表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/104

運命の白い糸

 まーちゃんへ


 今日は朝から、オリヴィエ王がリュミエール様にぼやき始めたよ。

「はあ。僕の運命を視る魔術師はまだ見つからないの?」

「王妃陛下が城下中の運命を視る魔術師に金をばらまいて、圧力を掛けました。公平な魔法は期待できないかと。それでもいいのなら」

「良くないよ。じゃあ、毎日送られてくる白い糸の主に頼むしかないのか」


 お二人は、部屋の隅に座って、白い魔法の糸を掴んで遊んでいる私を見た。

 この白い糸はお二人には視えないんだよ。


 とってもきれいで、きらきらしてるんだよね。


 リュミエール様が、

「信頼できる人間とは限りません」

「それは、僕がそいつを直接見ればわかるよ」

「怪しい人間を城内に入れるわけにはいきません」

「じゃあ、僕が会いに行くよ」

「それはもっといけません」


 この白い糸は運命の魔法の使い手の運命。自身の運命を白い糸状にして、毎日、届けてるんだよね。


 自分の運命は、あなたの元にあり、あなたの運命は私の元にあると主張しているよう。


 オリヴィエ王が、

「そいつは男なのかな、女なのかな?」

「どうでもいいことを気にされますね」


 今、魔法の主は徐々に近づいている。明日には城に到着しそう。だから、明日にはわかるよ。


 オリヴィエ王が驚いたように、私に向かって、

「明日には城に来る!?」


 リュミエール様が、

「そうなのですか? アニエラ?」


 私は頷いた。

「魔法の主は確実に一歩一歩、まっすぐにこちらを目指しています」


 私は城から出ることがほとんどないから、詳しい地理はわかんない。だけど、魔法の主の毎日の移動距離を考えると、明日には城に辿り着く。


 この運命の魔法には迷いがない。

 しっかりと、これが、自分の正しい運命なのだと、確信を持っている術者だ。


 リュミエール様が、

「いきなり来られても困ります。一般の住宅だって見知らぬ人間を家に上げないように、城だって同じなのですから」


 私は白い糸を握った。とても大切なものに思えたから。


「アニエラ。その魔法をかき消して」

「はい」


 ムスッとした表情をしたオリヴィエ王にきつく言われたから、私は白い糸に息を吹きかけて、消した。


「とりあえず、城内の者に言っておいてよ。運命を視る魔術師が来るって」

「わかりました」

「そいつに僕の運命を視てもらうことにするよ。アニエラの見立てなら間違いないだろうし」


 リュミエール様がやれやれと言った様子で、

「セリーヌ王妃が荒れそうですね」

「仕方がないんだ。幼い頃から、僕の許婚として、国一番の女性になるのだ、未来の王様を生むのだと言われて育ってきたから」


 オリヴィエ王はやるせなさを隠さずに言葉を続けた。

「だから、僕に子種がないことは許せないし、僕の子どもを産めないことも許容できないはずだ」


 そして、肩を落としながら、小声で、

「気が強いのが玉にキズだけど、昔は可愛くて、人間としては好きだったんだけどな」


 リュミエール様と私は話を静かに聞いている。

 王相手に、おばちゃん同士の世間話のようなツッコミはできない。


 王もそれをわかっているから、話を続ける。

「子どもができないせいで、今じゃ、かけ違えたボタンみたいに僕とセリーヌはチグハグだ」


 王は俯いて、

「……僕だって、子どもはほしいんだよ。……だから、本当は、運命の魔術師に、自分の運命を視てもらうことがとても怖いよ」


 リュミエール様により、明日、城を訪れるであろう魔術師に、王の運命を視てもらうと知らされた城内は荒れた。


 主にセリーヌ王妃が。


 私は王の私室の一角に設けられた私専用の執筆スペースで、いつものように童話を書いていた。


 そこに、顔を真赤にしてやって来たんだよ、王妃様が。もちろん、王妃付きの侍女様たちも付き従っている。


 彼女の後ろには、困ったように王専用区画の兵士がいる。

 リュミエール様はいない。


 オリヴィエ王は仕事の時は自分の執務室とかに行っている。


 私は立ち上がって、挨拶をした。

「ご機嫌麗しゅうございます、王妃陛下」

「奴隷の分際で、貴族のような挨拶をするなんて、生意気ね!」

「失礼いたしました」


 セリーヌ王妃は怒り狂って、顔まで真っ赤だ。

「あなたが、感知した運命の魔術師は偽物よ! 命令よ! 今すぐ、感知を間違えた! 偽りの魔法を感知したと言いなさい! そうしたら、許してあげるわよ!」


 この人も必死なんだ。

 世継ぎを生むということに。


 地球の歴史では子どもを産めない王妃はとても立場が弱い。

 この世界でも同様みたい。


 立場は上だけれど、その表情は悲痛そのもので。

 この人はもう、気づいているんだろうな。


 オリヴィエ王の愛が、自分にはないことを。

 だから、子どもを産んで、夫を繋ぎ止めようとしてるんだ。


 ここには、今、私を守ってくれるリュミエール様もオリヴィエ王もいない。


 私は口をつぐんだ。


 セリーヌ王妃が私の肩を、力強く掴んだ。

 目を見開いて、瞳孔も開いちゃって。


 可哀想な人だなー。


 王妃は私の体を激しく揺さぶる。まるで、玩具みたいにガクガクと揺れる私の体。


 私は、「離せ、ババア」って掴みかかりたかったけれど、オリヴィエ王の妃を無下にはできない、でも、オリヴィエ王に背くこともできない。


 私は一気に体から力を抜いて、その場に倒れたふりをした。 


「へ?」

 セリーヌ王妃の戸惑いの声が聞こえる。

 咄嗟に手を放したせいで、私が床に倒れる。


 体に力を入れてはいけない。

 元々、受け身なんて取れないんだから、取る必要もない。


 頭が机の角にぶつかったが、私は気絶しているふりをしているから痛いと言ってはいけない。


 セリーヌ王妃も周囲も慌てているのが、声でわかる。


 あー、早く終わんないかな、コレ。


 引き出しには、今日のおやつ用として、フルーツがあるんだ。朝ご飯に出されたんだけど、とっておいたんだよ。

 早く食べたいんだけど。


 部屋に入ってきたオリヴィエ王は王妃に声を上げる前に、私の心の中を覗いた。


 だから、先に声を上げたのは王妃だ。

「へ、陛下!」 

「セリーヌ、何をしたんだ! この部屋から出ていってもらうぞ!」

 オリヴィエ王の叫びが聞こえる。その声からは王妃への怒りがハッキリと滲んでいた。


 王はリュミエール様以外には滅多なことだと怒りを表さないから、とても珍しい。周囲の人々も驚いている気配を感じる。


 人の足音が遠ざかっていく音がする。


 オリヴィエ王が言った。

「全員、部屋から出したよ。アニエラ、だから、もう起きてもいいよ」


 私は起き上がった。

 オリヴィエ王が私を見て、笑った。


「頭大丈夫かい?」

「あ、大丈夫です。ちょっと当たっただけですから」


 私は立ち上がった。


 そして、王が言った。

「僕だって、本気で怒ることがあるんだよ」


 人間だもんね。


 恥ずかしそうに王はもごもごと口を動かして、何かを言った。

 小声すぎて聞こえなかった。


「あ、気にしないでよ!」

「はい」


 オリヴィエ王はすねたように、

「……少しは気にしてほしい」


「……はい」


 えー。どうしろと?


 とりあえず、私とオリヴィエ王と慌てて戻ってきたリュミエール様で、おやつにフルーツを食べた。


 部屋には先程のような騒がしさはなく、穏やかで静かそのものだ。


 そんな中で、リュミエール様が、

「いっそ、王様と王妃様が無理心中したら、国と私の仕事が平和になるんですけどね?」

 と言った。


「君のために、好きでもないヒス女と死んでたまるかよ」


 フルーツ、おいしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ