お人形遊びを始めます
結界の中に広がった王宮のような一室の内装は悪趣味なくらいにセンスが悪い。
ヴェルサイユ宮殿とか見習ったほうがいいんじゃない? あ、この世界にはないから、見習いようがないか。
そして、目の前にいる私も、豪華なドレス姿。
ドレスには幾重も宝石が縫い込まれていて、キラキラしてる。
あまりにもキラキラしすぎて、悪趣味になってんじゃん。
偽物の私は、私に微笑んで、
「いつまで奴隷に身をやつしてるの? 本当のあなたは、こんなにきれいなドレスを着て、誰からもかしづかれながら、愛されながら暮らすことができるのに」
私は何も言わない。
偽物は言葉を続ける。
「オリヴィエ王はあなたの生まれた国を滅ぼし、家族も殺したのよ。取り戻したいと思わない? 取り戻せば、今の私が、あなたの未来になるのよ。キラキラのドレスを毎日着れて、誰からも大事にされるのよ」
まるで、夢のような理想の未来を、偽物は語る。
「人の心を平気で覗く卑劣な人間が」
私は偽物に向かって走り出した。
私が、何か、言葉を、投げかけたら、どのような結果になるかわからない。
「いつまでもあなたとあなたが生まれた国を支配していいわけないわ。ルーンブルクの再興を一緒に立ち上がりましょう」
私は偽物の左側に立って、偽物の頬に思いっきりの左ストレートを決めてやった。
地球にいた頃、軍隊上がりの隊長のボクササイズ動画で、何回もやっていたから、やり方は分かってる。
筋力はないけれど、いきなりの不意打ちだったから偽物が座りこむには十分だった。
人形には傷一つついていないから、問題ないし。
私は偽物に馬乗りになって、顔面を何度も殴った。
私の友達は、人の心を、平気で、好き好んで、視ているわけじゃない。
馬鹿にするなし。殺すぞ。いや、殺そう。
結界の外が騒がしい。
私は偽物に向かって、周囲に聞こえないくらいの小声で、
「本当の、私が望む、理想の未来を、出したら、許してあげる」
「出します! 出します! だから許して! 痛い!」
偽物の私はボロボロになりながら言った。
偽物の私の体が溶けていく。
私は離れた。
でも、うまく再現できないみたいで、動く泥のような塊ができるばかり。
つまり、この魔道具は本当の私であるきららまでは見通せないんだな。
私はまた小声で囁いた。
「じゃあ、二番目に私が望む未来を再現したら許してあげる」
そうしたら、すぐに形が変わった。
そこにいたのは、血を流しながら、横たわるアニエラの私だった。
おびただしい暴行を受けたと思われる損傷の激しい私。
その光景を見て私は思わず笑っていた。これでも人がいるからこらえてる。
一方の、外にいる人たちは驚きの悲鳴を上げる。
魔道具がショックを受けたのか、王宮の一室も偽物の私もきれいに消えた。
私は振り向いて、
「魔道具の作動が終わりました」
結界が解かれてから、私は魔道具の説明を始めた。
「この魔道具には妖精のようなものが封じられていて、特定の血筋の者に反応し、化けて未来を見せます」
「先程のドレス姿のアニエラが未来ということか?」
オリヴィエ王の問いに、私は、
「未来と言っても見せかけの未来で、諍いや戦乱を起こすために、誘導することが目的です」
リュミエール様が、
「特定の血筋というのは?」
「王族や身分が高い方だと思われます」
彼はさらに、
「魔道具は最後にお前の死体となりましたね。あれはなんなのですか?」
「わかりません」
私はしれっと嘘をついた。
オリヴィエ王は私の記憶を視て、結界内での私と魔道具のやり取りを確認している。
彼に嘘をつくことは不可能だ。
客人であるレビジュ様は人形を残念そうに手に取り、
「争いを誘発するだけならば、使い道もありそうでしたが、反応するのが王族などの貴人とあっては使い所がありませんね」
そう言いながら、宮廷魔術師に人形を差し出した。
「この人形は皆さんで処分なさってください。謀反を疑われてしまっては商売上がったりですから」
そして、私の方を向いて、
「その細腕で、魔道具が作った像を殴るとは、随分と面白い奴隷だ」
「魔道具に封じられているものは、言葉につけこんで、力を使う存在のようでした。そのため、魔道具の発動を終わらせるためには言葉以外が必要でした」
「そういう理由か。では、納得だ」
リュミエール様が、
「我々は役目を終えたようなので、これにて失礼いたします」
「待ってくれ。王よ、その奴隷を、俺に譲ってください。面白いものや賢いものを収集するのは俺の趣味でね。金ならいくらでも積みますし、優れた魔法感知能力を持つ奴隷なら他に用意しますよ」
「断るよ。彼女の代えは利かなくてね。リュミエール、奴隷を連れて下がれ」
「御意」
リュミエール様と私は部屋を後にした。
いつもの王の私室に戻ってから、リュミエール様は私の指を見た。
「殴ったせいで赤くなってしまっていますね」
「私では、あれ以外に魔道具の発動を止める方法がありませんでした」
「仕方ないと言いたいところですが、体に傷をつけるような行為は慎みなさい。王が悲しみます」
「はい」
私は机に座って、童話を書く仕事を再開しようとしたところ、リュミエール様が、
「疲れたでしょう。少し休みなさい」
「はい」
私はペンを置いて、窓の外をぼんやりと見た。小高い丘の上に立てられているから、城下の建物がよく見える。
別に変わり映えしない風景だけれど、目を休ませるにはちょうどいい。
リュミエール様は他の使用人たちに用があって、部屋から出ていった。
しばらくすると、オリヴィエ王が部屋に入ってきた。
私は椅子から立ち上がり、いつもどおりの言葉を言う。
「おかえりなさいませ、陛下」
オリヴィエ王は間髪入れずに、
「あのさ、僕は君が死んじゃうの絶対に嫌だからね! 死なないでよ、命令だからね」
「わかりました」
でも、まーちゃんに会いたいな。
会うためには日本に戻らなくちゃいけないし。
「その気持ちは否定しないけどさ、次の転生先が日本だなんて誰にもわからないんだよ」
そこは根性だよ。
オリヴィエ王はソファに座って、
「お茶飲みたいな。持ってきてよ。そうだ、君も水くらい持ってきなよ」
「はい」
私は部屋を出て、区画内の侍従に、王が茶を所望していることを告げた。




