第2話 カレナとナレカ
◇東京◇
とあるオフィスビル
オフィスのゲーム開発部門の一室で私はコーヒーを飲みながら物思いにふける。
「チーフ、限定イベントが生成されました。HPの高い魔物を狩るイベントですね」
……またか。
後ろで束ねた髪をイジリながら顔をしかめる。
私の会社ではVRMMOを作ったのだが人気は今一つだ。
元々はAI研究をしている会社で、チーフである私、凛堂カレナ主導で、見聞きしたものを仮想世界に生成する独自AI=リバティを開発した。
リバティ活用の一環でNPCやイベントを自動生成するオンラインゲームを作成した。
基本AIがゲームのシナリオ作るため、エンジニアは微調整する程度で運営している。
しかし、リバティの経験値が圧倒的に足りないのか、単調なイベントばかり生成されていた。
リアリティが足りない。イベントがツマラナイ。単調すぎる。
概ねネットではこんな感じの評価だ。
一応リバティに聞いてみることにした。
リバティは思考能力を持っており、対話が可能だ。
「リバティ、今回のはどうなの?」
(はい、チーフ、傑作です)
いつもの回答だ。これは期待できない。
「ちょっとテストプレイしてくる」
「ごゆっくりと。すぐ終わっちゃうかもしれませんが」
私は居室を出て廊下を歩いていた。
「凛堂チィィフ!」
嫌な声が聞こえる。
「まぁだゲームでAIに学習させようなどとお子ちゃまみたいのことを考えてるのかね?凛堂チィィフ!」
「坂東チーフ、どうも」
何かと私に難癖をつけてくる別の部署の坂東テルアサというおっさんだ。
AIのリバティは私が作ったものだが、それが彼のプライドを傷つけてしまったらしい。
坂東チーフの隣に女性型のロボットがいる。
(コンニチワ、カレナ)
「見ぃたまえ、凛堂チィィフ!
これが我が部署の技術の結晶、ナァカの最新モデルだ!アンドロイドにAIを搭載し、
人間と日常生活を送ることこそAIの学習には最適なぁのですよ!
オタク趣味も大概にしぃたまえ!凛堂チィィフ」
(テルアサ、ステキ)
ゲームはオタク趣味かもしれないけど、女性型アンドロイドも大概オタク趣味だと思うけど。
「もちろんそれは大事だと思います。おっしゃる通りです。なので成果は期待しております。
私はその、別の切り口でやってみますので」
そそくさとその場を立ち去った。
「今だにチャットしかできない姿の見えない時代遅れのAIなど会社のためになぁりません。
ゲームとしても出来悪いんですから早ぁくサービス終了した方がよぉいですよ! 凛堂チィィフ」
坂東チーフが後ろで煽り文句を言ってるが無視する。
ゲームの評価が悪いのは知ってるよ、うるさいな。
ただ、そんな低評価のゲームでも一定のユーザはいてくれるもので、
私は仲間の数人とテストも兼ねてゲームをプレイしている。
◇VRMMO◇
テストプレイ用の部屋に入った私は、専用の椅子に座ってVRゴーグルをつけてゲームに接続した。
ダイブ型のMMORPGだ。ログインしているユーザに声をかける。
「ギンジ。限定イベントやらない?」
パーティの内の一人、剣士のギンジに声をかける。
一緒にプレイしているゲーム仲間だ。
「いいけど、どうせゴーレムだろ?」
「はは、リバティはゴーレムが好きみたいだね……」
乾いた笑いが出る。
リバティが生成するイベントの7割はゴーレム討伐である。
ウッドゴーレムだったり、アイアンゴーレムだったり、
ブロンズゴーレムだったり種類は変えているが、それだけである。
倒し方は変わらないので、代り映えしない。プレイヤー達は飽きていた。
パーティたちは装備を整えてダンジョンに行く。
リバティが生成したのは、アイアンゴーレムである。
攻撃力はそこそこあるが、動きがノロい。しかし耐久力はある。
パーティメンバーは四方に散る。
ゴーレムは一番近くにいる者に対して攻撃を仕掛けるという単純な思考のため、
遠距離から削り放題である。そのため、時間をかければ誰でも攻略できる。
ギンジはゴーレムの攻撃を避けながら斬撃を食らわせる。
他の仲間が遠距離から弓や魔術で攻撃する。
1時間もしない内に討伐が完了した。
「終わっちまったなぁ限定イベント」
思いのほかイベントはあっさり終わってしまい、ギンジは仲間は歩きながら話す。
よく一緒に行動しているプレイヤー達だ。
「やっぱり、ただ耐久力があるだけの奴だったな」
「張り合いがないよね~。チクチク攻めてれば勝てちゃうし」
戦士、魔術師などのパーティメンバーが話し込む。
「テコ入れした方がいいぜ。カレナ賢者様」
職業賢者でパーティに参加している私にメンバーが言う
「考えてはいるんだけどさ。なかなかアイデアが浮かばなくて……」
私は黙ってしまう。
「じゃ、俺ら報酬受け取りに行くから。カレナはどうする」
「私は庭園に寄ってく」
「了解。何か面白いイベント思いついたら実装してくれよ。
限定イベントはつまらなくても一応付き合ってやる」
一行と別れた私は古代遺跡にある庭園に着く。
ここだけは見晴らしがいいため、ユーザの評価は高い。
このゲームには何かが足りない。
それが何かは分からないが、今のままではサ終になりそうだ。
シナリオライターを雇ってもいいんだけど、リバティの学習が主業務だ。
「この世界を変えたい」
(この世界を変えたい)
そう呟いた瞬間――
目の前に転移の魔法陣“らしきもの”が現れた。
“らしきもの”と言ったのは見慣れたものと少し異なったからだ。
こんなイベントあったっけ?
魔法陣から魔術師の様な、学者の様な風貌の女性が現れる。
博士帽子に白いシャツに黒のマントに7分丈のパンツという風貌だ。
赤髪のボブヘアーで釣り目で、背格好は私と同じぐらいで160cm前後だろう。
「えっと、貴方は?」
私は彼女に問いかける。
彼女は何かブツブツと呪文を唱え始めた。
「……広域分析」
全体に緑色の光が広がってすぐに収束する。
初めて見るエフェクトだ。
「……よし、やはりアナタね。こちらの言葉は分かる?」
女性が問いかけてくる。完全にキャラになりきってるんだろうか。
“やはりアナタね”とは?
「あ、はい。どうも。すごい登場の仕方ですね。転移魔術だったんですかね?」
転移魔術はこのゲームに実装している。だがエフェクトが何か違う。
「この世界にも魔術はあるのね。だけど転移とは少し違う。
アタシは意識体の一部だけ切り離して、この世界と交信した際に生じたゲートを通ってここにやってきたの」
私は何を言ってるのか分からなかった。
この世界と交信した際に生じるゲート?そんな魔術は実装してない。
意識体などという表現をしているからスピリチュアル的なものなんだろうけど。
「えっと、貴方はどちら様でしょうか?」
誰なんだろう?
NPCではなさそうだ。呼吸や瞬き、仕草がやたらリアルである。
本物の人間=プレイヤーだと思うが、何か違和感があった。
先ほど言った意識体というのが気になる。
「アタシは賢者のナレカ・ドーリン。賢者会という組織の一員で――」
その人はナレカ・ドーリンと名乗った。
最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。
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