あんた、馬鹿じゃないの?
まーちゃんへ
私は童話の執筆でちょっと疲れちゃったから、ベッドにゴロンと横になった。
私のベッドは視る王の寝室の隅っこにこじんまりと置かれてる。
まだ昼間だって言うのに、視る王が寝室に入ってきた。あれ、まだ執務してるんじゃないの?
困ったな、奴隷の私がこんな感じでサボってちゃいけないのにな。
「いいよ、別に。僕も仕事に疲れてサボりに来たし」
私の心の声が嫌でも視えてしまう視る王が言った。そして、椅子に座ると私の精神世界へと潜り込んだ。
私は魔法感知能力で、視る王が私の精神に入るこんでるのはわかるけど、入りこまれる感覚は正直、何もない。だから、ご勝手にどうぞだよ。
視られて困る記憶はないし。
それに、地球は娯楽に溢れてるからね、なんか楽しいんでしょ。
こんな感じで、視る王はたった数分でも毎日、私の精神世界に入り込んでるよ。
まあ、そんなことよりも、私は最近だと、自分に遠隔から向けられる魔法が多いなって思って、一日中、それを感知するために集中してるよ。
だって、どんな魔法が使われてるのか感知するのが楽しいんだもん。
そうしたら、集中しなくても、「あ、魔法そこにあるな」ってわかるようになったし、発動前の魔法が見えるようになったんだよね。
基本、光のエネルギー体みたいな感じで、発動すると実体を持ったり、持たなかったりするの。このあたりは魔法の性質による。
見ていて、面白いからずっと見てる。
感知能力がさらに高まったからか、最近は向けられた魔法を避けれるようになったし。
私は蝋板を振った。
蝋板に発動前の魔法が当たって、砕けた。
ほら、こうやって発動させないこともできるようになった。
視る王が精神世界に入り込むのも阻止できるんだろうけれど、いいよ。特別だよ。
本格的に昼寝でもしようかなというタイミングで、私は視る王に、私の精神世界に呼ばれた。
視る王は私の精神世界では、地球のメンズファッションを着こなしている。線は細いけど、見事な爽やかイケメンで、モテそう。
「オリくん。なんか用? お茶とかジュース持ってこようか?」
「大丈夫」
視る王はこの世界ではオリくんだ。
やっぱり生まれが王様だから、自分で基本的にジュースとか用意しないで、私をわざわざ呼んで用意させることが多い。
オリくんはソファに寝そべっていた。その顔は現実世界と同じで疲れ切っている。
二十歳の顔じゃないや。残業で疲弊した中年社畜の顔だ。
テーブルの上には、図書館のシールが貼られた男性不妊に関する本があった。
図書館から持ってきたのか。
私は時間がありあまりすぎて、図書館の本なら手当たり次第に読んだから、そういう本も読んでいたみたいだ。
オリくんは私の記憶から日本語をある程度学んだとはいえ、難しい単語もあるだろう。
とっても忙しいのに、すごい勉強家だよね。努力家だよね。偉すぎるよね。
「そ、そうかな。僕ってそんなに偉い?」
「うん、そう思う」
私はそう言いながら、スマホで、まーちゃんの画像を見始めた。
まーちゃんの顔はこの世界でしか見ることしかできないから、しっかりと今以上に目に焼き付けておかないと。
私はこの世界に来てまで、オリ君の疲れた顔なんて見たくはないのだ。
「酷いな、君は」
「いつも疲れた顔してるけど、最近、さらに疲れてるよね」
「うん。皆がさ、童話を書ける君のことを自分の茶会に、招きたいって言うんだよね」
「ふーん」
「僕は断りたいんだけどさ、ちょうどいい断り文句が思いつかないんだ」
オリくんは本当に悩んでいるらしい。
「なんか、オリくんってさ、基本優しいよね」
「え?」
オリくんは驚いた表情で、ソファから起き上がった。
「横になってなよ。疲れてるでしょ。私の話なんて、単なる戯言なんだからさ」
「う、うん」
オリくんはまたソファに横になった。
「奥さん二人が喧嘩にならないように交互に通ったり、朝ご飯一緒に食べたりしていて、すごく気を使ってるじゃん。これってすごいことだと思うんだよね」
「そ、そうかな」
「普通だったら、子どもができないからって、王妃様とは離婚してもおかしくないじゃん」
「え?」
「あ? 王妃様のこと好きなんだ。ごめんごめん」
「ち、違う。違う! 違う! 違う!」
すっごく必死に否定してくるから、私のほうがびっくりした。
「あ、じゃあ、離婚できない世界設定なんだ」
「それも違う!」
「じゃあ、何よ?」
オリくんは茫然自失といった表情で、
「離婚って……してもいいの?」
「え?」
「だから、お前は子どもが産めないからっていう理由で離婚してもいいの?」
「地球の歴史だと枚挙に暇がないくらい多いけど? あ、そういう理由で離婚しちゃいけない世界設定なんだ?」
「だってさ、離婚しようって言ったら、嫌われない?」
「は?」
「え? だから、妻たちに嫌われちゃうんじゃないかな?」
「あんた、馬鹿?」
なんだろ、ごめんね。
私の中で何かが切れた。
私はオリくんの顔の真横をドンって、拳でついていた。
「あのさ、お前にガキがいるかどうかって奥さんに嫌われるとか好かれるっていう問題じゃなくて、国の問題じゃね?」
オリくんは顔を真赤にして、恥ずかしそうに私の顔を見つめている。
なんだ? お前のその反応は?
腕一本分の距離しかないから、顔が結構近くて、オリくんの少し荒い息遣いも感じる。
私の耳に、オリくんの息がかかってくるんだけど、でも、今、それはどうでもいいんだよ。
「地球だとガキがいない王が死んだら、隣の国の王が、生前に俺に国を譲るって言ってたとか難癖つけて攻めてきた例があるんだけど!あんたの世界だと後継者はどうでもいいのかもしれないけどさ」
「ち、違うよ! すごく大事だよ!」
「じゃあ、何? 奥さんに嫌われたくないの? じゃあ、奥さんのことが好きってことじゃん! 離婚しなきゃ良いじゃん!」
「違う違う! 僕、この力のせいで、色々な人の心が視えるだろ! だから、純粋に、誰からも、嫌われるのが怖いんだよ! たとえ、それがセリーヌだったとしても」
「そうなんだ。嫌われるのが嫌なんだ。そういう人っているよね。八方美人っていうんだけどさ」
「八方美人……」
オリくんは涙目になっていた。
「そうだよ」
オリくんは言いづらそうに、
「あのさ……。八方美人って、どうやったらやめられるのかな?」
「え? 殴り合うことかな。あ、ごめん。オリくんが奥さんに暴力振るったら、だめだね」
「う、うん。奥さん以外でも殴るのは……ちょっと」
ちょっとじゃなくて、絶対だめに決まってんじゃん。
「私とまーちゃんは大喧嘩して殴り合って、本気で言い合って、何時間も本音で話し合って、泣きあって、謝ってから、仲良くなったよ」
私とまーちゃんは最底辺の庶民の例だから、王様のオリ君の参考にはなんないな。
まあ、いいや、それくらいオリくんだってわかってるはずだよ。
「だから、嫌われていいやって開きなおって、本音で生きることかな。でも、おり君は立場上、難しいだろうけど」
「ありがとう。本音……ね」
「うん。その本音を受け入れてくれる人が、多分、本当に自分のことを認めてくれる人だよ」
私は床に座り直して、スマホの画像閲覧を再開した。この中にはまーちゃん以外も含めて地球時代の楽しい思い出が詰まっている。
オリくんは私を不安げに見つめ、黙り込んだ。
もしかして、さっきのこと引きずってる?
私は、
「ごめんね。言い過ぎたし、乱暴が過ぎたね。疲れてる人にして良いことじゃなかった」
「いや、いいよ。いいんだよ。僕が気にしてるのはそういうことじゃないんだ」
じゃあ、何?
まあ、いいけど。
「とりあえず、少し休みなよ」
私はタオルケットをオリ君にかけた。
それから、床に座って、思い出の画像閲覧を再開した。
「あのさ、今の暮らしより地球の暮らしのほうが良かった?」
「今もいいよ。皆、優しいし魔法は見てるだけで楽しいしね。私がここで画像を見てるのは、ここじゃないと画像を見ることができないからだよ。地球での思い出も大事な思い出だからさ」
「そ、そうだよね」
「アニエラに戻ったら戻ったで、良い暮らしさせてくれてありがとうって、オリくんにはちゃんと感謝してるし、楽しんでるよ」
「良かった」
オリくんはそう言って、安心したように五分後には寝息を立て始めた。
私は起こさないように、立ち上がり、アパートを出た。




