捨てるようなことはしないだろうから、この人が何か悪いことをしたのでは?
だから、わざわざ、宮廷に王は子種がない、後継者は王弟であると公表しなきゃいけなくなったのでは?
知らないけどさ。
でもさ、普通、王が僕は子どもを作れませーんなんて、公に言うものではないと思うんだよ。
なんかそのあとも、嫌味みたいなの言われたけれど、私にとっては馬車の車輪の音と一緒。つまりBGMだね。
王妃は私たちが口答えできないのをいいことに、嫌らしい笑みで言い続けてるよ。
なんか、可哀想に見えてきた。
いいよ。
私で良ければ。
いっぱい私に嫌味言いなよ。
私、そういうの慣れてるから。
でも、私を的にしたところで、あんたは心から幸せにはなれないけどさ。
早く、本当の自分の幸せ、見つかるといいね。




