イライラするし、ドキドキするんだよ!(オリヴィエ視点)
僕は朝早くにリュシルの部屋を出て、リュミエールの部屋に行った。彼の部屋は王専用区画の一室にある。
ここ最近、どうしても気になることがあって、リュシルの部屋にいることができなかったんだ。
リュミエールは眠い目をこすりながら、
「どうしたんですか? こんな朝早くに」
「どうしても、君に相談したいことがあってね」
僕がそう言うと、彼の顔は真剣そのものになった。
僕は胸の内を打ち明けた。
「とある女の子が、お茶会や仕事で他の男と話をしてるだけで、イライラしてムカムカしてくるんだ」
リュミエールは心中で、でしょうねと言った。
僕はそれを不思議に思いつつ、
「それで、その男を殺したいくらい憎くなるんだよ」
僕は真剣に打ち明けてるのに、リュミエールはくだらないものを見るような目つきになって、体から力を抜いた。
こっちは真剣なのに、なんなんだよ、その態度。
僕は王なんだぞ!
リュミエールはあくびをしながら、
「続けてください。きちんと聞いてますから」
「本当にいいのかい?」
「もちろんですよ」
「僕、真剣だけど?」
「わかりました」
リュミエールは真面目な表情になったが、どこかたるんでいる。
なんでだよ!?
彼はくだらねーと心底から思っていた。
でも、僕は彼以外にこういう話ができる人間もいないから、言葉を続ける。
「その子と一緒にいると、胸がドキドキしてきて、苦しくなるんだ。僕、まだ二十歳なのに、年寄りみたいになってるんだよ」
僕は自分の胸を抑えながら、
「なんかの病気だったら、どうしよう」
リュミエールは盛大に吹き出して、大爆笑した。
「アハハハハハ」
「なんで、笑うんだよ!」
彼とは子どもの頃から一緒だったけど、こんなに笑ったのは初めて見た。
「陛下。それは恋煩いです」
「恋……煩い」
「そうです。アニエラに恋をしているんです」
「アニエラ!?」
僕は驚きで声を上げた。
違う彼女じゃないと言いそうになったが、そう言えば、同一人物なんだ。
彼女はアニエラとしてこの世界に生まれたに過ぎないんだった。
普段の僕には、アニエラに薄っすらとした姿できららちゃんが重なって見えている。
これはアニエラの心の中の自分の姿が、投影されているからだ。
脳裏に、きららちゃんの笑顔が浮かぶ。
それだけで、もうドキドキしてきた。
リュミエールは笑いながら、
「茶会で男の貴族がアニエラに話しかけた時、陛下はかすかに不機嫌になりました。もちろん、多くの者たちは気づきませんでしたが」
「そ、そうなんだ」
彼はさらに続ける。
「アニエラが護衛の兵士に挨拶をするだけで、陛下の顔が歪みます」
「自覚ないけど」
「見てるこっちとしては、露骨すぎて酷いなと思います」
これが、恋煩いらしい。
「僕は、恋……してるのかな」
「陛下の気持ちは知りません」
「どうしたら、直るのかな?」
「気持ちが冷めるか、アニエラと床を共にするかではないですか?」
!
「そ、そんなのは駄目だ! 僕は既婚者だし」
きららちゃんはハッキリと既婚者は嫌だと言った。
リュミエールは白けたような顔で、
「何を言ってるんですか。王が妾の一人や二人持つことは自然です。それに、アニエラはあなたの女奴隷ですよ。命令一つで自由です。必要とあらば、性的なことも教えて、奉仕させますが?」
「ば、馬鹿!」
僕は声を張り上げた。
彼女は売春して、生活してたんだぞ!
君に教えてもらうものなんてあるわけないだろ!
リュミエールは驚いた表情で、僕を見た。
「僕は、命令で、そういう関係になりたいわけじゃないんだよ! いいよって言ってくれなきゃ嫌なんだよ」
それじゃ、きららちゃんを金で買った男たちと同じになっちゃうじゃないか。
「あなたは主人なんですから、いつでもいいよって言いますよ」
「それじゃ、駄目なんだってば! なんでわからないのさ。それに、あの子には好きな子がいるんだよ!」
「……そうなのですか? アニエラは私と陛下以外の異性とは一言二言しか話したことがありませんよ」
リュミエールは一瞬の間を置いてから、
「つまり私のことが好きなんですか?」
「なんでそうなるんだよ! 君はあの子の保護者役だろ!」
僕はいつの間にか涙目になっていた。理解されないのが辛いが、説明を続ける。
「あの子の心の中には、まーちゃんっていう存在がいて、いつも語りかけてるんだ」
「その、まーちゃんというのがアニエラの想い人だと?」
「そう」
僕は頷いた。
リュミエールはため息をついて、
「アニエラの心の中にしかいないなら、なんの問題もないではありませんか。架空の存在を愛でてるのですから」
「でも、アニエラはずっと好きなんだよ、そのまーちゃんのこと」
「自分の心の中の存在に片思いしてるわけですか? 心の中にしかいないのなら、両思いになってもいいんですけどね」
僕は首を横に振った。
「それは無理なんだ。まーちゃんは別に好きな男の人がいるから」
「え? まーちゃんは女なんですか?」
「うん。まーちゃんは百八十五センチの大女で、化粧が濃いケバい女なんだ」
僕はまーちゃんについてさらに語った。
「アニエラとまーちゃんはすごく仲良しで、いつも一緒にいて、喧嘩をした時は殴り合ったりするんだ」
僕は拳を広げ、
「まーちゃんは拳が大きくて、力も強いから、すぐアニエラは吹き飛ぶんだ。で、わんわん泣きながら、最後は抱き合って仲直りするんだ」
僕はきららちゃんの記憶の中のまーちゃんを思い出しながら言った。
「僕もそういう関係になりたい」
リュミエールがドン引きしながら、
「陛下がアニエラを殴ったら、大惨事ですよ」
「そういう意味じゃなくて、それくらいの親しい仲になりたいってこと!」
リュミエールは僕の肩を叩いて言った。
「陛下。命令しないと、一生、成就しませんよ」
「なんでさ?」
「百八十五センチのケバい大女を好きになる女は、普通、男である陛下のことを好きになったりしません」
僕はいつの間にか涙がこぼれていた。
「そ、そうかな」
「そうです」
リュミエールは冷たく言い放った。
僕は精神世界のきららちゃんの体の温もりを思い出しながら、
「でも、僕、彼女に抱きしめてほしいし、手繋いでほしい」
「命令しましょう」
「命令じゃなくて、してほしい」
きららちゃんがホテルで男と寝ている映像がふと脳裏に浮かんだ。
僕が過去に見た、彼女の記憶だ。
「僕も……アニエラと……セックスしてみたい」
リュミエールははあっとため息をついてから、
「やろうと思えば、すぐにでもできますって」
「命令とは関係なくて。僕のことを心から受け入れてくれなくちゃ嫌なんだってば」
リュミエールは呆れながら言った。
「心の中の架空の女に恋患いしてる娘が、そう簡単に、陛下のことを好きになるわけないでしょ」
僕は自分の部屋に戻った。
寝室に行くと、アニエラが小さいベッドで寝ていた。