離婚しよう(オリヴィエ視点)
とある平日の昼間。
丁度、お茶の時間を迎えた頃、僕はセリーヌとリュシルを僕の私室へと呼んだ。
今、アニエラはリュミエールの部屋にいてもらっている。
セリーヌは部屋の隅に置かれたアニエラの机を見やり、
「まだ子供騙しを書かせていましたのね」
「そうなんだ。彼女の話を喜んでくれる人もいるからね」
僕は静かに言った。
リュシルとその侍女はセリーヌの手前とても大人しく立っている。
「本題に入っていいかな?」
僕の言葉に、セリーヌは自信満々に微笑んで、
「もちろんですわ」
彼女の胸中には、運命の魔術師の言葉をやっと自分に伝えてくれるのだという安堵と共に、どんな結果であろうと自分の有利は変わらないという強い自負があった。
一方のリュシルは緊張している。セリーヌに快く思われていないことを理解しているからだ。
僕はキッパリと言い放った。
「僕は子種を持っていない。運命の魔術師はキッパリと言ったよ」
セリーヌは想定の範囲内だったので、声を上げて笑った。
「たとえ、カイロス族の一員であろうとも、運命を見通す魔術の成功率は低いのですわよ。そんなのは嘘っぱちですわ」
僕は静かに、
「運命の魔術師は君たちには懐妊のチャンスがあると言った」
彼女の顔色が変わった。
心の中に淡い期待が広がっているのが視える。
「ただし、僕の妻である限り、そのチャンスは永遠にないそうだ」
この言葉で、彼女の心は失望で溢れた。ありがとう、僕の子どもを心から望んでくれて。
僕は淡々と言葉を続ける。
「君たちには二つの道がある。離婚して、違う男と結婚するか、僕の妃として子どものいない生活を送るかだ」
セリーヌは強がって鼻で笑った。
「あなた以外の殿方とですって?」
新しい人生や王妃の座を失うことへの恐れが視える。
「君は僕の許婚として、幼い頃から、教育を受けてきたよね。だから、そう思うのも無理はない。僕は君が、子どもを熱望しているのを知っている。だから、僕は君にこのまま妃でいてほしいと絶対に言わない」
彼女は心の中で、
『それはアニエラのことが好きだから? 私を捨てたいの?』
僕は淡々と、
「君が王妃として居続ける限り、僕はアニエラとは肉体関係は結ばない。でも
、子どもが欲しいなら、僕と一緒にいてはいけない。離婚したら、僕も君の新しい縁談のためにサポートするよ。子どもが欲しいなら、早いほうが良い」
今の言葉で、セリーヌの心が傷ついたのがわかる。
でも、僕だって引けないんだ。
彼女はリュシルと自身の侍女に言った。
「王と二人っきりで話をしたいので、部屋を出ていきなさい」
言われた彼女たちは、怒りを買うのが怖くて、素直に部屋を出た。
セリーヌが真っ直ぐな瞳で、
「私はあなたとの子どもを設けることができると信じていますわ」
「それは無理なんだよ」
「私はあなたを深く愛しているんですの」
「今の僕は君を正直愛していないよ。昔の僕は君に、共に国を支えて守るための同志として、心から愛していたよ。でも、君が望む愛は違うよね」
「そうですわ。妻として、女として、愛されたかった」
「ごめん。でも、それが僕の、妻となった女の愛し方なんだ。女としてみていないわけじゃない。ただ、アニエラに僕が抱いているような浮ついた恋心を君には抱けないだけなんだ」
セリーヌはショックを受けている。
君も、僕と恋をしたかったんだね。
でも、わかってくれよ。
僕たちの立場をさ。
そんな浮ついていられるかよ。
それに、僕はもう本音を偽らないと決めたんだ。
「僕は、君が一番だったよ。リュシルを迎えてからも。でも、君と来たら、ちょっとのことで不安がって、僕を責めるような態度になったじゃないか」
僕は言葉を続ける。
「僕だって、公式愛妾は断りたかったさ。リュシルとは気が合わないしさ。でも、君と離婚するか愛妾を迎えるかって言われたんだ! 君と一緒にいたかったんだよ、その時はさ」
「私と……離婚? 周囲の者たちが?」
「そうだよ。その時はまだ、子どもがいない原因が僕だってわかっていなかったからね。新しい女をあてがえば、生まれるだろうって浅く考えたんだよ」
彼女は言葉が出てこないようだった。
僕は、
「今の僕は君に一切の愛情はないんだ。でも、君と王夫婦として、一緒に今まで通り、国を守ることはできる。君が望んだ夫婦の関係じゃないけれど、僕は君を人生でいちばん大切で重要な女性として扱い続けることができる」
僕に愛されたいセリーヌは訴えかけるように、
「私の心を視てください。いかに私があなたを愛しているかわかるはずですわ」
「いいよ。君の心を、一緒に視よう」
そう言って、僕はセリーヌの精神世界を再現した。
場所は王妃の寝室の扉の前。
いきなり、風景が変わったことにセリーヌは驚いたが、
「君の心を君自身にも視えるようにしただけよ」
「そ、そうですの」
彼女は動揺しているが、すぐに平静に戻った。
「この扉の向こうに君の本音があるみたいだ」
「わかりましたわ」
セリーヌは扉を開けるために手を伸ばす。
愛があったところで、僕は君に子どもを授けることはできないというのに、君はまだ愛と金と権力で全てを乗り越えていけると信じていて悲しい。
ガチャリとドアノブが回る音がやけに大きく聞こえる。
扉を開けた彼女は、目の前に広がっていた惨劇に思わず絶句した。
部屋赤黒いシミと、鉄やセックスの臭いが広がっていた。
ベッドの上で、全裸のセリーヌは横たわる僕に馬乗りになって、繋がっている。
その両手には血に染まったナイフがしっかりと握られていた。
そして、横たわる僕を何度も突き刺し、周囲には赤い血が飛び散る。
『王妃なのに、子どもを産めないのはあんたのせいよ! 私に子どもを産ませなさいよ! 動きなさいよ! 子種を出しなさいよ!』
彼女は返り血を浴びながら、絶叫を止めようとしない。
『リュシルみたいな女を受け入れたのよ! 私が一番じゃないと嫌なのよ! 私だけを見て! 私を、私を、よくも蔑ろにして! コケにして!』
セリーヌの顔は怒りと憎しみで歪み、僕の顔は破壊されて、見られたものじゃなかった。
自分の心を視たセリーヌは、僕への怒りと憎しみを初めて自覚し、汚れたものを見るような目で僕を見た。
「これが君の本音だ。僕は君を傷つけるつもりはなかった。でも、君は僕のせいで傷ついていった。そのことについては本当に悪かった。本当にごめん」
僕の言葉を受けても、セリーヌは怒りが収まらない。
僕は、彼女の中の僕への愛のようなものが消え去ったのを視た。
それでも、彼女はプライドと意地と執着心で、自分の本当の気持ちにフタをした。
彼女は目を細めて、微笑み言った。
「私は王妃として育てられた女ですわ。王妃として、あなたの子を生みます。今日の夜は、私の部屋に来る番ですわね。きちんと来てくださいましね」
「わかったよ」
僕は刺される自分を見ながら言った。
精神世界から戻ると、セリーヌは何事もなかったかのように部屋を出ていった。彼女の香水の上品な香りだけが、残っていた。
まるで、彼女の思いの強さを香水が代弁しているようだ。




