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思いとどまってほしかった(オリヴィエ視点)

 それから、王の義務を果たすために、セリーヌの元へと向かった。

 今はリュシルとは寝ていない。僕がいくら頑張ったところで、彼女は妊娠できないからだ。


 部屋に行くと、セリーヌは笑顔で、

「ねえ、あなた、提案があるの。とってもいい提案よ」

「なんだい?」


 僕は彼女の負の感情を視て、背中がゾクリと蠢いた。でも、それを微塵も見せずに、無理やり口角を上げた。


 人の心が否が応でも見えてしまう僕にとって、彼女の言いたいことが事前にわかってしまう。

 けれど、人間っていうのは直前に思いとどまって、言わないこともあるから油断はならない。


 だから、セリーヌ、思いとどまれよ。


「私、どうしてもあなたの子どもを生みたいの」


 言ってしまった……。がっかりだよ。


『私も他の貴族の女たちみたいに、自分の子どもを可愛がりたい』


 僕は悲しそうに見えるように目を伏せながら、

「それは無理だ。僕は子種を持っていないんだから。子どもが欲しいなら、君は違う男性と結婚するべきだ」


 セリーヌの心の中が、さらに黒いモヤで覆われていく。心の奥ある隠された本音が湧き上がってきた。


『私は王妃よ。貴族として、あんたにかしずくのも、この国の全ての貴族たちからちやほやされなくなる人生も絶対に嫌』


 そんな気持ちで、王妃をしてたのかよ。

 絶対に、君は、王妃を続けちゃいけない人間だ。


 僕は恐怖で身が竦んだ。


 セリーヌは微笑んだまま、

「無理じゃないわ。私が極秘にあなた以外の殿方と床を共にすればいいだけだから」


 彼女は自分では気づいていないが、その笑顔はあまりにも黒く歪んでいた。


 僕は表情を変えないけれど、呼吸が少し荒くなるのを感じる。

 彼女は僕の恐怖と絶望と失望に気づかないまま、意気揚々と言葉を続ける。


「私は王妃として可愛い王子も授かれるし、あなたも息子を可愛がることができるわ。そして、この国の未来も安泰」


 僕は、僕の血が一滴も入っていない子どもを、可愛がることはできない。


「あなたはあなたで、あの、子どもを産めない奴隷と乳繰り合いなさいよ」


 お願いだからさ、彼女のことまで馬鹿にしないでくれよ。


「ねえ、私の相手として、あなたの弟のクラウスはどうかしら? あなたと血を分けた兄弟だもの。あなたの子どもも同然よ」

 セリーヌは高らかと、明るい声で言った。


 僕は我慢できずに、勢いよく立ち上がった。拳を握りしめながら、

「セリーヌ。僕はもう二度と、君が暮らす区画にも君が寝る部屋にも行かないことにする。僕は帰る」

「あなた」

「あなたと言うな。セリーヌ、僕の妻でいてくれることに感謝してる。だから、今の話は聞かなかったことにする。これは、僕の君への慈悲だ」


 セリーヌはショックを受け、次に、怒りで顔を朱に染めて叫んだ。


「子種がないくせに生意気よ! 子ども生んであげるって言ってあげてるのよ! 私のほうこそ慈悲をあげてるのよ」

「そんな慈悲なら、いらないさ」


 僕は急いで部屋を出て、一人っきりで廊下を歩く。


 涙が溢れ出てくる。嗚咽も混じって、止まらない。


 気がつけば唇を噛んでいた。


 僕は誰かに涙を見せたくくて、顔を服の裾でさっと拭って、無理やり抑えこんだ。


 きららちゃんの気持ちが少しわかった気がした。

 子どもが産めない体だとわかった時、彼女は素直に喜んだ。


 僕は、自分の子どもに暴力を振るうかもしれないなんて思わないでよ、僕がさせないからと言いたかった。


 子どもに平気で暴力を振るった母親と同じ血を持つ自分の血を、残したくないなんて思わないでよと言いたかった。


 母親と君は違う人間じゃないか、だから、僕の子どもを産んでよって君に言いたかった。


「ハアハア」

 自然と早足になったからか興奮してるからか、息が上がり始めた。


 僕は自分の、実の子どもがほしいよ。ほしかったよ。

 王だから、そういう風に教育をされたからっていうのもあるだろうけれど、実の子どもがいたら、僕は何倍も幸せになれるって思ってたんだ。


 でも、もう僕も君と一緒で、子どもはいらない。

 セリーヌみたいな女と僕の血が混じった子どもが、この世に生まれるなんて許せない。


 そして、リュミエールの部屋に駆け込んで泣きながら、愚痴を言い続けた。


 リュミエールは僕が落ち着いた頃に、話を始める。

 僕は彼の言葉に頷いて、すべてを任せることにした。


 そして、僕は無力感に苛まれたまま部屋へと戻る。


 寝室に行くと、アニエラがベッドの上でひとり静かに座っていた。


 僕には相変わらず、意識していないとアニエラときららちゃんが重なって見えてしまう。


 彼女は今、かなり深くまで集中して、魔法を感知している。


「アニエラ?」


 僕が声を掛けると、彼女はすぐに僕を見た。

「おかえりなさいませ、陛下」


 アニエラは無表情だけど、きららちゃんは安心したような表情で、

『あ、良かった。でも、泣いてる? 何かあった? まあ、世の中には知らないほうがいいことのほうが多いからね』


 良かった? 何が?

「君は何してたんだい?」

「リュミエール様がクラウス様がお住いの離宮に送った伝達の魔法が気になったのです。その魔法には強い危機の感情が込められていました。もしや城内にて危急な出来事があったのかと思い、魔法の感知を始めていました」


『外から、悪い魔法が来たり、お城の中で何かあってオリくんに何かされたら嫌だし』


 僕の事心配してくれたんだ。

 僕はなぜか胸が暖かくなっていた。

「僕に、危険なことは何もないんだ。だから、大丈夫」

「わかりました」


『なら、良かった』

 きららちゃんが安心したように笑った。


「でも、ちょっとしたことがあったんだ」


「そうでしたか」

『そう見える。そうとしか見えない顔してる。ウケる』


 なんで、ウケるんだよ。


「僕、今日からこの部屋で寝る」

「では、お休みの用意をしますね」


『とりあえず、悪い人や魔法がお城に来たわけじゃないみたいで良かった』


 アニエラは手際良く、寝間着の準備をして、僕を着替えさせる。

 僕は、

「明日の朝には公表されるよ。この区画から出ない君の耳にも近日中には入るんじゃないかな。僕の口からは言いたくない」

「わかりました」


『早ければ、明日の午後くらいには私の耳にも入るわけだ。ふーん』


 僕はベッドに入った。

「あのさ、アニエラ。僕が寝るまでベッドのそばに座っててよ」

「はい」


『アハハ。甘えん坊だなー。もう可愛いなー、オリくんは』


 僕はその日、一睡もできなかった。

 アニエラは、きららちゃんは、嫌がることなく、朝までベッドのそばに座っていてくれた。

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