運命の白い糸
まーちゃんへ
今日は朝から、オリヴィエ王がリュミエール様にぼやき始めたよ。
「はあ。僕の運命を視る魔術師はまだ見つからないの?」
「王妃陛下が城下中の運命を視る魔術師に金をばらまいて、圧力を掛けました。公平な魔法は期待できないかと。それでもいいのなら」
「良くないよ。じゃあ、毎日送られてくる白い糸の主に頼むしかないのか」
お二人は、部屋の隅に座って、白い魔法の糸を掴んで遊んでいる私を見た。
この白い糸はお二人には視えないんだよ。
とってもきれいで、きらきらしてるんだよね。
リュミエール様が、
「信頼できる人間とは限りません」
「それは、僕がそいつを直接見ればわかるよ」
「怪しい人間を城内に入れるわけにはいきません」
「じゃあ、僕が会いに行くよ」
「それはもっといけません」
この白い糸は運命の魔法の使い手の運命。自身の運命を白い糸状にして、毎日、届けてるんだよね。
自分の運命は、あなたの元にあり、あなたの運命は私の元にあると主張しているよう。
オリヴィエ王が、
「そいつは男なのかな、女なのかな?」
「どうでもいいことを気にされますね」
今、魔法の主は徐々に近づいている。明日には城に到着しそう。だから、明日にはわかるよ。
オリヴィエ王が驚いたように、私に向かって、
「明日には城に来る!?」
リュミエール様が、
「そうなのですか? アニエラ?」
私は頷いた。
「魔法の主は確実に一歩一歩、まっすぐにこちらを目指しています」
私は城から出ることがほとんどないから、詳しい地理はわかんない。だけど、魔法の主の毎日の移動距離を考えると、明日には城に辿り着く。
この運命の魔法には迷いがない。
しっかりと、これが、自分の正しい運命なのだと、確信を持っている術者だ。
リュミエール様が、
「いきなり来られても困ります。一般の住宅だって見知らぬ人間を家に上げないように、城だって同じなのですから」
私は白い糸を握った。とても大切なものに思えたから。
「アニエラ。その魔法をかき消して」
「はい」
ムスッとした表情をしたオリヴィエ王にきつく言われたから、私は白い糸に息を吹きかけて、消した。
「とりあえず、城内の者に言っておいてよ。運命を視る魔術師が来るって」
「わかりました」
「そいつに僕の運命を視てもらうことにするよ。アニエラの見立てなら間違いないだろうし」
リュミエール様がやれやれと言った様子で、
「セリーヌ王妃が荒れそうですね」
「仕方がないんだ。幼い頃から、僕の許婚として、国一番の女性になるのだ、未来の王様を生むのだと言われて育ってきたから」
オリヴィエ王はやるせなさを隠さずに言葉を続けた。
「だから、僕に子種がないことは許せないし、僕の子どもを産めないことも許容できないはずだ」
そして、肩を落としながら、小声で、
「気が強いのが玉にキズだけど、昔は可愛くて、人間としては好きだったんだけどな」
リュミエール様と私は話を静かに聞いている。
王相手に、おばちゃん同士の世間話のようなツッコミはできない。
王もそれをわかっているから、話を続ける。
「子どもができないせいで、今じゃ、かけ違えたボタンみたいに僕とセリーヌはチグハグだ」
王は俯いて、
「……僕だって、子どもはほしいんだよ。……だから、本当は、運命の魔術師に、自分の運命を視てもらうことがとても怖いよ」
リュミエール様により、明日、城を訪れるであろう魔術師に、王の運命を視てもらうと知らされた城内は荒れた。
主にセリーヌ王妃が。
私は王の私室の一角に設けられた私専用の執筆スペースで、いつものように童話を書いていた。
そこに、顔を真赤にしてやって来たんだよ、王妃様が。もちろん、王妃付きの侍女様たちも付き従っている。
彼女の後ろには、困ったように王専用区画の兵士がいる。
リュミエール様はいない。
オリヴィエ王は仕事の時は自分の執務室とかに行っている。
私は立ち上がって、挨拶をした。
「ご機嫌麗しゅうございます、王妃陛下」
「奴隷の分際で、貴族のような挨拶をするなんて、生意気ね!」
「失礼いたしました」
セリーヌ王妃は怒り狂って、顔まで真っ赤だ。
「あなたが、感知した運命の魔術師は偽物よ! 命令よ! 今すぐ、感知を間違えた! 偽りの魔法を感知したと言いなさい! そうしたら、許してあげるわよ!」
この人も必死なんだ。
世継ぎを生むということに。
地球の歴史では子どもを産めない王妃はとても立場が弱い。
この世界でも同様みたい。
立場は上だけれど、その表情は悲痛そのもので。
この人はもう、気づいているんだろうな。
オリヴィエ王の愛が、自分にはないことを。
だから、子どもを産んで、夫を繋ぎ止めようとしてるんだ。
ここには、今、私を守ってくれるリュミエール様もオリヴィエ王もいない。
私は口をつぐんだ。
セリーヌ王妃が私の肩を、力強く掴んだ。
目を見開いて、瞳孔も開いちゃって。
可哀想な人だなー。
王妃は私の体を激しく揺さぶる。まるで、玩具みたいにガクガクと揺れる私の体。
私は、「離せ、ババア」って掴みかかりたかったけれど、オリヴィエ王の妃を無下にはできない、でも、オリヴィエ王に背くこともできない。
私は一気に体から力を抜いて、その場に倒れたふりをした。
「へ?」
セリーヌ王妃の戸惑いの声が聞こえる。
咄嗟に手を放したせいで、私が床に倒れる。
体に力を入れてはいけない。
元々、受け身なんて取れないんだから、取る必要もない。
頭が机の角にぶつかったが、私は気絶しているふりをしているから痛いと言ってはいけない。
セリーヌ王妃も周囲も慌てているのが、声でわかる。
あー、早く終わんないかな、コレ。
引き出しには、今日のおやつ用として、フルーツがあるんだ。朝ご飯に出されたんだけど、とっておいたんだよ。
早く食べたいんだけど。
部屋に入ってきたオリヴィエ王は王妃に声を上げる前に、私の心の中を覗いた。
だから、先に声を上げたのは王妃だ。
「へ、陛下!」
「セリーヌ、何をしたんだ! この部屋から出ていってもらうぞ!」
オリヴィエ王の叫びが聞こえる。その声からは王妃への怒りがハッキリと滲んでいた。
王はリュミエール様以外には滅多なことだと怒りを表さないから、とても珍しい。周囲の人々も驚いている気配を感じる。
人の足音が遠ざかっていく音がする。
オリヴィエ王が言った。
「全員、部屋から出したよ。アニエラ、だから、もう起きてもいいよ」
私は起き上がった。
オリヴィエ王が私を見て、笑った。
「頭大丈夫かい?」
「あ、大丈夫です。ちょっと当たっただけですから」
私は立ち上がった。
そして、王が言った。
「僕だって、本気で怒ることがあるんだよ」
人間だもんね。
恥ずかしそうに王はもごもごと口を動かして、何かを言った。
小声すぎて聞こえなかった。
「あ、気にしないでよ!」
「はい」
オリヴィエ王はすねたように、
「……少しは気にしてほしい」
「……はい」
えー。どうしろと?
とりあえず、私とオリヴィエ王と慌てて戻ってきたリュミエール様で、おやつにフルーツを食べた。
部屋には先程のような騒がしさはなく、穏やかで静かそのものだ。
そんな中で、リュミエール様が、
「いっそ、王様と王妃様が無理心中したら、国と私の仕事が平和になるんですけどね?」
と言った。
「君のために、好きでもないヒス女と死んでたまるかよ」
フルーツ、おいしい。




