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リュシル様がやって来た

 まーちゃんへ


 私は朝からなんかよくわからない魔法の存在を感じている。この魔法は遠くに存在しているから、王や城に直接の危害はないだろうけれど。

 でも、本当に、本当に、嫌な雰囲気の魔法なんだよね。


 私はその魔法の存在を追うために、部屋の隅の床に座って、目を閉じて、その魔法にだけ集中をした。

 意識を集中させないと、すぐにその魔法の気配が消えちゃうからさ。


 しばらくすると、部屋の隅で、女のひそひそ話が聞こえる。

 部屋を掃除するメイドだと思うけど、こっちは集中してるんだから、静かにしてほしい。


 それから、またしばらくして、私の肩が叩かれた。


 私が目を開けると、見たことのない老夫人がいる。

 メイドじゃない。立派な貴婦人だ。


 私は急いで立ち上がり、挨拶をした。

「ご機嫌麗しゅう。ただいま、家宰様の元へとご案内いたします」


 貴婦人の後ろにいるのはオリヴィエ王の公式愛妾のリュシル様だ。ということは、この貴婦人はリュシル様のお付きの侍女か。


 リュシル様が私の顔を指差し、

「顔に、すごい汗が……」


 私は自分の顔を触ると、確かにびっしょりだ。

 すぐに、ハンカチで顔を拭いた。


 リュシル様は、

「熱でもあるの? 陛下は熱があるあなたを放置してるの?」

「違います。感知した魔法を追うために集中していたのです」


 説明を聞いた彼女はぽかんとしていたが、侍女は、

「それは、陛下からのご命令ですか?」

「いいえ。家宰様の執務室はこちらです」

「あ、あの、私たちはあなたに用があって来たのです。リュミエール殿から許可はもらっています。どうかこのままで話を」

 侍女は慌てて私を制した。


「そうでしたか。では、広間へどうぞ。ただいまお茶をお持ちします」


 要件は多分、なんか変な魔道具の鑑定なんだろうけれど、魔道具を持っている気配はないんだよね。私が区画の外に出向くのかな?


 それも、変なんだよな。

 リュミエール様に依頼が来て、私が兵士に伴われて、そこに行くっていうのがいつもだからさ。


 私は二人にお茶と茶菓子を出し、二人が話すのを待った。

 リュシル様が、

「あなたも座っていいのよ」


 そう言われたから、床に座った。

「ソファには座らないの?」

「私は貴人の方々がお座りになる場所には座りません」


 彼女は不思議そうに、

「普段から床に座っているの?」

「童話を執筆する以外は床に座ります」

「陛下がいても?」

「当然です」

 私は頷いた。


「あなたは陛下に愛されているのでしょう?」

「とんでもございません」

「皆、言ってるわ。陛下はあなたのことが好きなんだって。でも、あなたは床に座らされてるのよね?」

「私は奴隷なのですから、床に座るのが当然です」


 リュシル様はさらに、

「ねえ、あなたってびっくりするくらい地味な格好をしてるけど、可愛いドレスや宝石を買ってもらったことないの?」

「私はそのようなものをいただける身分ではございません」


 こっちは奴隷だっつってんだろ。馬鹿か、お前。

 今の私の格好は茶色い木綿のドレスで、貫頭衣よりマシって感じの地味さだよ。


 ねえ、用件ってもしかして、世間話?

 だとしたら、相手間違えてるよ。だりぃ。帰れ。


 侍女の人が、

「姫様。余計なことはいいですから、本題に入りましょう」

「あ、そうだったわね」


 リュシル様は改めて、

「私もあなたのようにお話を書いてみたいと思ったの。どう書けばいいか教えてくださらない?」


 どうしよう。困ったな。

 今でこそ、アレクサンダー大王をモチーフにした小説を書いてるけど、私の書く話は前世の日本で読んだものの丸パクリから始まったし。

 イソップとかデュマに聞いてよなんて言えないしな。


「私が、高貴な方に教えられるものはございませんし、そのような身分でもありません。先生ならば他にもっと良い方がいらっしゃいます。どうかその方をお招きください」

「でも、私、あなたに教えてもらいたいの。あなたの話はたくさんの人が心待ちにしているのよ。今書いてる戦記物は伯爵を始め殿方に大人気ですわ」


 あ、そうなんだ。

 オリくんの暇つぶしになればいいなって理由で書き始めたんだけど。


 そして、リュシル様は目を伏せて、

「それに、私、可愛くて、子どもが産めそうな年齢以外にこれといって取り柄がないの」


 いい取り柄持って生まれてよかったじゃん。

 わたしとまーちゃんだったら、あんたのこと三十分は説教できるネタだよ、それ。説教できないけどさ。


 彼女は言葉を続ける。

「だから、王とも結婚できたの。編み物も絵画も続かないし、私も何か可愛い以外で褒めてもらえる取り柄が欲しいの」


 侍女の人も否定することなく、

「アニエラ。ぜひ姫様に教えてください」


「は、はい。そ、それじゃ、ご自身が好きな小説とか童話をベースにして、自分だったらこうだったらいいなーみたいなのを書いたらいいかもしれません。最初は子ども向けの簡単なものから初めて」


「そう。それで、伯爵が喜んでくださる話が書けるようになるかしら」

「それはわかりません。人には得手不得手がありますから。リュシル様が書くのが得意なお話が伯爵様が好まれるものとは違うかもしれないからです」

「そうなの」

 露骨にがっかりしているんだけど。


 あんた、オリヴィエ王っていう立派な旦那がいるじゃん。

 執念深いし、嫉妬深いし、泣き虫で、好きな人のことは一から十まで知らないと気が済まない束縛魔だけどさ。

 でも、殴らないし犯してこないし暴言吐いてこないし、誰にでも優しいいい人だよ。


 こんないい人が旦那さんなのに、なんで、よその、よりによって、同性愛者っぽい男を好きになるかな。


 リュシル様は立ち上がり、

「私も頑張って何か書いたら、持ってくるわね」


 え? 持って来るの? やめろ、だりぃ。


 それから、部屋を出る時、

「私、あなたは奴隷なのに王様に愛されてるから、もっと大切に大事にされてるのかと思ってた」


 は?


「でも、実際はいつも床に座ってるみたいだし、汗かくまで仕事させられてるし、城にいる誰よりも地味で質素でダサい服着てるし、あまり大事にされてなくてなんだかとっても可哀想。だから、なんか安心した」


 お前みたいなのが、ド底辺見て安心するなよ。


「王は優しいけれど、いつも表面的な感じがして、一緒にいて落ち着かないの。でも、今わかったわ。私は、私相応にしか大切にされてなかったからなのね」


 なんて答えれば良いんだよ。


「それはあなたも同じなのね。あなたも私もここでただ役目をこなすだけ。そこに王の愛があるかないかだけの違いでしかないのね。でも、あったところで、そんなに違いはなくて」


 王が私のこと愛してるってなったら、私が困るんだよ。

 愛してねーよ。愛されてねーよ。


 公妾なら、愛される努力しろよ。全力で応援してやるからさ。


 私はハッキリと、

「王に愛されたかったら、努力をしたほうがいいですよ。あの方はあー見えて、扱いが難しい方ですから」


 言っちゃたよ。もういいよ。なんかの罰を受けようが受けまいが知るかよ。


 リュシル様は笑顔で、

「ううん。もう王には愛されなくて良い。でも、私がこの城に暮らす限り、時々、あなたの下に来るわね。あなたは私のお話の先生なんだもの。またお話しましょ」


 だから、来るな。


 リュシル様と侍女は部屋を出ていった。


 私が茶と茶菓子を片付けていたら、侍女の人だけが戻って来た。


「アニエラ。リュシル様とどうか仲良くしてちょうだい」

「わかりました」

「私はあの方に子どもの頃から仕えてきたけれど、ご両親から、容姿以外に取り柄がないから、地位の高い殿方と結婚して子どもを生むしかないと言い含められてきたのよ……」

「そうでしたか」


 それが、貴族の女の普通の人生じゃんか。


「だから、動機はどうあれ、ご自身から動かれることは珍しくて……。王のために非常に重要なお仕事をしているのは重々承知だけど、なにとぞお願いいたします」

「はい」


 侍女の人は去っていった。


 私は部屋に戻った。


 まーちゃん、日本でも、異世界でも、惚れたはれたは面倒くさいね。

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