私は勉強をしています
まーちゃんへ
私は今、宮廷マナーや貴族の名前とかの勉強をしています。
場所は王様専用の居住区画の一室で、家宰の人も見張り役みたいな感じでちゃんといる。
教えてくれているのは、十代半ばの女性。多分、アニエラと同年代だと思う。
えっと、王弟の妃で、名前は……シャーロットだったかな。
最近は、栄養状態がよくなったからか、人の名前を覚えることができるようになったんだよね。
「アニエラは物覚えがいいわね」
明るい声で私を褒めてくれる。
出産が近いから、お腹が大きいんだよね。
なぜ、こんな人が私の講師なのかというと、王妃や公妾が私の講師候補に息をかけるから。
家宰の人いわく私を通して、王の寵愛を得ようとしてるんだって。
知らんがな。
そういうわけで、白羽の矢が立ったのが、王妃や公妾が手出ししづらい王弟妃だったみたい。
あ、で、なんで、突貫で勉強してるかっていうとさ、物語を書ける私をお茶会に招きたい連中がたくさんいるからだって。
まあ、私はこの娯楽が乏しい異世界においての丁度いい見世物ってことだよね。
良くいえばアイドルで、実体は動物園の珍獣と同じ扱いだよ。
王の奴隷が失態したら、王も恥をかくから、最低限のマナーを叩き込む必要が出たんじゃない?
シャーロット王弟妃は明るいのんびり屋さんで、子供の頃から、結婚するまで修道院で過ごしていたらしい。
そのせいか、王妃や公妾から感じたお姫様オーラは一切感じない。
勉強が一段落した時、彼女は大きなお腹をさすりながら、
「ねえ、アニエラ。あなたが生まれたルーンブルクについて教えてほしいのだけれど」
「……ルーン……ブルク?」
私はぽかんとした。
「そう。ルーンブルク」
「それは……なんですか?」
「え? だから、あなたが生まれた国……」
生まれた国は……日本だけど。
あ、思い出した。
「あ。王に、最初に会った頃、私は幼い頃にルーンブルクで生まれ、アニエラという名前だと教えてもらいました」
「え? 名前も教えてもらったの?」
すごく驚いた顔をしている。
「私はそれまではおいとかこらとかと呼ばれていました」
「ルーンブルクのことは?」
「どこにあるのかすら知りません」
「え? 本当に知らないの?」
「知りません」
自分が生まれたルーンブルクよりもテレビで見たことしかないエジプトのほうが詳しい自信ある。
「今、王族だった方々がどうなったかは知ってる? 名前は?」
「王族の方々は顔も名前も知りません。処刑されたと聞きました」
王族の方々ということは、アニエラの親とかも入ってるのかな?
自分の親だとは思えないんだよね、姿形も名前も覚えてないし。
「あなたは私たちの国に復讐したいって思う?」
「え? なんでですか?」
こういう探りを入れるのがこの人の仕事なんだろうな。
でもさ、あからさますぎない?
あの……もうちょっといい探りの入れ方なかった?
私は若干引いた。
受け答えによっては、暗殺や処刑もありうるのかな。
だとしたら、虫でもなんでもいいから、地球になんとかして転生して、まーちゃんの元に行くからね!
シャーロット王弟妃は言いづらそうに、
「だって、私たちの国があなたが生まれた国を滅ぼして、あなたの家族を処刑したんですもの」
「え? それって、普通だと思いますけど」
彼女は驚いた表情で、
「え?」
「だから、滅ぼされた国の王族が、処刑されるのって普通だと思うんですけど」
この世界だと普通じゃないのかな。だとしたら、ヌルくない?
それとも、もしかしてもっと酷い感じのものがフォーマルなの?
え? そういう目には遭いたくないんだけど。
「だから、生き残りである私も処刑されてもおかしくはないかなーとは思います」
「そ、そんな」
シャーロット王弟妃は動揺している。
「私を助けてくれ、助けてくださった陛下には感謝をしていて、陛下のためにこの魔法の感知能力を使いたいと思っております……し?」
どうだ、今の言葉は?
処刑より酷いイベントを無事に回避できたか?
丁度いいタイミングで、王弟のクラウス様が部屋に入ってきた。
シャーロット王弟妃はクラウス様に駆け寄り、
「アニエラは生まれ故郷のことを何も覚えていないのよ。あなたの考えすぎなのよ!」
クラウス様の表情がガラリと変わった。
苦虫を噛み潰したみたいな表情を夫がしたのに、シャーロット王弟妃は言葉を続ける。
「こんないい子が、復讐を企てていて、王の寝首をかこうとしてるとか。あなたの妄想も甚だしいわ」
ターゲットの前でよく言えるな。
すごいな、この人。
クラウス様は思わず声を荒げた。
「本人や兄の家宰の前で言っては駄目だろ!」
家宰の人が、
「クラウス様。アニエラを疑っていたのですか?」
「兄を守るためだ!」
「アニエラと対面した時、王はご自身の力で敵意がないことを視ております」
「だが、万が一」
「今も常にそのお力で監視をしており、敵意や我々に反乱を起こそうとするものが接触していないか確認しておりますので、ご心配には及びません」
クラウスという人はお兄さん思いの人みたいだ。
シャーロット王弟妃は、
「ほら、クラウス様は考えすぎなのよ。ねー、アニエラ。一緒にフルーツ食べましょ」
「はい」
二人が帰る時、私と家宰の人は王専用の居住区画の入口まで見送った。
二人は仲良く歩いていく。
廊下の向こうで、たまたま王妃御一行と二人が出会った。
遠くからでもわかったよ、王妃の顔がひしゃげたように歪んだのが。
私は思わず呟いていた。
「すごい顔……」
「アニエラも人の表情がわかるようになったんですね」
家宰の人はそう言って、ため息をついてから、言葉を続けた。
「ですが、わかったところで、召使いと奴隷にはどうしようもできません。立ち居振る舞いによって、ダメージを八十パーセントのところを七十パーセントに抑えるのが精々です」




