お給料をもらったよ
まーちゃんへ
リュミエール様が朝ご飯と一緒に、ちっちゃな袋を私に手渡した。
私は開けて確認すると、日本にいた頃、写真で見た中世ヨーロッパの硬貨にすごく似てる。
わー、こっちの世界でもこんなのあったんだー。てっきり貝殻か物々交換だと思ってた。
リュミエール様が、
「アニエラ。それはお前の給金です。奴隷ゆえに、額は少ないですが、春と秋の二回支払われます」
「わかりました」
「誰にも取られないように、しっかりと仕舞っておきなさい」
「はい」
朝食後、私はお金を改めて確認した。
裏と表で模様が違う。
ってことは、もしかしたら。
私は表二枚で、裏側を挟んだ。裏側をひっくり返す。
おぉ、オセロができる。
私は一人オセロを始めた。
戻ってきたリュミエール様が不審げに、
「お前は何をしてるのですか?」
「この丸いので挟んで、裏表を変えています。模様が多いほうが勝ちです」
「……お前は金をなんだと思っているのですか?」
「え?」
リュミエール様は私を見つめ、
「お前は、今まで、金を見たことはありますか?」
「ありません」
「どのようなものなのか説明を受けたことはありますか?」
「ありません」
「はあ。とりあえず、大切なものなのですから、仕舞いなさい」
そう言って、改めて部屋を出ていった。
夕方、部屋に戻ってきたオリヴィエ王が、私のお給料を見せろと言ったので、見せたところ、
「うわー、これが、メダルなんだ」
現地人のくせに私以上に感激してるじゃん。
「僕、王様だからさ、お金を触ったことないんだよ。欲しいものは全部持ってきてもらえるし。なんか嬉しいよ」
リュミエール様がオリヴィエ王に、
「陛下。それはアニエラの金です。彼女に返してください」
「そうだね」
オリヴィエ王からお金を受け取った私は、机の引き出しに仕舞った。
リュミエール様が、
「陛下。お話があります」
「ん? 何?」
「明日、アニエラを城下に連れていきます」
「え? なんで? やめてくれよ、誘拐されたらどうするんだよ!」
「護衛をつけます。目を離しません。ついでに、私がアニエラのお手々を一緒に繋ぎます」
「だから、なんでさ! 絶対に手繋いじゃ駄目だってば!」
オリヴィエ王は激しい抵抗を示すけど、リュミエール様はキッパリと、
「常識がないからです。金の扱いは奴隷にとっても必要最低限の常識です。実際に町や店に連れて行って、どのように使うのか教える必要があると判断しました」
「僕も、店で、どのようにお金を使うのか、教えてもらいたいな」
「陛下にその必要はありません」
翌日、私はリュミエール様と護衛の兵士数人に付き添われて町に行くことになった。
いつも兵士の人たちは、鎧を来ているけれど、今日は私服みたいな服を着てる。
私は初めて、自分の足で、城下町に立ち、歩き出した。
時々馬車で通るとはいえ、自分の足で歩くと全然景色が違う。
つい辺りをキョロキョロしてしまう。
お城も色々な人が出入りしているし。
リュミエール様が、
「ここがセリニアの城下です。珍しいのはわかりますが、はしたないのできょろきょろと辺りを見回してはいけません」
「はい」
私はまっすぐ見つめた。
リュミエール様は歩きながら、言葉を続ける。
「いいですか、アニエラ。この辺りの城は大抵が丘の上に建てられています。道中には貴族たちの屋敷が連なっています。ほら屋敷が見えてきましたよ」
右に左にと一軒家が立ち並んでいる。
どの家も庭があって、庭には花や樹木が植えられている。
歩き進めると、家も庭も段々と小さくなっていく。
「そして、貴族の屋敷が立ち並ぶエリアを抜けたその先に広場や市場があるのです。ここからが、貴族ではない庶民たちが暮らす場所ですよ」
「はい」
「広場には大きな商会やギルドの本部があり、王室や領主とも関わりがあります」
市場に出ると、貴族の住むエリアよりも人が多くて驚いた。
すっごく人と人の距離が近いんだけど、私はがっちりと兵士に囲まれているから肩がぶつかるみたいなことは一切ない。
たくさんの馬車や荷車が頻繁に行き交うし、どこからか食べ物のこうばしい臭いもする。なんだかとってもおいしそう。
そして、職人と思われる男性の叫び声が響く。なんかパワハラ親父って感じ。
あまりの騒がしさに、私の頭はくらくらしてきた。
リュミエール様は、
「お前には刺激が強すぎたようですね。少し食堂で休みましょう」
私は初めてこの世界の食堂に入った。
地球の食堂みたいに、椅子とテーブルがあって、カウンターがあって、そんな感じ。
でも、私はそこに座ることなく、個室に入った。
リュミエール様が、
「町はどうでしたか?」
「すごく面白かったです。また来たいと思いました」
「それは諦めなさい。おそらく今日がお前の人生で、最初で最後の町歩きです」
私は驚いて、ちょっとだけ目が開いちゃった。
まさかここまで強く断言されると思わなかったからさ。
リュミエール様は、
「お前は将来、奴隷から解放されるかもしれませんが、王は生涯、お前をそばに置きます。それと、お前の魔法感知能力は高すぎて、町を歩くと誘拐される恐れがあります」
「はい」
「それに、宮廷内にだってあわよくば、お前を誘拐してしまおうと考える貴族が少なからずいるのも事実です」
なんとなくそういう人の気配は感じてたよ。
リュミエール様は淡々と、
「だから、お前は王の居住区画から出ることすらままならない。出る時は必ず兵士が付き添う。これがこれからも続くお前の人生です」
まあ、元がムーンブルクの王女でもあるしね。
そして、彼は言葉を続けた。
「しかしながら、お前はルキスに将来、危機に巻きこまれると予言されています。もしも、城から離れてしまった時は丘を登るか広場を目指し、貴族家か大きな商会に逃げ込みなさい」
「はい」
「その貴族や商会が王に反していなければ、必ず王の奴隷であるお前を王の元に届けます」
「はい」
丘か広場ね。
部屋に店の人が入ってきて、注文を聞いた。
リュミエール様は、
「人間というものはどのような身分であろうと、金の使い方は最低限必要な知識です」
「はい」
「だから、店での注文の仕方も教えてやりましょう」
リュミエール様はレモネードを頼んだ。
私も同じ物を頼んで飲んだ。甘くて酸っぱくておいしかった。
それから、花屋に行って、お花を買った。
「これで、金の基本的な使い方は学びましたね」
「はい」
「それでは、帰りますよ」
「わかりました」
お城に向かって丘を登っていると、向こうからやって来たひときわ豪華な馬車が道路の真ん中でいきなり止まった。
後ろの馬車の馬が驚いてるよ。
馬車に書かれた紋章を確認したリュミエール様が小声で、
「……あの紋章は。チッ。クタバレ、クソが」




