黄巾の乱
中平元年(西暦184年)幽州、涿郡涿県楼桑村である。憂鬱な顔をした、しかしながら精悍な青年、劉備玄徳がそこにいた。人一倍耳の大きな劉備は、何事も聞き逃さない様子で溜息をついた。一体、私は何をしている?何も成しえていないこの現状に、そして、この世の有様にイライラしていた。そんな中、目の前を不思議な光が通り過ぎた。
「なんだ?あの光は?辿ってみるか?」
そう思い立ち、劉備は後を追った。それが、後に青年と劉備との運命の出会いに繋がる。激しい運命の藻屑となることも知らずに。
令和7年。日本、茨城県水戸市。ここにも憂鬱とした顔をした青年が一人、窓から青空を見上げていた。彼は鬱屈とした世を何気なく生きていた。ただ、生きていると言っていい。日の光でめまいがする。昨日、今日は仕事は休みで、昨日の朝から、ついには今しがたの昼までプレステの三国志のゲームをしていた。彼の誇れることと言えば、三国志や歴史に詳しいことだ。歴史マニアと言うところだ。マニアが誇れることかどうか分からないが、とりあえず人並みに知識だけはある自負はあった。三国志に関する書籍を集めに集め、百冊以上になり親父から三国志馬鹿と言われ、それならばと中国語を勉強する始末であった。と言っても、最初に覚えた中国語は、我是福山雅治吗?(私は福山雅治ですか?)だった。余談だが。話を戻そう。ゲームをしていたせいで、気が高ぶっている。眠れそうになかった。だが明日も仕事だ。ここらへんで休んでおかないと。差しさわりがある。ベットに横になった。目を閉じた。目がチカチカする。当然だ。そしてグルグルもする。チカチカ、グルグルの渦に誘い込まれるように、眠りにつくのか、そう思いながら、不思議な感覚へと陥った。なんだ?この感覚は。次の瞬間何故か飛び起きた。気が付くと辺りは自分の家ではなく、どこかの草原だった。どこだ、ここは。何故、こんなとこにいる。眠っていたのではなかったか。それともリアルな夢か。混乱した思考で何とかこの様を理解しようとした。その時だ。
「誰だ、お前は。何者だ?」
ふと見上げると、そこには耳の大きな男が立っていた。恰好は、粗末な服だった。まだ混乱した様子で、聞き返した。
「あ、あなたこそ誰なんですか?」
つばを飲み込みながらかろうじて聞いていた。
「私はただ、光を追いかけてきただけだ。そうしたら、お前がいたのだ」
「あなたの名は?」
「私か?劉玄徳と言うものだ。」
劉玄徳?どこかで聞いた名だ。というよりも劉玄徳って三国志の英雄の名ではないか。
「ここはどこなんですか?」
ようやくちょっとだけ落ち着いてきたのか、頭が回ってきた。
「幽州、涿郡涿県楼桑村だ。」
「何処の国ですか?」
「国?漢、だろうか」
信じられなかった。だがこの男は噓をついているようには一向に見えない。ということは、本物の劉備玄徳なのだろうか。それでもこれは理解しがたい状況だった。何故自分はここにいて、目の前に劉備玄徳なるものがいるのか。
「お前の名は何というのだ」
思考を断ち切るように劉備が聞いてきた。かろうじてこう答えた。
「ショウイチと言います。」
「では、立ち話もなんだから、私の家に来るか。大したもてなしは出来ぬが」
「は、はい・・・」
とりあえずは、行ってみることにした。他に成す術もないのだから。
「お前はどこから来たのだ。ショウイチ。」
「この時代だと・・・大和の国かな。」
「この時代?面白いことを言うな」
それから10分ほどして、劉備の家に着くかと思われたその時、劉備の目に立札が飛び込んできた。じっとその立札を、眺めている。
「なんて書いてあるんですか?」
ショウイチは神妙な面持ちの劉備に声をかけた。
「黄巾の徒が反乱を起こしているらしい。張角と言う男が頭領で、討ったものには朝廷から褒美がでると書いてある」
やはり、自分は三国時代の乱世に来てしまったのか。ドッキリかとも思ったが自分なんかを大々的にドッキリに掛けても何にもなるまい。そうショウイチは考えた。信じがたいが、やはり、この時代にタイムスリップしてしまったのだ。
「劉備さんはどうするんですか?」
「玄徳でいい。私は黄巾の徒と戦おうと思う。私は実は遠い漢の末裔でな。この乱世を終わらせたいのだよ。」
「だと思いました。あなたのその強い意志は、きっと叶うでしょう。」
「ショウイチはどうするのだ」
さて、どうしたものか。困ったが、このまま劉備に付き従うしかないだろう。
「あなたについていきますよ。玄徳さん。役に立つかどうか分かりませんが。」
「ほう、あの黄巾と戦いなさるか。なら私もついて行って良いかな?」
「俺もどうだ?」
振り向くとそこには髭の長い偉丈夫と体格のいい男が二人立っていた。ショウイチは驚きの声を挙げた。
「わ!もしかして関雲長さんと張翼徳さんですか?」
「お?何で知ってる?そんな有名人だったか?俺たち」
まんざらでもなく張飛が言った。